64話 蒼き召喚者と蒼帝
潮風に乗って、空を駆ける二つの影がアクエリアスの空へと降り立った。
陽とセレーナを乗せた、元太陽神の獅子――ヘリオス。
リーナの背に寄り添うように飛んでいたのは、金色の羽根を持つグリフォン――タリア。
彼らの後方には、地上から馬でアクエリアスへ向かう三人の姿。
王子ザガート、剣士レオン、そして騎士ライサが馬上で街の輪郭を見上げていた。
雲を突き抜けたその先に現れたのは、――アクエリアス。
水の都と呼ばれるその都市は、無数の水路と橋が織り成す迷宮のような構造に、空中を滑る魔法船が静かに往来している。
青く澄んだ水面は空を映し、都市全体がまるで水晶の器に浮かんでいるようだった。
「……ここが、水の都――アクエリアスか」
陽がぽつりと呟いた。
その声に応えるように、ヘリオスが柔らかく喉を鳴らす。
続いてレオンの馬が一歩前に出る。
彼は地面に降り立った陽たちを見上げながら、感嘆の声を漏らした。
「噂には聞いてたが……こりゃ、想像以上だな。
水の上に国が浮いてるように見えるぞ……とんでもねえ。」
すると、ザガートが遠くにそびえる建造物を指さした。
「見えるか? あの高台に立つ蒼き宮殿。
あそこに、“蒼帝”がおられる。」
一同がその先に視線を向けると、空と海の境界に溶け込むような宮殿が、静かに存在を主張していた。
湾曲した水の橋が空中に伸び、陽光を受けて虹のように輝いている。
すると、ヘリオスが陽とセレーナをそっと背から降ろすように身を低くし、
タリアもリーナを優しく下ろすと、そのまま空へと舞い上がった。
二体の神獣は、一度こちらを振り返るようにしてから、音もなく姿を消した。
ザガートが口を開く。
「これより先は我らの足で進もう。
蒼帝の元へ、正式に謁見を果たす。」
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蒼き宮殿へと続く白い石畳の道を歩き始めた一行の前に、ふと一人の男が立っていた。
潮風にそよぐブロンドの髪、海のように深い蒼き瞳。
旅装のような軽装ながら、その立ち姿からは、確かな“力”の気配がにじみ出ている。
男はゆったりとした動きで片手を上げ、陽たちに声をかけた。
「――ようこそ、水の都アクエリアスへ。」
「ポセイドンより召喚されし者――カイ・マナロアだ。よろしくな。
君たちを待ってたぜ。」
その名を聞いた瞬間、空気がわずかに張り詰めた。
「……ポセイドン……」
陽が思わず息を呑む。
水を司る大神の名。その召喚者が目の前にいるという現実に、無意識に背筋が伸びる。
レオンはわずかに目を細め、手を腰の剣にかけかけて――しかし、警戒を悟らせないようすぐに手を戻した。
リーナも目を丸くし、セレーナは小声で陽の耳元にささやいた。
「……あの人、気配がまるで波みたい……柔らかいのに、底が見えない」
ザガートだけは表情を崩さず、静かに礼を示す。
そんな一同の空気を感じ取ったのか、カイはくつろいだ笑みを浮かべながら肩をすくめた。
「そんなに構えなくてもいいさ。
今日は歓迎する側だから、剣も魔法も無しで頼むよ。」
陽がようやく我に返り、口を開きかける。
「えっと……俺は――」
だが、その言葉をカイがひらりと手で制した。
「自己紹介は後でいいさ。どうせ蒼帝に挨拶するんだろ?」
「……まずは宮殿まで案内するよ。こっちについてきな。」
その一言で、ピリついた空気が少しだけ緩んだ。
「――さ、着いたぜ。」
カイが立ち止まり、前方を指さす。
「ここが蒼き宮殿。蒼帝がおられる場所だ。」
一行が顔を上げると、青と白を基調とした壮麗な建築が目前にそびえ立っていた。
外観は水晶のように輝く石で構成されており、壁面を水が流れ落ち、陽の光に反射して虹色の揺らぎを生んでいる。
宮殿の門がゆっくりと開かれると、中からひんやりとした澄んだ空気が流れ込んできた。
内部は外観に劣らず、洗練された美しさを誇っていた。
幾何学的な水の文様が彫られた床、天井には水面のような光の揺らぎ。すべてが丁寧に造られ、清浄な空間を形作っている。
通路の両脇には衛兵や魔導士の姿が見える。
彼らは皆、白と蒼の制服に身を包み、無駄のない所作で宮殿を警備していた。
剣士たちは腰に細身の剣を、魔導士たちは杖を携えており、その一糸乱れぬ構えに、この国の統率力と緊張感が垣間見えた。
カイの案内のもと、一行は長い廊下を抜け、大扉の前に立つ。
扉が静かに開かれたその先――そこは…
蒼帝の間――
高くそびえる柱に囲まれた荘厳な空間の最奥、
蒼の絹をまとい、玉座に静かに腰かける人物がいた。
その瞳は深海のように澄み、どこまでも静かで冷静。
だが、空間を支配するような存在感が、言葉を発する前から陽たちに伝わってくる。
その人物が、ゆっくりと立ち上がった。
衣の裾が静かに揺れ、重厚な沈黙の中に声が響く。
「――私はアクレイド・ヴェル・セリオン。
このアクエリアスを治める者にして、“蒼帝”の名を預かる者だ。」
声は深く、澄んでおり、重くないのに重みがある。
それだけで、この場に立つ誰もが自然と背筋を伸ばしていた。
「遠路より、我が都へよく来てくれた。
君たちがそれぞれの神の導きによって、この地へ招かれたこと……私は神々とこのアクエリアスの名において、正式に歓迎する。」
陽たち一行は、一人ずつ礼を交わし、簡潔な自己紹介を終えていく。
各人の背後には、それぞれの神の気配が淡く漂い、空間の中で静かに共鳴するようだった。
アクレイドはすべてを受け止めるように頷き、やがて言葉を切り替える。
「さて――挨拶はこのくらいにしておこう。」
重ねた手を軽く開き、視線を陽たちに向け直す。
「君たちはこのアクエリアスにおいて、我々と互いに抱える問題を解決するために来たはずだ。
……まずは、アクエリアスが保有している情報を、君たちへ伝えよう。」
空気が一変する。
陽たちは姿勢を正し、蒼帝の言葉に耳を傾けた。




