第一話 南ミナミ
「正解」を、疑うこと。
真実を、自らの手で追求すること。
知的好奇心とも言い換えられるこの力が、人類に残された最後の砦なのだとしたら。
効率化の過程で、ムダやロスだと言われる部分にこそ、隠れた可能性があるのだとしたら。
死人に口あり、ラストワード。
これは、死者の声に寄り添う、ひとりの少女の物語――。
「自殺なんかじゃない!これは殺人事件です!」
ミナミは声を荒らげた。数人の刑事たちが彼女を見つめるなか、一際強面な刑事が、低い声で諭すように言う。
「刑事ごっこは辞めようか、お嬢ちゃん。こっちはね、忙しいんだよ。聞き分けなさい。」
2035年。犯罪捜査は、過去の膨大なデータを学習させた推論AIが実質的に担っているようなものだった。99%を超える確度を誇るAIの導出した推理。それを「決裁」するのが人間の仕事。この合理化されたプロセスに異を唱える者は、とても卑しく未発達な人間だと馬鹿にされる。
頑として「決裁」を曲げようとしない強面刑事を、ミナミは睨み続ける。その緊迫に耐えかねたのか、横から新米らしき刑事が口を開く。
「南さん、大切な過去の積み重ね、人類の努力の結晶がAIだって、君も学校で習ったはずだ。友達の自殺が受け入れられないのはわかる。でも、事実は事実なんだ。彼女が『彼女の意志で自ら命を絶った』という事実を、受け入れてほしい。君の心のケアも必要だから、カウンセリングを……」
ミナミは差し出された手を振り払って言った。
「AIが出した結論が何?それが人類の努力?あなたたちはそう言いながら、考えることから逃げてるだけよ!だから、ユミの『最語』に向き合いもしない!」
涙を流すミナミを、冷め尖った目で見下ろしながら、強面刑事が言う。
「向き合わない?失敬だな。私たち刑事は、あらゆる誤りの可能性を廃すべくこのAIを導入し、使ってきた。この『ラストワード』が真相を誤ったことは、今まで一度たりともない。」
そう言って、強面刑事はミナミにタブレットを見せつける。
高機能言語中枢解析推論AI、通称「ラストワード」――。脳科学とコンピュータサイエンスを融合した先進科学の粋である。2032年に日本が世界に先駆けて本格導入して以来、推理システムのコア技術として機能し、事件解決の形を大きく進歩させてきた。
死後72時間以内の遺体に対し、専用の電磁波送受信機器を物理的に接続することで、ニューラルネットワークの「履歴」を解析し、死者が最期に言った、あるいは思考した言葉を、文字データとして出力できる。なお、この解析データは便宜上「最語」と呼称されることが多い。
ミナミも、このAIのことはニュースなどで知っていて、基本的にはその信憑性を疑うことはなかった。今日の「推理」を目の当たりにするまでは。
「見てみろ、このデータを。この状況下における『最語』がこの言葉の女は、自殺の可能性が『99.976%』と出ている。」
ミナミには、こんなものを見せられても、引き下がる気なんてなかった。
「今日、自殺する人間が、私との週末の予定を立てるの?ユミは、私と週末に、3日後に、カフェに行こうって、そう話してたのよ。今朝の話よ。」
強面刑事は溜息をつきながら言う。
「それは事情聴取でも聞いた、だからそのデータも入ってる。入った上で、この結果なんだよ。大方、お前に悟られないように、嘘をついたに違いないな。」
そんなはずがない。ミナミはそう確信していた。なぜなら、ミナミには、ユミが最期に放った言葉が、誰を対象とした言葉だったのか、わかっていたからだ。
「ユミのスマホの、データを確認してください。」
ミナミは先刻から、再三この依頼をしているが、無視されてきた。沈黙に耐えかねたのか、またしても新米刑事が答える。
「でも、スマホは損傷が激しく、データを取り出すのには時間が……」
「必要ない。答えは出ている。さあ、もう遅くなるから、帰りなさい。ご協力、感謝しました。」
(何を言っても、単なる「自殺」で処理をする気か……)
ミナミは、ひとつ賭けに出てみることにした。相手の感情をうまく揺さぶれば、少しでも状況を変えられるかもしれない。どれだけAIの支配下にあろうとも、人間は感情の生き物だ。
「『結論』が出てるからって、他の可能性を考えもしない。こんな、AIの手下に、奴隷になるために、刑事になったの?あなたたち、滑稽ね。」
「我々は……」
強面刑事が表情ひとつ変えずに答えようとしたそのとき、新米刑事がそれを遮るようにして、口を開いた。
「刑事の仕事をバカにするな!じゃあ、それなら、他になんの可能性があると言うんだ?それほどまでに、君が僕たちに伝えたい可能性には、いったいどんな真実が隠れていると言うんだ?刑事はAIの奴隷なんかじゃない!真実に向き合う、正義なんだ!」
「じゃあ、あらゆる可能性に、ちゃんと向き合ってくださいますね?」
ミナミは内心、うまくいったと思いながら、自分に与えられるであろう時間を推測していた。
「聞いてやるよ!真実はひとつだ、いかなる場合も変わらない。そうですよね?」
新米刑事の言葉に、強面刑事は仕方がなさそうに答えた。
「ああ。聞くだけ、聞いてやろう。決裁留保だ。」
最初は、友を思う気持ち、それだけだった。
しかし、後にこの一件が、どこにでもいる17歳の女子高校生に過ぎなかった南ミナミの人生を、大きく変えていくこととなる。
ミナミは、拳を強く握りしめて、言い放つ。
「最後の言葉に織り込まれた思い、解き明かしてみせます。」
(ユミ、私、がんばるからね。)