かぶってしまったマカロン
挨拶も終えほどなくして、これからパーティーでも始まるんですか? と思っちゃうくらい、華やかで豪勢なお料理の数々が数人の使用人の方々によって運ばれてきた。
中央テーブルの上座にはご当主が座り、それから順番に、菖蒲さん、創さん、道隆さん、貴子さんが。
そして創さんの正面には私が腰を落ち着けている。
因みに、創さんと道隆さんの間の一席が空白になっているのだが、それは創さんの腹違いの弟である創太さんの席で、なんでも、大学の用があるとかで少し遅れて参加されるらしいのだ。
そんなこんなで、料理も出そろったところで、意外にも和やかなムードのなか、談笑を交えたお食事会がいよいよ始まったのである。
当たり障りのない談笑が続くなか時間は流れていき、私が手土産として持参した、色とりどりのマカロンが食後のデザートと一緒に運ばれてきた。
創さんには、必要ない、そう言われたのだけれど、どうにも手ぶらは憚られて、昨日のうちに作っておいたのだ。
ところが、私の作ったマカロンに続いて、少し小振りの可愛らしいマカロンを重ね合わせてデコレーションしたモノがテーブル上に登場し。
「あら、ごめんなさい。実は、嫁に嫁いでいる長女の咲姫が、創くんとは姉弟のように育ったものだから、お祝いにって、作って持たせてくれたマカロン。かぶっちゃったわねぇ、ごめんなさいね」
「……そ、そうでしたか。こちらこそ、すみませんでした」
「まぁ、そういうこともあるよ。今日は菜々子ちゃんが主役なんだし。気にしなくていいんだよ。なぁ? 創」
「……あっ、あぁ。親父の言う通りだ。気にするな」
「……はい」
「姉さんも、咲姫ちゃんによろしく伝えといてよ」
貴子さんの言葉に、慌てて謝って恐縮しきりの私に、ご当主からのフォローがなされて、それが創さんにバトンタッチされ。
最後には、ご当主が貴子さんの娘さんへのお礼を告げて、一件落着となった。
父親に家族が居るのは知っていたけれど、創さんや菱沼さんからは、詳しいことは聞かされてなかった。なものだから、特にそれ以上の感情なんて抱いてなどなかったのに。
それが、腹違いの姉が居ると知った途端に、急に現実味が湧いてきて、なんだか複雑な心境に陥ってしまっていた。
そんな私のことなど、どうでもいいというように、ごくごく自然な流れで、話題は私の伯母夫婦が営む『パティスリー藤倉』へと移っていくのだった。
なんでも、昔から『パティスリー藤倉』のスイーツが大のお気に入りだという、貴子さんのおしゃべりが始まったのだった。
「それにしても驚いたわぁ。菜々子さんのご実家が、まさかあの藤倉さんだったなんて。本当に世間って狭いものよねぇ。ねえ? 道隆さん」
「……あっ、あぁ、そうだね」
「そういえば。新婚当初には、仕事帰りに藤倉によく立ち寄って、手土産を買ってきてくださってたわよねぇ。懐かしいわぁ」
「……そ、そうだったかなぁ? ハハッ」
そうして、食前酒のワインですっかり上機嫌となっている貴子さんに、いきなり話を振られ、優しい雰囲気のご当主に比べてキリッとした男らしさのある道隆さんの顔が一瞬だけ、引きつったように見えた。
同時に、大広間の空気が張り詰めたような気がして。
なんだか、見ているこっちまで、いたたまれない心持ちになってしまった。
周りの様子と、さっき聞かされた創さんの話からすると、おそらく、私の父親が道隆さんだと知らないのは、その妻である貴子さんだけだろうから、仕方がないのだけれど。
でも、それって、奧さんの前に不倫相手の娘が居るという、なんとも可哀想な、この状況に置かれてる道隆さんへの同情にも似た感情だろうと思う。
それから、結婚相手の親族のなかに、顔どころか存在さえ知らなかった父親が居たという、私に対しても。
でもそんなものは、今の私にとっては、大したことじゃない。
それよりなにより、初めて対面したとき、道隆さんは私を見ても、顔色一つ変えることはなかった。
そのことが結構ショックだったのに。
それが、奧さんに『パティスリー藤倉』の話を振られたくらいで、あからさまにビクビクするなんて。
なんだか……
『遠い昔に捨てた女のことなど記憶にないのに、今更、子供だからって言われても、迷惑極まりない。それよりも自分の立場が何より大事』
そう言われているような気がして、人質になれと言われたときよりも、自分が惨めに思えてならなかった。
だから、別に、同情されることなんて、どうってことない。
実の父親にとって、自分の存在が隠し通しておきたいモノでしかないってことに比べれば、そんなことなど取るに足らないことだ。