19話 新しい風の予感
陽が無詠唱でケルベロスに光の魔法を放った直後、異空間に魔物たちが吸い込まれたかのように消え去った。彼が安堵する間もなく、背後から冷ややかな声が響いた。
「強くなったな、若き青年たちよ。」
その声に振り返ると、そこには仮面を被った男、ガリウスが立っていた。彼の黄色と青のオッドアイが、陽とレオンをじっと見つめている。
「ガリウス…」陽が低くつぶやくと、レオンは即座に剣を構え、今にも襲いかかろうとした。
「こいつ…!」
しかし、陽が彼を止めた。「レオンさん、カイオスとの約束を忘れたんですか?憎しみで剣を振らないって…」
レオンは一瞬戸惑ったが、剣を下ろし、にらみつけるようにガリウスを見た。陽はそのままガリウスに問いかける。
「ガリウス、何のつもりだ?」
ガリウスはゆっくりとした動きで近づき、薄笑いを浮かべながら答えた。「あのお方から頼まれましてね。君たちがどれだけ強くなったかを確認するために来たのさ。にしても、私は安心しましたよ。だいぶ力をつけましたねぇ。今日は良い報告ができそうだ。」
その視線がセレーナに移ると、ガリウスはさらに興味深げに彼女を見つめた。
「ほう、精霊の姫か…。そして銀色の羽…なるほど、青年よ、君は加護を授かったのだな。」
ガリウスは陽に向かって笑みを浮かべた。
「ハハハハッ。よいではないか。いいぞ、いいぞ、青年よ。だが、まだだ!もっと強くなれ。そして、あの方の役に立つために準備をしておくんだ。」
レオンに目を向けたガリウスは、さらに言葉を続けた。「そこのアレイオスの剣士、お前も同じだ。憎しみを力に変えろ。いずれ、私を倒しにくるのだろう?楽しみに待っているさ。」
ガリウスが異空間に消え去ろうとした瞬間、陽とレオンは思わず追いかけようとしたが、あと一歩のところで彼らの手は届かなかった。
「くそっ…!」陽は悔しそうに歯を食いしばり、レオンも同じように拳を握りしめた。
消えゆくガリウスの姿と共に、彼の声が遠くから響く。
「東へ向かいなさい…」
「何だって…?」陽はその言葉に戸惑い、思わず叫んだ。「何が狙いなんだ、ガリウス!」
だが、すでにガリウスとケルベロスの気配は完全に消え去り、黒い霧が晴れた空には再び青さが戻っていた。約一ヶ月の修行の成果で、幸いにもこの戦いで負傷者は出なかった。
ヴァレンティーナの広間に戻った陽たちは、ガリウスの出現について整理していた。リオンが仮面の男について陽に質問する。
「陽、あの男、ガリウスというのか?一体何者なんだ?」
陽はアレイオスでの一件について、リオンに説明し始めた。ガリウスとの最初の出会い、そして彼がレオンの父を殺し目を奪った事について話すと、少し気まずい沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのはレオンだった。「確かに、初めは怒りや憎しみでいっぱいだった。でも、もうその感情に流されることはない。だから普通にしてくれよ。」
リオンは静かに微笑んで、「レオン、お前は立派な剣士になるだろうな」と励ました。
レオンは自信に満ちた声で応えた。「当たり前だ!俺はカイオスを超える男だ!」
本題に戻り、ガリウスが最後に言った『東へ向かえ』という言葉について話し合った。セレーナが口を開く。
「ヴァレンティーナ王国の東には獣人族の移民国家『ベオリア』があります。もしかすると、ガリウスはそこを指しているのかもしれません。」
陽は考え込み、意見を述べた。
「いずれにせよ、信仰を集めるためには各地を回る必要がある。その国に行くのも遅かれ早かれだ。行くしかない。」
「ああ、そうだな。」レオンも賛同する。
次の目的地が決定し、陽とレオンは再び物資の調達に向かった。今回はセレーナとリオンも同行し、四人で準備を進めた。
無事に物資を調達し、ヴァレンティーナに戻った陽たちは最後の夕食を共にした。夕食が終わると、陽は自室に戻り、明日の出発に向けて準備を始める。
