18話 冥界の番犬
陽が光の魔法を無詠唱で発動させた直後、セレーナは驚きと困惑を隠せないまま、陽に詰め寄った。
「陽!どうして無詠唱であんな魔法が発動できたんですか?」
「え?いや…俺にも分からないんです。ただ光の槍を思い浮かべたら、自然に出たっていうか…」陽は困惑しながら答えたが、セレーナの表情はますます真剣になっていく。
「少量の魔力を使う簡単な魔法なら無詠唱で発動することもあります。しかし、あれほどの光の槍を無詠唱で使うなんて、普通はありえません。特にあれだけの規模だと、強力な詠唱が必要なんです…」セレーナの声には疑念と心配が交じっていた。
陽は困ったように首を傾げた。「心当たりはないんですけど、もしかしたらヘリオスの力が関係してるのかもしれませんよね…。それよりセレーナさん、倒した木がこんなに…ごめんなさい…。修復を手伝ってくれますか?」
陽は目をうるうるしながら頼み込んだ。
セレーナは一瞬驚いたが、すぐに息をついて、「わかりました」と微笑みながら答えた。
二人は協力して倒れた木々を修復し始めた。魔力を使って木々を元通りに戻す作業は、思ったよりも体力と魔力を消耗するものだった。セレーナは陽の手際の良さに感心しながらも、ふと口を開いた。
「これで大体終わりましたね。でも、魔力をだいぶ使いましたし、今日はここまでにしましょうか?」
「そうですね、セレーナさん。ありがとうございました。」陽は感謝の言葉を述べ、二人は草原を後にした。
広間に戻ると、リオンとレオンが模擬戦をしているのが目に入った。二人の剣さばきは見事で、特にリオンの動きは洗練されていた。陽がその光景に見入っていると、レオンが激しい一撃を受けて剣を落としてしまった。
「くそっ…!」レオンは悔しそうに拳を握りしめた。
リオンは微笑んで、彼に近づき、軽く肩に手を置いた。「お前は、よくやっているさ。俺が何年この国を守り続けてきたか知っているだろう。お前の倍以上生きている相手に、ここまで食らいつけるんだ、胸を張れ。」
レオンは悔しさを隠しきれずにいたが、やがて微笑みを返して頷いた。「ああ、ありがとうよ、リオンさん。」
その光景を見ていた陽は、胸の内で自分に言い聞かせた。「俺ももっと魔法を早く習得しないと…。」
三週間後、陽は修行の成果を明確に感じていた。以前は右手の拳に魔力を纏うのが精一杯だったが、今では全身に魔力を纏うことができるようになっていた。
無詠唱で魔法を発動する理由は依然として分からなかったが、ヘリオスの力を扱う感覚が徐々に掴めてきていた。
「ところで陽、以前アポロンの力も授かったって言ってましたよね?」セレーナが確認するように問いかけた。
「一応、そうですね。ヘリオスの力は使えるようになりましたが、アポロンの力はまだ未知でして。」
セレーナは微笑んで頷いた。「もし、力を授かっているなら火属性の魔法も扱えるはずです。陽!見ててくださいっ!」
彼女は空を見上げ、深呼吸をした後、セレーナは静かに手を掲げ、詠唱を始めた。「炎の精霊よ、嵐となりて我が手に集え。フレイムストーム!」
彼女の言葉に従うように、暖かい風が周囲に巻き起こり、手元から小さな炎が渦を描きながら空に広がった。炎の嵐はゆっくりと舞い上がり、光と熱を放ちながら、まるで踊るように空を彩っていった。
「こんな感じです。次は陽の番ですよ、やってみてください」セレーナは微笑みながら促した。
(こんな感じって、できるのか?とりあえずやってみるか、イメージイメージ…)
陽は目を閉じ、炎のイメージを心に描いた。手のひらに魔力を集中させ、空へ向かって力を解放する。手先から炎の光が集まり、徐々に炎の渦が現れた。陽はその炎の魔法を放ち、空に向かってまっすぐ飛ばした。
「本当にできてしまうなんて…あなたってひとは…」セレーナは驚きと感心を隠しきれなかった。
しばらくして、二人は休憩をとることにした。
「それにしても…毎日これだけ魔法を使っても、魔力切れを感じないんですが、なんでですかね。」陽は不思議そうに眉を寄せながら尋ねた。
セレーナは頷き、ゆっくりと説明を始めた。「それは、ヘリオスの力と私の精霊の加護が関係しています。普通の人間なら、こんな魔力が大きい魔法を使うとすぐに限界が来ますが、ヘリオスの魔力は膨大なので、魔力が枯渇することは滅多にありません。しかし、魔力を貯める器が小さいと、魔力が暴走して逆に魔法がうまく発動しないこともあります。それを精霊の加護を与える事により、魔力を蓄える器が精霊なみに大きくなるので、今の陽は私と同じか、それ以上に魔法を扱えるのです。」
