46話 光に宿る想い
「あなたは何者なんだ…」
陽の問いかけに対し、彼女の落ち着いた声が空間に響き渡った。
「私はウルニス迷宮20階層の番人、サラフィン。過去を写し、惑わす者。このエリュシアはオリンポス直下の地ゆえ、信仰がその者の力となりうる。己の過去を受け入れぬ者に、信仰を集める資格はない。ゆえに、私はこれまでこの迷宮を訪れた者の過去を写し、乗り越えられるかを試してきた。中には絶望に陥り、迷宮から出られぬ者もいた…だが、そなたは乗り越えた。故に、この先を進む資格がある。」
サラフィンの言葉が終わると、リーナは視線を落とし、小さく震えた声で呟いた。
「わ、私一人では乗り越えられなかった…。陽がいたから…だからそんな資格なんて…」
サラフィンはリーナに目を向け、穏やかな表情で語りかけた。
「娘よ、人は誰しも一人ではない。そなたの心に惹かれ、この男は力を貸した。そなたの心が、もし悪しきものであれば、この結果には辿り着いていなかったであろう。」
その言葉に陽は少し驚いたが、すぐにリーナに向かって微笑んだ。
「リーナさん、この方の言う通りですよ。俺が力を貸したのは、リーナさんだからです。」
サラフィンは再び口を開いた。
「娘よ、そなたの大切な者を思う気持ちを、これからも抱き前に進むがいい。そしてこれは、私からの選別だ。受け取りなさい。」
その瞬間、リーナの首にかけていたネックレスが柔らかな光を放ち始めた。光は次第に強まり、部屋全体を満たすような輝きへと変わった。
「この光は…!」リーナが驚きの声をあげ、首にかけていたネックレスを取り出した。
その輝くネックレスを見た陽も目を見開いた。
「リーナさん、そのネックレス…ラケル君からもらったやつですよね?」
「ええ、そうよ。でもこの光はなに…」
光がさらに強く輝き、二人の目の前でその輝きが徐々に形を成していくと、一人の青年の姿が浮かび上がった。柔らかな笑みを浮かべ、彼はリーナを見つめていた。
「久しぶりだね、姉さん。」
穏やかな声が静かに空間を満たした。
その声を聞いた瞬間、リーナの瞳が大きく見開かれた。信じられないものを見たように、一歩、また一歩とその姿に近づいていく。
声にならない言葉が喉元で震え、やがて涙となって頬を伝った。
「ラケル…なの…?」
青年は柔らかく頷き、少し照れくさそうに微笑んだ。
「うん、俺だよ。ずっとそばにいたけど、こうして姿を見せられるなんて信じられないね。」
その言葉に、リーナの膝が崩れ落ちた。震える手を伸ばし、その姿に触れようとするが、途中で動きを止めた。
「でも…あなたは…もう…」
リーナの言葉が途切れる。
「あぁ、俺はもうこの世にはいない。でも今だけ、サラフィンさんがこうして俺を形にしてくれたんだ。」
ラケルは少し寂しそうに微笑むと、サラフィンに目をやった。
「ありがとう、サラフィンさん。」
サラフィンは静かに頷き、言葉を紡いだ。
「娘よ、この姿は一時的なものだが、彼の魂そのものを呼び寄せた。この瞬間が、そなたの心の支えとなるよう願っている。」
ラケルは再びリーナを見つめ、そっと手を差し出した。
「姉さん、ほらっ立って。」
震える手でその手を取ったリーナは、言葉にならない声を漏らしながら、立ち上がった。
そして、その目に溢れた涙を拭おうともせず、絞り出すように言葉を続けた。
「ごめんね…ラケル…私、あなたを守れなかった…!私がもっと早く帰っていれば、もっと気を付けていれば…!」
ラケルは首を振り、リーナの手を軽く握り返した。
「姉さん、俺を守れなかったなんて思わないで。姉さんはいつだって俺のために頑張ってくれた。それに鍵を締め忘れたのは俺なんだから。」
「でも…でも…!あなたが居なくなってしまってから、私は…」
リーナの声が涙で掠れ、再び嗚咽をこらえられなくなった。
ラケルは一歩近づき、そっと姉を抱きしめた。彼の温かさが、まるで生きていた頃そのままのように感じられる。
「姉さん、もう自分を責めないで。それよりも、俺の分まで生きてよ。大丈夫、俺はこれからも姉さんのそばにいるから。」
リーナはその言葉を聞きながら、ラケルの背中に手を回し、声をあげながら全ての涙を流すように彼にしがみついた。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁっーーー!!」
陽はその光景を黙って見守っていたが、彼の胸もまた締め付けられるような感情でいっぱいだった。
ラケルはふと陽に目を向け、感謝の言葉を口にした。
「陽さんだよね。俺の姉さんを支えてくれて、本当にありがとう。姉さんは強いけど、時々無理しちゃうから…これからもそばにいてあげてください。」
陽は驚きつつも頷き、真剣な目で答えた。
「もちろんです。俺が出来る限り仲間としてリーナさんをこれからも支えます。」
ラケルはその答えに満足したように微笑むと、再びリーナに向き直った。
「ねえ、姉さん…?」
リーナはまだ涙をぬぐいきれないまま顔を上げる。
「なに、ラケル…?」
ラケルは少しいたずらっぽい笑顔を浮かべながら言った。
