14話 精霊姫の加護
「陽!逃げて!!」
セレーナの叫び声が森に響き渡ったその瞬間、黒い影が陽に襲いかかってきた。獣人化した陽は即座に身を翻し、その攻撃をかわした。
「くっ…!」
ギリギリのところで攻撃を回避したが、黒い影はそのまま陽を追い詰めるように迫り、さらに分身を作り出してレオンとリオンにも攻撃を仕掛けてきた。
「なんだこいつらは!?」レオンが必死に剣を振るうが、分身体の数に圧倒されそうだ。
「陽!俺たちで分身を倒す!お前は本体を頼む!」レオンが叫ぶ。
陽は状況を見定め、黒い影の本体を探そうとした。
「どうやって見極めれば…」
その時、陽の視界が変わり、ある一体だけが異質なオーラを纏っているのが見えた。獣人化した今の彼の目には、敵の本体がくっきりと浮かび上がっていた。
「これだ…!」
ヘリオスの声が陽の頭の中で響く。
(私の力を使えば、倒すべき相手が分かる。動け!陽!)
陽はすぐにその本体に狙いを定め、全力で突進した。強力な一撃が黒い影の本体に直撃し、瞬く間にそれは崩れ去ったかのように見えた。
「やったか…?」
陽が息を整えようとした瞬間、大樹の根に拘束されたセレーナの姿が目に飛び込んできた。彼女は明らかに苦しんでいた。
「セレーナさん!」
陽は彼女のもとへ駆け寄ろうとしたが、その瞬間、再び立ち上がった黒い影がセレーナを人質に取った。
「ヘリオスの力を宿す者よ…精霊の姫の力を、ヘリオスの力の解放に使うことは許されん。」
その冷たい声に、陽は思わず足を止めた。
「なんだって…?」
黒い影はさらにセレーナを締め上げようとする。セレーナは苦しそうに声を絞り出し、陽を見つめた。
「陽…」
「セレーナさん!今すぐ助けるから!」
陽は攻撃を仕掛けようとするが、その瞬間、セレーナが弱々しく必死に叫んだ。
「待って!!陽、やめて…!」
「なぜ…?」
陽は動きを止め、セレーナを見つめた。
「この黒い影の正体は…古代の精霊、ティラフィアスなのよ。」
「ティラフィアス…?」
「そう、祖父から聞いたことがある。ティラフィアスはラゼリアの大樹を守護するガーディアンだから、大樹を傷つけるはずがない…」
「ねえ!そうでしょ!!ティラフィアス!!自分の使命を思い出して!!!」
セレーナの言葉に、黒い影――ティラフィアスは一瞬ハッとし、周囲を見回した。自分が守護するはずのラゼリアの大樹を傷つけていることに気づいたのだ。
その瞬間、ヘリオスが陽の獣人化を解き、姿を現した。
「久しいな、ティラフィアス。」
ヘリオスの声は静かだが、威厳に満ちていた。
「ヘリオス…。」
「何故、精霊の姫をさらったのだ。」
ティラフィアスは苦しそうに答えた。
「ゼウスが不在の今、生命の均衡が崩れ始めている。ラゼリアの大樹も影響を受け、少しずつエネルギーが失われつつある。それを防ぐために、精霊の加護を使って均衡を保とうとした。」
「そうか…精霊の姫の加護は本来、一度しか使えない。そなたは、その加護をラゼリアの大樹に使い、ヴァレンティーナを守るつもりだったのだろう。私はそなたを責めるつもりはない。」
ティラフィアスは少し黙り込んだ後に重い口を開いた。「しかし、ここまで大樹を傷つけるつもりはなかった…。」
ヘリオスはさらに問いかける。
「こやつは、ゼウスがオリンポスに不在の今、新たに平和をもたらすため、アポロンによって召喚された者だ。このヴァレンティーナは私が作り出した国であり、私の力さえ戻ればラゼリアの大樹にエネルギーを与え、均衡を保つことができる。そなたもそれは分かっていたはずだ。なぜそこまで敵対したのだ?」
ティラフィアスは言葉を続けた。
「いくら貴方やアポロンが選んだとしても、力しか求めない者を信用できるはずがない…」
陽とセレーナ、そしてヘリオスは顔を見合わせた。
「どういうことだ…?」陽はその異変に驚いた。
その時、再びティラフィアスの体が揺れ、黒いオーラが体を包み込んだ。
「くっ…!」
陽はそのオーラの中に核のようなものを見つけた。そして、その核が邪悪な気配を放っていることに気づいた。
「ヘリオス、あれは…魔晶石か?」
「いや、ティラフィアスは魔族ではない。だから魔晶石ではないはずだ。だが、あれが原因だろう。」
ヘリオスの言葉で、陽は確信を持った。「その核が問題だ。しかし、核以外も破壊したら、ティラフィアス自身も消滅してしまうかもしれない。」
「どうすれば……」
その時、セレーナが叫んだ。
「陽!私の精霊魔法とあなたの光の魔法を組み合わせて!!身動きは取れないけど詠唱なら唱えられるから!!」
「しかし、俺のヘリオスの力はまだ不安定で…」
「大丈夫。私の魔法でその精度を高めるわ。陽、私を信じて!!」
陽はセレーナの真っ直ぐな瞳を見つめ、少しのためらいもなく覚悟を決めた。