陽はその説明に納得し、ふとヘリオスとの夢の中での会話を思い出した。
「そうだったんですね…確かにヘリオスもそんなことを言っていた気がします。」
彼は深く頷きながら、改めてセレーナに感謝とこれからの意向について伝えた。
「本当にありがとう、セレーナさん。あなたのおかげで、ここまで成長できました。だけど、いつまで甘える訳にはいかない…。そろそろ次に進もうと思うんだ。」
セレーナは微笑みながら頷いた。「必要最低限、私が教えられることは、教えました。だから、陽。それが良い決断だと思うの。」彼女の言葉には同意が込められていたが、その表情にはどこか寂しさが浮かんでいた。
その日の夕方、ヴァレンティーナに戻った陽は、国王やリオンに二日後に次の旅に出ることを告げた。皆は彼の決断を尊重し、力強く送り出す準備を進めた。
翌朝、陽たちは一緒に朝食をとっていたが、セレーナはどこか浮かない表情をしていた。陽はそのことに気づきながらも、何かを言おうとするが、うまく言葉が出てこなかった。彼女の気持ちに触れるのが怖く、結局声をかけられなかった。
昼過ぎ、陽とレオンは次の旅に向けて必要な物資を調達しようと準備を始めた。「セレーナさん、何か欲しいものがあれば言ってください!今までのお礼がしたくて!」陽はセレーナに声をかけたが、彼女はただ微笑んで首を横に振った。その微笑みがどこか悲しげで、陽の胸に小さな痛みが走ったが、深く追求することはできなかった。
だが、その静けさは突然破られた。空が歪み始め、裂け目から異様な邪気が溢れ出した。暗黒の空間から現れたのは、巨大な魔物。その鋭い牙と三つの頭は圧倒的な威圧感を放ち、地面を揺るがすような足音と共に、ケルベロスが姿を現した。
陽はその圧倒的な存在に直面し、思わず手が震えた。「な、なんだあれは…」震えが止まらず、言葉が喉に詰まるような感覚に襲われた。
しかし、隣にいたレオンは冷静に剣を構え、顔に自信を浮かべて言った。「これは、俺たちの修行の成果を見せる絶好の機会だな!」
レオンの頼もしい姿に、陽も気合を入れ直すため、自分の頬を両手でバチンと叩いた。「なにビビったんだ!俺は…!」
「レオン!、その剣をこちらに向けてくれ!」陽は叫んだ。
「何をする気だ?」レオンは驚きながらも、剣を陽に差し出した。
陽は集中し、レオンの剣に光の魔法を纏わせた。「これで、闇を切り裂けるはずだ!」
その瞬間、セレーナとリオンが駆けつけ、騎士たちも合流してケルベロスを取り囲んだ。戦いが始まる中、セレーナは陽に精霊魔法でサポートを申し出たが、陽は静かにそれを断った。
「セレーナさん、今回は俺ら二人で挑みます。あなたに授かった加護と修行の成果を、今こそ見せたいんです。」
セレーナは一瞬驚いたものの、陽の強い決意に気づき、静かに頷いた。「わかりました。ただし、いざという時は力を貸します。命を最優先に考えてください!」
「ああ、その時は遠慮なく!!」
陽は光の槍を発動させ、ケルベロスに向かって放った。光の槍は空を裂き、ケルベロスの一つの目に直撃した。巨大な体がひるみ、その瞬間、陽は間髪を入れずに次の攻撃の準備に入った。
だが、ケルベロスも黙ってはいなかった。三つの頭が揃って暗黒のエネルギーを放出し、闇の魔法が渦を巻いて陽に迫る。「闇の波動だ…!」陽は瞬時にそれを見抜き、反射的に後方に飛び退いた。闇の波動が地面を裂き、深い闇が広がる。
「この力…!」陽はその圧倒的な闇の力に圧されながらも、再び光の魔力を練り上げた。ケルベロスはその間にも、闇の魔法を次々と放ち、黒い炎が地面を焼き尽くしていく。
「ここで負けるわけにはいかない…!」陽は闇の炎をかき分けるように突進し、ありったけの光の力を再び上空に集中させた。今度は強大な光の柱を天からケルベロスに向けて放つ。
「これで終わりだ…!」
だが、その瞬間、ケルベロスは闇の力を集めた結界を張り、光の柱を無効化しようとする。光と闇が激しくぶつかり合い、衝突の余波が辺りを揺るがす。ケルベロスは苦しそうに咆哮を上げるが、突然その体が異空間に吸い込まれるように歪み、闇族の魔族たちと共に姿を消した。
陽は呆然と立ち尽くし、ただその場を見つめた。「消えた…?」
そして、背後から聞き覚えのある声がした。
「強くなったな、若き青年たちよ。」
陽とレオンが振り返ると、そこにはアレイオスの一件で出会った、仮面を被った男、ガリウスが立っていた。




