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63話 平穏な日常



ーアクエリアスの蒼き宮殿。

波の音が静かに反響する蒼帝の部屋へと、ひとりの男が通された。


ブロンドの髪に海のような蒼き瞳。

その姿は、まさしくポセイドンより召喚されし者。


彼は玉座に歩み寄ると、やや気怠げに口を開いた。


「呼び出しとは珍しいな、蒼帝さんよ。今日はどんな風の吹き回しだい?」


蒼帝はゆるやかに微笑み、落ち着いた声音で応じた。


「ポセイドンより召喚されしものよ。今日はお前に伝えることがあり、ここへ招いた」


「へえ、俺に話しか。なんだってんだ?」


蒼帝の瞳がわずかに鋭くなる。


「近々――神アポロンとアテナより召喚されし者、それとベオリアの王子が、このアクエリアスを訪れる」


「……ふぅん、神々の使いがねぇ。こりゃまた賑やかになりそうだ。

そいつら、何の用で?」


蒼帝は一歩前に出て、指を三本、ゆっくりと掲げた。


「理由は三つある」


「聞こうじゃねえか」


「第一に――アクエリアスの深層部に、突如として魔物が出現したことは以前、伝えたな。

それによりベオリアとの水路が断たれつつある。

同時期に、ベオリアでは急激な砂漠化と迷宮の不安定化が進んでいる。

――魔物と関係している可能性が高い。今はただ眠っているが、強力な結界が張られて手が出せん。故に、使者たちはその調査に来る」


「……ほう。そいつらで何とかなるもんかねぇ」


「そして、第二に――“影の組織”について。

以前、私とベオリア国王で会談を行った直後――ベオリア国王が攫われた。

奴らの動きが徐々に表へ現れ始めている。ベオリアと神々は、その手がかりを探らせるつもりだろう」


男の表情がやや険しくなる。


「……あの時のか。俺、不在だったからちゃんとが聞かなきゃなーと思ったが…それで…最後は?


