第十話 地層
「よろしくおねがいします。みなみのおじいさん。」
少年には、頼れる親族がなかったのだという。それでも、まさかこんなにも突然に、新たに家族が増える日が来るなんて、祖父は思いもしなかった。
「じいちゃん、この子、スザクっていうらしい。今日から私の弟。いい?」
祖父はとりあえず静かに頷いておいた。そうして初めて、愛する孫の心の声が再び聞こえ始めた気がした。
(私、まだ諦めないから。)
(まったく、誰に似たんだろうね。)
祖父が見上げるのは、冷蔵庫の上に置いてあるダンボールだった。今はもう、腰が曲がってしまって、どうやっても取れるはずがない。
「ミナミ。」
「なに?」
「晩ご飯が済んだら、ちょっと、モノ取るの手伝ってくれないか。」
「おれもてつだう!」
埃を被ったダンボールから出てきたのは、大量の新聞紙だった。
「じいちゃん、これ……。」
ミナミは驚いた。祖父は、自らの娘夫婦を失ったあの日のことを、これまで語るのさえ嫌がってきたからである。
祖父は表情すら変えずに言った。
「ただ積んであるだけだよ。掘っても掘っても、化石ひとつ出てきやしなかった。」
「さて、うちに来るなら、うちのルールを守ってもらおうかな。子どもはまだ、寝てる時間だ。」
時刻はまだ朝五時半だった。最初のうちは、「おれも、おれも」と駄々を捏ねたスザクであったが、祖父に手をとられると、渋々寝室の方へと向かっていった。現実がまだ現実と思えない心地のなか、高揚と静寂を繰り返す少年の姿は、いつかの自分に重なるような気がした。
ひとりになったミナミは、新聞に目を通し始める。最初は、今日の学校に行くまでの間、それだけだと決めていた。それなのに、気づけば時刻は12時を回り、18時を回っていた。
祖父がスザクを警察の事情聴取に連れて行って、帰ってきても、ミナミは変わらず新聞に目を通し続け、しきりにメモを取っていた。
祖父はそれを邪魔すまいと、時折急に涙を流し出すスザクを公園に連れて行ったり、寝かしつけたりしながら、見守っていた。
新聞からわかったのは、あの日を含めた一連の放火事件の被害は合計で10件で、すべて2029年の夏、この近辺で起こっていたということだった。そして、ミナミの両親が亡くなったのが、9件目だということだった。加えて、被害に遭った家の特徴は、すべて父と母と子の3人暮らしの家庭だったということもわかった。ただ、これらすべては、当時のニュースなどで既に知っていた話だった。
だが、ミナミはもうひとつだけ、不可解な共通点が挙げられていることに気づいた。それは、すべての事件において共通して、たったひとりの子どもだけが生存していること。しかもその子が外出中の夜に、両親のいた家が焼かれ、そのまま両親だけ亡くなってしまっていることだった。
当時の警察の見解は、犯人が親子3人暮らしの家を狙ったのは意図的であるが、その他の状況はすべて偶然の一致であるとのことだった。
(本当に、偶然なんだろうか。)
ミナミはあの日のことを思い起こす。8月24日、ミナミは近所に住む祖父母の家に預けられていた。
(そういえば、スザクも同じだ……。)
スザクは昨夜、友達の家にお泊まりに行っていたとのことだった。
(やっぱり、偶然なんかじゃない……!でも、だとしたら、なぜ犯人は『子どもだけが外出をしている』ということを知りえているのだろう。そして、なぜ、その条件が必要なのだろう。)
考えても、考えても、わからない。ただ、これが重要な手がかりであることは、間違いないのだと思った。
時刻が20時を回るころ、ミナミはスマホに大量のメッセージと、着信が入っていたことに気づいた。そのほとんどが、トウコからだった。
『今日は休み?大丈夫?』
『ノート取っといたからね。』
『また警察関係でがんばってんの?無理しないでね。』
(ごめん、また後で返事するから。)
そう思って、スマホを閉じようとしたときだった。
《ピンポーン》
インターホンの音がした。それに続いて、聞き覚えのある声が、聞こえてきた。
「ミナミ!」
まさかとは思ったが、そこにあったのは、想像通りの友人の姿だった。
「ごめん遅くに。心配で、来ちゃった。」
(やっぱり、トウコには、ちゃんと話さなきゃ。)
ミナミの強ばった表情が、ほんの少しだけ緩んだように見えたのを、祖父は見逃さなかった。