「わかりました、やりましょう。セレーナさん、あなたとならできる気がします!」
セレーナはそのまっすぐな言葉に少し驚き、頬を赤らめたが、すぐに集中し、詠唱を始めた。陽は再び獣人化し、右手に光の魔力を集めた。セレーナの精霊魔法がその光を優しく包み込んでいく。
「精霊の守護よ、我らに力をーー
命の源、自然の循環を司りし風よ、水よ、光よ、この大地に安寧をもたらす力となれ。
今、すべての加護をここに集い、導きの光を解き放て!」
天上の聖域
二人の声が重なり、魔法が核を正確に捉え、砕いた。
黒い影はその瞬間、霧散し、邪悪なオーラも消え去った。分身体もすべて消滅し、森は再び静けさを取り戻した。
「危なかったな…。分身体とはいえ、なかなか手強い相手だったぜ。」レオンが息を整えながら呟いた。
ティラフィアスは意識を取り戻し、傷ついたラゼリアの大樹を見て、深い悲しみに沈んだ表情を浮かべた。
「私は…なんということを…」
その時、ヘリオスが静かに問いかけた。
「なぜ、陽が力だけを求める者だと思ったのか?」
「つい最近、何者かによって強制的に目覚めさせられた。その者は、ゼウスが不在であること、そしてヘリオスの力を宿す召喚者が現れたことを私に知らせた。その者は、ヘリオスの力を使い、オリンポスの頂点を狙っていると聞いた。そして、弱き者にもその力を振るうと…」
「なるほど、俺がオリンポスと下界を支配するため、セレーナさんの加護を利用して、ヘリオスの力を解放すると思ったのか…この戦いも全ては守る為に…。」
ティラフィアスは頷いた。「しかし、私はここまで自分の意識を失うとは思わなかった…結果的に私がこの大樹を傷つけてしまったのではガーディアン失格だ。」
(きっと意識を失わせる為の核を埋め込まれたのだろう…)
陽はその話に聞き入ったが、さらに核心を追及しようと質問した。
「そいつは誰だったんですか?」
「黒いマントを纏った男だ…それ以外の記憶は曖昧だ…」
(ガリウスが言っていたあのお方と何か関係が…。)
少しずつ点が線になりかけていたその時、ファルナスの森全体が揺れ始めた。ラゼリアの大樹が傷つき、エネルギーの均衡が崩れ始めていた。
ティラフィアスはセレーナに向かって懇願した。
「私はガーディアンでありながら、重大な過ちを犯してしまった。しかし、この国を守りたい。この国の豊かな自然と、精霊族が幸せに暮らしている姿を、私は眠りの中でも感じていた。どうか、この国を救ってくれないか…」
セレーナは深く頷き、優しく答えた。
「もちろんです。それが、私、セレーナ・グランディスの役目ですから。」
セレーナは陽の元に近づき、真剣な眼差しで彼に告げた。
「陽、時間がないからよく聞いて。今からあなたに私の加護を授けます。」
「加護を…?」
「ええ。あなたは、このヘリオスの力をどう使いますか?」
陽は片膝を立て、真剣に答えた。
「護るべき人たちのために。精霊族のみんなも、俺は護りたい。だから、この力を使って、精霊族も、セレーナさんも、俺が護る為に使うよ。」
セレーナは微笑み、彼の頬に両手を添えた。
「陽、目を閉じて。」
陽がそっと目を閉じると、セレーナは優しく彼の額に口づけをした。
その瞬間ーー
セレーナの背中から漂う光が銀色に輝き、彼女の背には淡くきらめく銀色の羽が広がった。
それは加護を授けた証として、聖なる力を帯びた特別な羽だった。光が周囲を包み込む中、その羽はまるで天から降り注ぐ祝福のように輝き、あたり一面に静けさと威厳をもたらした。
また、それと同時に、陽の体は光に包まれ、さらに強大な力が彼を満たした。
「これが…精霊の加護…ヘリオスの力の解放か…」
(そうだ。今やお前は私の力の半分を使える。ラゼリアの大樹にエネルギーを与え、均衡を保て。ありったけのエネルギーを込めろ!)
陽は大樹に手を当て、全力でエネルギーを注ぎ込んだ。大樹に黄金色の光が流れ込み、少しずつ傷ついた大地が癒されていく。だが、まだ少しだけ力が足りない。
「くっ…まだ足りないのか…っ」
その時、ティラフィアスが大樹に近づいた。
「な、何を…!?」
陽が驚いて声をかけると、ティラフィアスは微笑みながら答えた。
「ヘリオスを宿す者よ、最後にお前の名を聞いておこう。」
「俺の名前は…日向陽です。」
「そうか、日向陽か。私は私の役目を全うする。なに、また千年ほど眠るだけだ。お前とはもう会えぬだろうが、次に目覚めた時、どんな世界になっているのか楽しみにしておく。そして、精霊の姫を頼むぞ。彼女も精霊の姫として覚醒したのだから。」
そう言うと、ティラフィアスは大樹の中へと吸い込まれ、自らがエネルギーとなって消え去った。
(覚醒……?)
陽はその言葉に少し疑問を抱きつつも、
ラゼリアの大樹を見つめる。
ラゼリアの大樹は完全に癒され、ヴァレンティーナ王国とファルナスの森の均衡は再び保たれたーー




