60話 戦う理由
広間に降り立ったヘリオスは、まばゆい光を放ちながら静かに歩を進めた。
ヘリオスは陽をじっと見つめ、やがて口を開いた。
「私は元々、太陽の神としてエリュシアに光をもたらしていた。しかし、その光が強すぎたが故に、闇を生み出した。それは私の中で均衡を保つために生まれた存在。だが、私はその闇を恐れ、切り離した。」
ヘリオスはゆっくりと周囲を見渡しながら続ける。
「しかし、闇は消え去ったわけではなかった。私の力をアポロンへ捧げた事により力を失い、太陽神の座を降りたとき、その力の一部と共に、アポロンの中に受け継がれたのだ。そして、お前はアポロンの力を授かった。つまり私の闇の部分も一緒に授かったことになる。」
陽は拳を握る。あの迷宮で暴走したときの記憶が、鮮明に蘇る。
「俺の中に…あんたの闇の部分が…。」
ヘリオスは頷いた。
「そうだ。そして、その闇はまだ完全に覚醒したわけではない。お前が強大な力を求めるほど、それは大きくなり、お前の意識を支配しようとするだろう。」
「そんな…」
陽の表情に、不安が色濃く浮かぶ。
「俺に…この力を使いこなせるのか?もし暴走したら…仲間を傷つけるかもしれない…」
陽は言葉を詰まらせた。
リミットブレイクを発動したときの感覚を思い出す。あの時、自分は確かに力に呑まれかけた。
すると、カンジェロスが力強い声で言った。
「陽よ、弱気になるな。だからこそアクエリアスに行くのだ。」
陽はカンジェロスの方を見る。彼の目には迷いがなかった。
「アクエリアスにはポセイドンの召喚者がいる。お前のように、強大な力を持ち、それを制御する術を身につけた者だ。そこで学び、己を鍛えろ。」
「そうだよ、陽。」
アポロンも続ける。
「君はまだ発展途上なんだ。そんなに力み過ぎないで。」
そう言って、アポロンは軽く笑ったが陽にとって、その表情は、妙に無神経に見えた。
「……るっせぇ。」
陽の低い声が響く。
「え?」アポロンが聞き直す。
「うるせえって言ってんだよ!!」
次の瞬間、陽はアポロンの胸ぐらを掴んでいた。
広間に張り詰めた沈黙が落ちる。
陽の肩は荒く上下し、その目には怒りと焦りが入り混じっていた。
「いきなり異世界に飛ばされて、神の代わりに信仰を集めて頂点を目指すために力を与えられる。護る力なら良いさ。でも代償ってなんだよ!リーナさんなんか、自分の記憶を差し出すんだぞ!」
陽の拳が震える。
「なんでそんな、自分を傷つけてまで…みんなこんなのに参加してんだよ!」
「陽!感情的になるな!相手は神様だぞ!」
レオンが割って入ろうとする。
しかし、陽はさらに声を荒げた。
「俺は日本から来た!アポロン、いや…オリンポスの神々に対して信仰はねえんだよ!!」
怒りが爆発した陽の言葉に、広間の空気が張り詰める。
アポロンは、胸ぐらを掴まれたまま陽をじっと見つめていた。いつもの軽い笑みは消え、どこか思案するような表情に変わる。
そして、彼は静かに一言だけ言った。
「どんな願いも、神が叶える。」
「……なんだって?」
陽の体が硬直する。
アポロンは微笑みもせず、淡々と言葉を続けた。
「そのままだよ。王座に座る神より召喚されし者は、神々の力により、どんな願いも叶える。」
その言葉が、陽の脳内を駆け巡る。
どんな願いも…?
