どこまでもつづく蒼い空を見上げて
――本当に、成仏しちゃったんだ。
同時に、愛梨さんが旅立ってしまったことを実感してしまい。涙が止めどなく溢れては零れ落ちてゆく。
【そんなに泣いちゃったら、創に逢ったとき誰だか分かんなくなっちゃうわよ? ふふふっ】
そんな私に向けてどこからともなく、愛梨さんの明るい声と笑い声が聞こえたような気がして。
――いけない、いけない。そうだった。これから創さんに逢うんだから、泣いてちゃダメだ。
私は今度こそ涙まみれの顔を拭って、しっかりと前だけを見据えた。
***
やがて空港に到着し、目を僅かに赤らめた菱沼さんと、ボロ泣き状態の鮫島さんとが、いつまでもいつまでも見守ってくれている。
二人とのお別れを惜しむ間もなく、チケットを握りしめた私は、空港のなかへと駆け足で踏み込んだ。
そうして創さんの姿を追い求めて向かったファーストクラスのエントランスで、いままさにラウンジへと歩みを進めようとしている創さんらしき背中を見つけた。
その瞬間、私は一目散に駆け寄っていた。
「創さんッ!」
「――なっ、菜々子!? ど、どうして……ここに?」
背後から創さんの腰元に全速力で飛びついた私に、ビクッと大きな反応を見せてもなお、まだ半信半疑って様子で驚いた声を放ったまま創さんは放心状態だ。
そんな創さんのことが、どうしようもなく愛おしい。
けれど、今はそんなことにときめいている場合じゃない。
――こんなことはもうご免だ。もう二度と、こんなことして欲しくない。今すぐ何もかもの誤解を解いて、安心させてあげたい。ずっとずっと傍に居て欲しい。一ミリだって離れたくない。
私の中で、色んな感情がひしめき合っていて、すぐにはまとまりそうにない。
だから、今一番、伝えたいことを声に乗せて紡ぎ出した。
そのつもりだったけれど、放ったモノは支離滅裂で、創さんに言いたいことの半分も伝わったか怪しいものだ。
「……小麦粉だってちゃんとふるえないクセに、ひとりでやっていくなんて無謀にもほどがありますッ! それに、道隆さんは父親じゃなくて、伯父さんだって言うし。私が恭平兄ちゃんのことを好きだなんて、勘違いもいいとこですよッ!」
「――か、勘違い!? そ、そうだったのか?」
「そうですよッ! 私がこんなに創さんのこと好きなのに。昨日だって、あんなにエッチなことばっかりしておいて、朝起きたらさよならなんて、酷すぎます。あんなのヤリ逃げじゃないですかッ!」
「ヤ、ヤリ逃げ!? そ、そんなつもりは」
「そんなんで次期当主なんかになれるんですか? そういうとこ、これから私がしっかりたたき直してあげますから。だから、一緒に連れてってください。もう二度と勝手なことしないでください。私、創さんのこと愛してるんですから。もう離れられなくなっちゃってるんですからぁ。バカバカバカァ」
人目も憚らず、飛びついたとき同様勢い任せに、創さんに向けて一方的に言い募っていた。
思いつくままに捲し立てた後は、創さんに抱きついたまま、泣きじゃくることしかできないでいる。
子供みたいに泣き続ける私のことを創さんは更に強い力でぎゅぎゅうと掻き抱くようにして抱きしめてくれた。そうして。
「……悪かった。悪かった、菜々子。俺も、俺も愛してる。もう絶対に離したりしない」
幾度も幾度も謝りつつ、私の名前と愛の言葉とを噛みしめるようにして、繰り返し贈ってくれている。
どうやら、私が創さんに伝えたかったことはちゃんと伝わっているようだ。
あれから数十分後。
ここへ来るまでの経緯を話し終えた私は、ファーストクラスのラウンジのソファで、創さんと仲良く寄り添い合っている。
眼前の大きな窓の外には、爽やかなスカイブルーの空が果てしなく広がっている。
その何とも美しい様が色鮮やかに見て取れる。
まるでこれからの私たちの前途を祝福してくれているかのよう。
私は、その綺麗に澄んだ蒼い空を見上げつつ、創さんとしっかりと手を繋ぎ合って見つめ合いながら、創さんと病院で初めて対面したあの日からこれまでのことを振り返っていた。
その中でも、特に印象に残っているのは、やっぱり創さんのお母さんである愛梨さんとのことだ。
さっきの車でのあれは夢だったんだろうか?
ーーううん、そんなこと絶対にない。
あれは、否、飛行機のことも、なにもかも全部、創さんのことを案じた愛梨さんが起こした奇跡だったに違いない。
――愛梨さん、ありがとうございました。創さんとめいっぱい幸せになってみせますから、私の両親と一緒に天国からずっとずっと見守っていてくださいね。
愛おしい創さんの隣で、私は人知れずひっそりと、そう心のなかで呟いていたのだった。
そこへ、どうしたことか、またまた意識にスーッと、成仏したはずの愛梨さんの声が割り込んでくる。
【あらあらイチャイチャしちゃって。いいわねー若いって。羨ましーわ~】
「――ええッ!? ど、どど、どうしたんですかッ?」
【あぁ、それがね。創がちゃんと幸せになれるかを見届けるまではヤッパリ成仏できないみたいなの。親って厄介なモノよね~? ってことで、これからもよろしくね。菜々子ちゃん】
それをどうやらうっかり者の私は、愛梨さんにテレパシーじゃなく大きな声でしっかりと答えていたようで。
「……ん? 菜々子? 俺はどうもしないが、何かあったのか?」
「あっ、否、その、ちょっと考え事してたみたいです。ハハッ」
「へぇ、なら、考え事なんてできないように、菜々子の頭の中、俺のことでいっぱいにしてやる」
「――んんっ!?」
【キャッ!? 創ったら大胆ねぇ。この分だと孫なんてあっという間ねぇ。楽しみだわぁ。ふふっ】
そんな私の奇行に不審がる創さんのことを誤魔化そうとしたのだが、おかしな展開になって、たった今私は創さんから熱烈なキスをお見舞いされてしまっている。
幸いなことに、窓の方を向いているので、そこまで人目にはついていないと思う。
けれども、幽霊である愛梨さんには、くっきりハッキリ見えているに違いない。
私はこれ以上にないくらいの羞恥に悶ながら創さんの熱烈なキスに酔いしれていたのだった。
どうやらロサンゼルスでの暮らしも、これまでと変わらず、とっても賑やかなものになりそうだ――。
ーFinー
数ある作品の中から見つけていただき、最後までお読みいただきまして、ありがとうございました。
評価までしていただき、とっても嬉しかったです!