66話 予防策
「……ならば、“波による共鳴”という別のアプローチを試す価値はある。」
その場に、わずかな希望の光と、慎重な期待が交差した。
蒼帝の説明に、ザガートは深く頷いた。
「……よく分かりました。
理にかなった理論です。納得いたしました。」
蒼帝はわずかに頷き、表情を和らげる。
「さて、こちらからの情報は以上だ。
――逆に、君たちからアクエリアスに対して何か質問はあるか?」
その言葉に、静まり返った空気の中、ライサがそっと手を挙げる。
「……一つ、よろしいでしょうか。」
「許可する。」
ライサは姿勢を正し、まっすぐ蒼帝を見据えて問いかけた。
「先日の、ベオリア国王との会談について――」
ライサが一歩前に出て言葉を継ぐ。
その声音には、敬意とともに慎重な探りが込められていた。
「その場で、蒼帝が“側近を外すように”と国王に進言された……と伺っています。」
場に微かなざわめきが広がる。
「……実はその日、国王は信頼していた騎士団長を謁見から外しました。
そしてその夜――国王はオブシディアンに攫われたのです。」
ライサは静かに問いかけた。
「なぜ、側近を外すよう提案されたのですか?」
蒼帝は目を伏せ、一拍置いてから、穏やかに、しかしはっきりと答えた。
「……そのように明確に求めた記憶は、私にはないぞ。」
ライサは目を見開き、息を呑む。
(……それでは一体、なぜ国王はあんな事を言ったのか…?)
その瞬間、陽が小さく呟いた。
「……もしかして、“ミラーネ”の仕業かもしれない。」
レオンが眉をひそめて陽を見る。
「ミラーネ……? 確か、オブシディアンの……」
陽は頷き、真剣な表情で言葉を続けた。
「幻影を操る能力を持ってるやつだ。
前に“ウルニス迷宮”へ潜った時、実際に俺たちはあいつと戦った。
仲間の姿を偽り、声を騙り……混乱を引き起こしてきた。」
蒼帝の瞳がわずかに細められる。
「……だとすれば、会談の場にも偽りの幻影が紛れ込んでいた可能性があるということか。」
重い沈黙が場を包む。
誰もが、目にしていたものすら疑わざるを得ない現実に、わずかに息を呑む。
そのとき、ライサが静かに口を開いた。
「……であれば、今回の調査でも同じことが起こる可能性がある。
私たちも、幻影に仲間を騙られる危険を常に想定しなければなりません。」
レオンが苦笑交じりに言った。
「幻でそっくりに姿を作られて、声まで真似されちゃあ……正直、見分けがつかねえな。」
「……なら、決めておこう。」
陽が一歩前に出て言った。
「合言葉を。
誰かに“あれ?”って違和感を覚えたとき、確認できる手段が必要だろ?」
ザガートが頷く。
「賢明だ。
魔術も幻影には通じぬ時がある。……言葉こそ、確かな絆となるだろう。」
陽が皆を見渡し、ゆっくりと頷いた。
「よし……じゃあ、全員が覚えやすくて、でも他人にはわからない言葉を考えよう。」
それぞれが短く頷き、慎重に意見が交わされていく。
やがて、一つの合言葉が決定される。
それはシンプルながら、陽たちの間にだけ通じる信頼の証。
誰かが誰かであることを証明する、ただ一つの鍵だった。
そのとき――場の緊張を軽くほぐすように、飄々とした声が響く。
「――よし、話はまとまったな。」
壁に寄りかかっていたカイが、軽く伸びをしながら立ち上がる。
「じゃあ、行こうぜ。アクエリアスの深層部へ。
さっさと終わらせて、神様も魔物もまとめて静かにしてやろうや。」
その言葉に、一同の気持ちが再びひとつにまとまっていく。




