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予想外な展開


 あの後、強烈な頭痛のせいで何もできない私の代わりに、菱沼さんがナースコールで看護師さんを呼んでくれた。


 すぐに若い女性看護師を伴って駆けつけてくれた担当医の話によれば……。


 事故で頭部を打ったのが原因ではあるものの、頭部の精密検査でも特に異常はなく、痛みは一時的なもので少しずつ治まってくるだろうということだった。


 それから、痛みの割には怪我もたいしたことなくて、一週間ほどで退院できるのだという。


 なによりホッとしたのが、事故の原因は大型トラックの運転手の居眠りだったらしく、入院費も全てその人が負担してくれるということだった。


 事故に遭っているのだから運がいいわけないが、運良く命も助かったし、お金の負担もないということで、万々歳。


 お金の心配がないと分かった途端、痛みまで和らいだ気がしてくるんだからゲンキンなものだ。


 そんな暢気なことを思いつつ、担当医である年配の医師が看護師と一緒に病室から出て行くのを見送っていると。


「あのう、藤倉菜々子様」


 すっかり存在のことなど忘れてしまってた菱沼さんの声が部屋の隅から聞こえてきた。


 どうやら、菱沼さんと桜小路さんは、診察の邪魔にならないようにと部屋の隅に控えてくれていたらしい。


「……あぁ、はい」


 ーーそういえば、助けた亀の恩返し……じゃなかった。お礼がどうとかって言ってたんだっけ。


 別に、亀のせいで事故に遭った訳じゃないんだから、お礼なんて要らないのに。


 というか、ペットの亀を助けたお礼をするために三日も訪ねて来るなんて、御曹司ってそんなに暇なのだろうか。


 ーーお金持ちの考えることは分かんないや。


 菱沼さんの言葉を待つ間、そんなことを内心で呟いていると、予想外な言葉が耳に飛び込んできた。


「藤倉菜々子様が意識を失っていいる間に、身元を確認する必要があり、荷物をあらためさせていただいたのですが。今月末日付で、『帝都ホテル』を解雇されていますね?」


「……え!? どうしてそれを」


 吃驚しすぎて思わず声を出してから、ハタと気づく。


 そういえば、ハローワークに行く途中だったから、会社でもらった書類も持っていたんだっけ、と。


 けれども、再び口を開いた菱沼さんからはまたまた予想とは違ったモノが返ってきた。


「急なことで、まだ準備中のためご存じないかもしれませんが。実は、新年度の来月四月より、『帝都ホテル』は桜小路グループの傘下となりますので、勿論人事に関することも把握しているのですが、どうやら手違いがあったようです」

「ーーええっ⁉」

「誠に申し訳ございませんでした。すぐに藤倉菜々子様の解雇を取り消したいと思いますので、ご安心ください」


 本来ならば喜ぶべき朗報なのだけれど、そうもいかない私は動揺しまくりだった。


 確かに、『帝都ホテル』が桜小路グループの傘下になるというのには驚いたけれど、そんなものはどうでも良かった。


 何故なら、私には解雇を取り消されては非常にまずいある事情があるからだ。


 焦った私は、大慌てで声を放っていた。


「あの、取り消すのだけはやめてくださいッ! お願いしますッ! 私には洋菓子店を営んでいる伯母夫婦も居るので、すぐに店で雇ってもらえますので」

「ですが……」

「そんなことより、入院している間に色々とお世話になってしまったようで、本当にありがとうございます。お礼でしたらそれで結構ですので、どうぞお引き取りくださいッ」


 痛みなんかすっかり忘れて、言葉を重ねようとする菱沼さんに、謝罪しキッパリと言い放った私の想いが伝わったのか。


「そうですか? では、これにて失礼させていただきます」


 あっさりと了承してくれた菱沼さんはどうやら帰ってくれるらしい。


 安堵した私が、菱沼さんが亀の入った水槽を抱えたままで身体を二つに折って律儀に一礼してくれている様を見守っているところに。


「菱沼、猿芝居はもういい。身勝手なお節介が周りにどれほどの不利益をもたらすか、このバカ女に分かるように言ってやれ」


 今の今まで、『どうも』以来一言も発言のなかった桜小路さんから、たいそう不機嫌そうな不遜な低い声音が吐き捨てられた。



 

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