36話 込み上げる後悔
処刑当日、ライサとカイルは牢獄で必死に檻を破壊しようとし続けていた。しかし、呪薬の効果は切れず、獣人の力を封じられた彼らの人間の力では檻はびくともしない。さらに、檻の内側には強力な結界が張られており、魔法も使うことができない。何度も無理に拳を振るううちに、二人はただ自分を傷つけているだけだった。
「おやめください!ライサさん、カイルさん!」見張りの騎士団員が心配そうに声を上げ、必死に止めるも、ライサとカイルは苦しみの表情で檻を打ち続けた。
一方、国王カンジェロスが王宮の広場へと姿を現し、その視線は堂々と前を見据えていた。広場の中心には処刑台が設置され、既に待機する騎士たちと集まる市民の間に緊張した空気が漂っている。やがて、王宮魔導士の手によって映像魔法が発動され、ベオリア中にその光景が映し出された。
国王カンジェロスはゆっくりと前に進み、広場の人々と映像を通して見守る国民に向けて宣言を始めた。
「ベオリアの民よ、今こそ我々は未来のために戦う時が来た。夢物語のように手に入る幸せはもうない。我が国の未来を勝ち取るために、心を鬼にし、犠牲を払わねばならん!」
カンジェロスの声が広場全体に響きわたり、その言葉の重みに観衆は言葉を失った。彼はさらに厳しい表情を浮かべながら続けた。
「この処刑をもって、我が国の新たなる一歩が始まる。今ここに、我々の団結を示し、ベオリアの未来を守るために私に逆らうことは許されぬ。」
そう言うと、国王の横に立つラドウィン騎士団長が、毅然とした表情で処刑台へと歩みを進めた。観衆は息を呑み、王の側近であり忠実な騎士であったラドウィンが、まさに命を奪われようとしている場面に目を奪われていた。
国王カンジェロスは、処刑台に立つラドウィンを見下ろし、冷淡な口調で問いかけた。「親愛なる友、ラドウィンよ。最後に言い残すことはあるか?」
ラドウィンは強い眼差しで国王を見上げ、口元に小さな微笑みを浮かべた。「俺が死んでも、必ず俺の子供たちがこのベオリアを救ってくれる。今余裕ぶっこいてるのも、今のうちだけだぞ、カンジェロス…。いや、どこの誰だか知らねえ、正体不明の誰かさんよ。」
カンジェロスの顔がわずかに歪み、冷たい笑みが浮かんだ。「ほう、我の正体がわかるのか。しかし、それがどうした?お前は死ぬ。それ以上のことは何もない。」
その頃、地下牢でも映像は同じように流れており、ライサとカイルは父の姿を目の当たりにしていた。ライサは拳を握りしめ、苛立ちと悔しさで顔をゆがませながら囁いた。
「くそっ…このままでは、父上が…結局、大事な時に、私は誰も守れないのか…」
ライサの頭に、十年前の思い出が次々とよみがえった――。
何日も迷宮を彷徨って、ほとんど気力で何とか生き抜いてきた二人目の前に現れたのが、ラドウィンだった。彼は見上げるほどの体格で、その背に強い覇気を宿しており、一瞬で迷宮の暗闇を切り裂くような存在感を放っていた。ラドウィンは無言で二人を抱き上げ、柔らかい毛布に包むと、そのまま迷宮から救い出してくれた。
それ以来、ラドウィンは父として二人を育て、導いてくれた。彼は幼いライサを騎士団の厳しい訓練に加わることを許し、彼女に武術を教え込んだが、その一方で家族としての温かさも忘れなかった。
ある日の夜、夕食を囲んでいた時、ラドウィンはライサとカイルに笑顔で言った。
「どんなに辛いことがあっても、家族と仲間だけは大切にしなさい。ベオリアの民は皆家族だ。そして、二人は俺の特別であり、騎士団は仲間だ。皆を大切にしたいという想いがどんな困難な状況でも必ず切り抜けることができる。いいか?お前らは一人じゃねえ、仲間や家族がいる。もし一人でどうしようもできない時は、その大事な人たちに頼れ。きっと助けてくれる。そうやってみんな助け合って、平和で幸せな日常が手に入るんだからな。」そう言って、ニカッと大皿いっぱいの肉料理を二人の前に並べ、ふたりが満腹になるまで食べさせてくれた。
また、騎士団の入団試験を受ける日に、ライサは緊張で手が震えていたが、ラドウィンはそっと彼女の肩に手を置き、穏やかな声で励ました。「ライサ、お前は強い。信じて進め。道は必ず見える。」その言葉に勇気をもらい、ライサは試験に挑み、見事に合格を果たした。
試験に合格した夜、ラドウィンはライサに特別な剣を手渡した。それは、彼が若い頃に使っていたもので、磨き抜かれた銀色の刃に獣人族の紋章が刻まれていた。
「これは、お前が成し遂げた証だ。騎士団の仲間として、この剣を携えて共にこの国を守ろう。」彼の目には誇りが溢れていた。
そして、それからの日々、火の属性の魔法が使えたライサは、たまにバジルから魔法を教わったり、ラドウィンと体術や剣の稽古を重ねた。
彼は決して手加減をせず、ライサが倒れるまで鍛錬を続けたが、稽古が終われば彼女の傷を丁寧に手当てし、苦しい時には支え続けてくれた。
迷宮で命を救われた日から始まった、家族としての絆、そして師としての教え。それらの思い出が次々と胸に込み上げてきた時、ライサの目には涙が溢れていた。抑えきれない感情が胸を突き上げ、彼女の瞳からぽろぽろと涙が流れ落ちた。
ライサの肩にそっと手を置きながら、カイルが心配そうに問いかけた。
「姉さん…泣いているの?」
ライサは顔を伏せ、涙を隠すこともせず小さく頷いた。
「すまん、カイル。こんな頼りない姉で…。私はずっと、自分の力を過信しすぎていたみたいだ…。それを今になって気づくなんて…。陽、君の言う通りだった…私一人では、この状況を打開することはできなかった。もっと早く、皆の力を借りるべきだったのに…」
彼女の声は震え、次第に涙が止まらなくなった。「もう手遅れだ…私の選択が…大切な人を救う機会を奪ってしまった…」
ライサの姿にカイルも言葉を失い、ただ彼女の隣でそっと寄り添った。心の奥から湧き上がる後悔と自責の念が、ライサの涙とともに溢れ出していった。
その頃、処刑台では、国王カンジェロスが無表情のままゆっくりと剣を抜き、その冷たい刃先をラドウィンの首元へ向けていた。国中に放送される映像の中、凛々しく堂々とした姿のまま、ラドウィンはわずかに微笑み、カンジェロスを見据えていた。
ライサとカイルの悲痛な想いをよそに、処刑の時が今まさに迫っている。
処刑台の上で、カンジェロスがゆっくりと剣を振り上げた。薄暗い牢獄の中から、その様子が映像で映し出された。
「とうさーーーんっ!!!」カイルが叫び声をあげ、必死に檻を叩きながら、涙をこらえきれず声を震わせた。
その横で、ライサは涙で滲んだ視界の中で、言葉を絞り出すように呟いた。
「陽…助けて…」
震える声が微かに響き、彼女の心の底からの叫びが檻の中に広がった。