その時、部屋のドアがノックされ、セレーナが静かに入ってきた。
「明日の支度ですか?」セレーナが尋ねる。
「はい、そうですね。セレーナさんはどうしたんですか?」陽は不思議そうに彼女に尋ね返した。
セレーナは少し微笑んだが、その目には少し寂しげな色があった。「特に理由はないのですが、何だか気になってしまって…。一ヶ月もずっと一緒にいたから、寂しくなったのかもしれませんね。」
「えっ?」陽は一瞬驚いたが、次の言葉が出てこなかった。
セレーナは静かに部屋に入り、二人はしばらく言葉を交わさないまま時を過ごした。
陽はセレーナの突然の訪問に少し戸惑ったが、彼女の表情に何かを感じ取った。
「陽の使命は理解しているつもりです。でも、今日だけわがままを言ってもいいですか?」セレーナは少し目を伏せながら静かに言った。
「俺でよければ、何でも聞きますよ。」陽は優しく答えた。
セレーナは一瞬ためらったが、やがて言葉を続けた。「あなたは私の大切なヴァレンティーナを救ってくれました。この一ヶ月、あなたといた事が楽しくて、本当は…もっと一緒にいたかった。もっと魔法を教えたかったし、あなたの故郷の話も聞きたかった…ごめんなさい、こんなこと言ってしまって。困りますよね。」
彼女の目から静かに涙があふれ出した。陽はその涙を見て、驚きながらも微笑んだ。
「セレーナさん、俺は困りませんよ。」陽はにっこりと笑った。「むしろ、そう言ってもらえて嬉しいです。確かにこの一ヶ月、色々なことがありましたね。初めて会った時は、沢山からかわれて大変でしたけどね…!!けれど、セレーナさんのおかげでこうやって、成長することができましたし、こんな俺に加護を授けてくれて、本当にありがとうございました。」
「そんな、私はただ、役目を果たしただけです。」
「それでもです。またいつか、必ず戻ってきますよ。」
セレーナは少し涙を拭いながら、静かに頷いた。「約束ですよ。」
「約束です。」陽も力強く応えた。
セレーナは軽くお辞儀をし、部屋を出て行った。
その夜、陽はベッドに横になり、一ヶ月間の修行の日々を振り返っていた。
「あんなにカッコつけて言ったけど…やっぱり寂しいだろ。お姫様としばらく会えないなんて…キツすぎる…うぅ…くそぉ。」陽の目からも静かに涙がこぼれた。
翌朝、陽とレオンは、精霊族の王城の玄関でアルカディア国王やリオン、精霊族の民、騎士団に見送られていた。しかし、セレーナの姿はどこにもなかった。
「セレーナさん、来てないんだ…」陽は少し落ち込んだ表情を浮かべた。
その時、アルカディア国王が杖を地面に叩き、厳かな声で言った。
「日向陽!レオン・アストライア!この度はフィオーナ草原の地、そして我が娘セレーナや民、このヴァレンティーナを護ってくれたこと、我ら精霊族はこの恩を一生忘れない。本当に感謝している!」
アルカディア国王が深々と頭を下げると、それに続いてリオンの掛け声で騎士団が一斉にひざまずいた。
「そ、そんな!大袈裟ですよ。どうか顔を上げてください!」陽は慌ててそう言ったが、その瞬間、彼の周りに光が集まり始めた。
「これは…!」
「信仰じゃねえか?」レオンが驚いたように言った。
「こんなに多くの信仰を…」
「それだけ、あんたはこの国の精霊族から信頼を集めたってことだな。」レオンが陽の肩を叩いた。
陽は自分に集まる信仰の光を見つめ、ぐっと拳を握りしめた。
「よし。次に向かう場所は『ベオリア』だ!そこにもヘリオスの力の解放や、ガリウスが言っていたあのお方の手がかりがあるかもしれない!」
「そうだな、陽。」レオンは腕組みをして力強く頷いた。
二人がヴァレンティーナ王国を後にし、次の目的地である『ベオリア』に向かおうとしたその瞬間――
「陽ーーーーーーーーっ!!!」
城の外からセレーナの声が響き、彼女が全速力でこちらに走ってきた。