広間の誰もが息を呑んでいた。
陽はアポロンの目を真っ直ぐに見つめたまま、胸ぐらを掴む手を緩めることなく、沈黙していた。
「陽、君も叶えたい願いがあるのだろう?」
アポロンの問いかけに、陽は何も答えない。ただ、奥歯を噛み締める音だけが聞こえる。
アポロンは静かに続けた。
「どちらにせよ、君は僕に選ばれた。そして召喚された。天界の均衡があってこそ、下界の平和は保たれる。いいかい?陽。君は大人だからわかるはずだ。君の使命……そして、この運命からは逃れられない。」
その言葉が広間に響いた瞬間、陽は鋭い目つきでアポロンを睨みつけ、胸ぐらをさらに強く掴んだ。
「……ああ、わかったよ。」
歯を食いしばりながら、陽はアポロンに喰いかかるように言った。
「やってやるさ。でもな、よく聞いておけよ、アポロン。神々の代理だろうが、俺には関係ねえ!自分の道は、自分の意思で決める。この戦いは俺が俺のために、仲間のために、家族のために信仰を集めてあんたを王座に導く。」
アポロンはその言葉をじっと聞きながら、微笑を浮かべた。
「願いは何でも叶えてくれるんだよな?」
陽の問いに、アポロンは静かに頷いた。
「神に二言はないよ。これは大掛かりな神々の争いだ。禁断とされる死者でさえ蘇らせられる。」
「……死者まで!?」
陽は驚き、すぐにハッとリーナの方を振り向いた。
リーナは驚いたように目を見開いたが、すぐに視線をそらした。
「まさか、リーナさん……ラケルを生き返らせるために……」
陽はその瞬間、リーナの抱える想いを理解した。
自分の記憶を犠牲にしてでも戦う理由――それが、亡くなった弟を取り戻すためならば。
陽はアポロンの胸ぐらから手を離し、静かに呟いた。
「……わかった。行こう。アクエリアスへ。」
緊張感に包まれていた広間の空気が、ようやく少し和らぐ。
アポロンは軽く手を広げながら、再び口を開いた。
「それじゃ、色々とクリアになったことだし、僕はここでおいとまさせてもらうよ。」
そう言って陽に向き直る。
「陽、君にはヘリオスと僕の力が必要になる。光も闇も受け入れることが重要だよ。」
アポロンは微笑みながらそう言い残し、光の粒となって消えていった。
カンジェロスがパンパンと手を叩き、話を締めくくるように言った。
「話はまとまったな。」
彼は陽の方を見て、静かに告げた。
「陽よ、私はこの一件のせいで国から離れることができん。よって、私の代わりに息子のザガートを向かわせる。」
カンジェロスが軽く手を挙げると、奥から一人の青年が姿を現した。
――ザガート・アルヴィオン。
鋭い眼光と整った顔立ち、鍛え抜かれた肉体を持つ彼は、王族の威厳を纏いながら陽の元へ歩み寄った。
「私はザガート・アルヴィオン。ベオリア王国の第一王子だ。」
彼は陽の目をしっかりと見据え、落ち着いた声で続けた。
「国の代表として、お前たちと共にアクエリアスへ赴く。王家の誇りに懸けて、必要とあらば先陣を切り、お前たちを導こう。」
堂々とした言葉と立ち居振る舞いに、広間の者たちが静かに頷く。
陽もその姿勢を見て、改めて手を差し出した。
「ああ、よろしく。」
しかし――
パァンッ!!
響き渡る乾いた音。
ザガートは陽の手を強く振り払った。
「お前……!」
カンジェロスが目を見開く。
ザガートは一歩前に出て、王の前に膝をついた。
「父上、私は無礼を働いたことを重々承知しております。しかし、この者は我々の大切な騎士団長の娘であるライサをたぶらかしている、如何わしい輩です。」
広間が一瞬ざわついた。
「先程の様子をご覧になったはず……精霊族の娘、人間、そして、ライサを!こいつ……!」
ザガートは陽を鋭く睨みつけた。
「こやつを、私は信用できません!」
広間に響くザガートの声は鋭く、強い決意を宿していた。
「陽と言ったな。貴方が本当に神に選ばれし者なのか、そしてライサに相応しい男であるのか。その覚悟と力、私が見極める!」
ザガートの鋭い眼光が陽を貫く。
陽は一瞬、面倒そうな表情を浮かべたが、すぐに肩をすくめて言った。
「俺は貴方と戦う理由がない。」
しかし、その言葉はザガートには届かなかった。
ゴォォッ!!
次の瞬間、ザガートの体から凄まじい覇気が解き放たれる。
「ぐっ……なんて覇気だ……!」
陽は思わず足を踏ん張る。広間の空気が一変し、重圧が陽を包み込む。
(仕方ない……)
陽は深く息を吸い込むと、身体の奥から力を解放した。
陽の体から覇気が迸る。白く眩い光が陽を包み込み、ザガートの覇気に押し負けまいと抵抗する。
「なかなかいい覇気だ……。だが、手加減はせんぞ!」
ザガートが構えた瞬間――
「お待ちください、ザガート様。」
鋭くも冷静な声が響いた。