「俺、陽さんみたいな人なら家族になっていいと思うよ。」
「へ…それって……?な、なに言ってるの!こんな時に…!」
リーナの泣き顔は一気に真っ赤になり、慌ててラケルを叩く。
「冗談だよ、でもね、本当にそうなったら俺、嬉しいかもってね。」
ラケルはからかうような声色で言い、リーナの反応に満足そうに笑った。
「どうしたんですか?」
陽はきょとんとしながら尋ねる。
「なんでもないわよ!」
リーナはそっぽを向いて返事をはぐらかした。
その様子を見て、ラケルは満足そうに小さく笑った。
しかし、彼の表情が少し真剣なものに変わる。
「そろそろ、時間みたいだ…。」
静かな声でそう告げると、ラケルの体が再び淡い光に包まれ始めた。
リーナはその言葉に反応し、再びラケルの手を強く握りしめた。
「ラケル、待って!最後に…あの時、私に何を言おうとしてたのか教えてくれる…?」
ラケルは少し驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな微笑みを浮かべてリーナに近づき、そっと抱きしめた。
「姉さん……あぁ…ダメだ。泣かねえって決めたのに…姉さん、もっと一緒にいたかったよ…。もっと一緒に笑っていたかった。これからもっと、家族で支え合って…ずっと仲良しでいたかった…。」
「ラケル…。」
「ごめん、笑顔で送り出すって決めたから、あの言葉の続いき、ちゃんと言うね。俺、姉さんの弟でいられて本当に幸せだった。照れくさくて言えなかったけど…沢山色んな事を教えてくれて、沢山一緒に笑ってくれて、俺を育ててくれて、沢山…沢山…たくさん……たくさんっ!!愛してくれて、ありがとう。」
リーナの目から再び涙が溢れたが、彼女はその手をラケルの背中に回し、静かに答えた。
「私も…ラケルが弟で、本当に幸せだったわ…。しばらく会えないけど、私はずっとあなたを愛してる。ずっと…」
ラケルは最後に姉を少し離して微笑みかける。
「俺もだよ。大好きだ、姉さん!」
ラケルは満足そうにニカッと微笑み、その姿が光の粒となってゆっくりと消えていった。
リーナはその場に立ち尽くしながら、胸に手を当て、ラケルの最後の言葉を心に深く刻み込むように目を閉じた。
そして、リーナは静かに前を向いた。
「行きましょう。30階層へ。」
そうリーナが言うと、サラフィンはラケルが消えた光の余韻を見つめながら、一歩前に進み出た。そして静かに、けれどもその声には確かな温かさを宿して言葉を紡いだ。
「娘よ、そなたの心がその思いを忘れぬ限り、彼はいつでもそなたのそばにいるだろう。」
リーナは深く息をつきながら、まだ涙の跡が残る顔を上げてサラフィンを見つめた。
「ありがとう、サラフィンさん。でもね…私は神様に召喚されし者として、今は力不足だけれど…いつかあなたを…過去のしがらみから解放しに戻ってくるわ。」
サラフィンの目が微かに揺れた。その静かな瞳に、一瞬だけ驚きが走った。
「なぜ、それを…」
リーナは目を閉じ、少し微笑んだ。
「あなたがラケルの魂を呼んでくれたからかしら…ラケルが消えた後、あなたの過去がほんの少しだけ私に見えたの。少し時間がかかるかもしれない。けれど…私はあなたを救いたい。」
その言葉に、サラフィンはしばらく黙り込んだ。しかし、やがてその唇にかすかな微笑が浮かび、彼女の声はどこか懐かしむような柔らかさを帯びていた。
「面白い娘だ…。良い、そなたを待つとしよう。」
リーナが真剣な眼差しで頷いたその時、サラフィンは再び口を開いた。
「そなたみたいな奴は初めてだ。最後にもう一つ。特別に情報をやろう。そなたが元の世界で捕まえた白髪の男についてだ。そいつはまだ生きている。そして…そいつもこの世界に召喚されている。」
「なんだって!?」陽が驚き、思わず声を荒げた。
サラフィンは冷静なまま、リーナに目を向けて静かに告げる。
「私が教えられるのはここまでだ。だが、その男と再会をした時こそ、そなたがこの真実に向き合うべき本当の時が来たと言えるだろう。」
リーナは驚き言葉を失ったが、やがて拳を握りしめ、覚悟を決めたような表情を浮かべた。
「アテナより召喚されし者、リーナ・ハートフォワード。そしてアポロンより召喚されし者、日向陽。そなたたちが進む30階層は、更なる困難が待ち受けている。心して進むがよい。」
その言葉に、リーナも陽も頷いた。サラフィンは満足そうに彼らを見つめた後、再び薄い光をまといながらゆっくりと姿を消していった。
光が完全に消えた後も、リーナと陽はその場でしばらく立ち尽くしていた。サラフィンの言葉が、まだ頭の中で響いているようだった。
「白髪の男がこの世界にいる…。それも召喚されて…」陽が困惑した声で呟く。
「ええ。これで償えるチャンスがまだあるわ。」
リーナは深く息を吸い込み、力強い目をして陽を見た。
「行きましょう、陽。」
陽も頷き、彼女の横に立つ。
「おうよ!!」
二人は視線を交わし、決意を胸に次なる階層へと歩き出した。
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