蒼帝は頷き、声の調子をほんのわずかに和らげた。


「最後に――アポロンの召喚者が、“リミットブレイク”についてお前に尋ねたいと申し出ている。

……お前なら、面倒を見てやれるだろう」


男は片眉を上げ、少しの笑みを浮かべた。


「俺に? そりゃまた変わった奴だな。……まあ、面白いなら付き合ってやってもいい。

ただし――そいつが壊れても、知らねぇけどな」


蒼帝は微笑を浮かべたまま、静かに言った。


「お前なら、導けるはずだ…」


「さて、それはどうだか……相手次第だな」


部屋に再び波音が戻り、二人の間に沈黙が流れたがすぐに男は軽く背伸びをして、肩を鳴らした。


「……で、話はもう終わりか?」


蒼帝は静かに頷いた。


「ああ。

ベオリアとは今後も協力関係を続けていきたい。

この地に神々の眼差しが集まる中で、互いに背を預け合える関係は貴重だ。

――頼んだぞ。」


男は鼻で笑い、つまらなさそうに目を細めた。


「へいへい。

ポセイドンから“蒼帝の言うことは聞いておけ”って釘刺されてるしな。

……ただし――」


言葉を切り、ゆっくりと蒼帝に顔を向ける。

先ほどまでの軽さが消え、声の温度がぐっと下がった。


「もし、来る召喚者が力に溺れた愚か者だったら……

――俺は、迷わず殺すぜ。」


その言葉に一瞬、部屋の空気が張り詰めた。


だが蒼帝は動じず、冷ややかな笑みを浮かべる。


「――好きにしなさい。

そもそもその程度で終わる者なら、最初から不要だ。」


「おっかねぇな、ほんと」

男は急に肩の力を抜いて、にやりと笑い返す。


「オッケー、話は把握した。

出迎えの準備でも始めとくとするか。……いつ来るんだ?」


「明後日には着くだろう。」


「了解。

……じゃ、俺はやり残した仕事があるんで、このへんで退散するぜ。」


軽く片手を上げ、男はくるりと踵を返して部屋を後にした。

扉の向こうに姿が消えたあと、蒼帝は静かに目を閉じ、呟く。


「……嵐の兆しが、またひとつ。

このアクエリアスも、穏やかではいられまいな――」




ーーーーーー




男は蒼帝の宮殿を後にし、白く輝く石畳を踏みしめながら、ゆるやかに歩き出す。

広がる空はどこまでも澄み渡り、潮の香りが微かに漂っていた。


重苦しい話の余韻を引きずるように、彼は静かにため息をついた。


「……明後日、ね」


その独り言をかき消すように、突如遠くから甲高い声が飛んでくる。


「カイーっ!!」

「今日こそネレアに乗せてーっ!!」


男が顔を上げる間もなく、複数の小さな影が彼に向かって駆け寄ってくる。

細い腕が彼の脚に絡みつき、別の子は勢いよく飛びついてきた。


「おいおい……」

男は呆れたように声を漏らした。


「カイ!今日って約束だったでしょー!」

「ねぇねぇ、ネレア呼んでよー!」

「一回だけでいいからーっ!」


男はわずかに眉をひそめたが、次の瞬間――

諦めたように額に手をやり、声をあげた。


「……ったく、カイって呼び捨てで呼ぶなっつーの……!」

「こっちはこれから仕事なんだよ!大事な用事があんだっての!」


それでも子どもたちは怯まず、ますます勢いづく。


「仕事の前に!一回だけ!ね!ねっ!」

「ネレアの背中、風が気持ちいんだもーん!」


しばしの沈黙ののち、男は大げさにため息をついた。


「……あー、わかったわかった!!一回だけだからな!!! それで文句言うなよ!」


歓声が沸き起こる。



「――出てこい、ネレア!」



その合図と共に、宮殿脇の水辺に波紋が広がる。

空気が震え、青白い霧が舞い上がった。

そして、静かに姿を現す――神獣・リヴァイアサン「ネレア」。


巨大な蒼い体が水面を滑るように現れ、周囲の光を反射して神々しい輝きを放つ。

長くしなやかな胴体、鋭くも優雅な瞳。

鱗の一枚一枚がまるで海そのものの記憶を宿しているかのようだった。


カイはその額に手を添え、穏やかに語りかける。


「悪いな、ネレア。……少しだけ頼む。

こいつらを一周だけ、連れて行ってやってくれ」


ネレアは静かに目を閉じ、身体を低くして子どもたちを迎え入れる。


「わーっ!やったー!!」

「ありがとー!ネレアー!!」


子どもたちは歓声を上げながら、神獣の背に次々と乗っていく。

カイはその光景を見送ると、苦笑しながらポツリと呟いた。


「……異世界でもガキはどこも一緒だな。やれやれだ」



ネレアに乗ってはしゃぐ子どもたちを見ながら、カイがぽつりと呟いたそのときだった。


ふいに、背後の空間が静かに揺れる。

振り返るより先に、蒼き光が風に紛れて現れる――まるで海そのものが形を得たような、優雅で威厳をたたえた存在。


「……珍しいじゃねぇか。ポセイドン。」


振り返ったカイが、口元を片方だけ吊り上げる。

そこには、神々の一柱――海神ポセイドンが微笑みながら立っていた。


「やあ、カイ。元気だったかい?」

その声は波のように柔らかく、深く響く。

「いつもアクエリアスのために働いてくれてありがとう。君には感謝してるよ。」


カイは軽く手を振った。


「そんなん、いいんだよ。で――なんの用だ?」


ポセイドンは微笑みを崩さずに言った。


「蒼帝から話は聞いたね?」


「ああ。……信用していいのか?」


ポセイドンはほんの少しだけ視線を空へ向け、言葉を選ぶように続けた。


「会ってみないと、なんとも言えないけれど――

少なくとも、信仰が集まっていることは確かだよ。

神はね、何を企んでいるかわからない。だからこそ、人の目を通して見定めなければならないんだ。」


「……言うじゃねえか。神様ってのは皆そんなに王座が欲しいのかね。」


カイは半分笑いながらも、目だけは鋭かった。


「……全員ではないよ。

だが――力に溺れた神が王座に就けば、この世界の均衡は簡単に崩れてしまう。」


「理想とする世界を創りたい神もいれば、

創造の欲は持たず、ただ穏やかに生きたいだけの神もいる。

――逆に、すべてを支配したいと願う者も確かに存在する。」


そこでポセイドンは、わずかに声の調子を落としながら続けた。


「創造する意志を持たない神たちが、どちらに着くのか――それが、この先の鍵になる。

神同士では直接手を出すことができない今、

召喚者同士が衝突する可能性が高い。

その時、自分の理想を誰に託すか……それを、人の目で見極めなければならないんだ。」


カイは静かに目を閉じ、短く返す。


「俺はな、神々の戦いなんかにゃ興味はねえ。

けど……俺の世界と、エリュシアの海を守りてぇだけだ。」


ポセイドンは微笑んだまま、ゆっくりとうなずく。


「相変わらず、欲がないね、君は。……だからこそ、私は君を選んだんだよ。

君は、私鍛錬に耐えた。そして今や、アクエリアスはもちろん――他の民の信仰も、君に集まりつつある。

……私は君の望みを叶えてあげたいんだけどね。」


その返答に、ポセイドンの表情が一瞬だけ陰る。だが、すぐに微笑みに戻った。


「いいよ、今さら……俺はここで、償うしかねえんだからよ。」


「……そうか。君の好きなようにしなさい。」


その言葉を最後に、ポセイドンの姿は蒼い光となって空気に溶けていく。

まるで潮が引くように、静かに、柔らかく。


残された静寂の中――

潮の風が、カイの髪をそっと撫でるように吹いた。


彼は立ち尽くしたまま空を見上げ、ぽつりと呟く。


「……ったく神様ってのは、ほんと、いちいち面倒だな。」

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