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王子様の嫉妬!?

 やめておけばいいのに、恭平兄ちゃんと何かあったのかと気になって、ついつい問い返したのが運の尽き。


「あの、もしかして、恭平兄ちゃんと何かあったんですか?」

「んあッ!!」


 問い返した私の言葉に、ギロリという効果音でも聞こえてきそうな、鋭い目つきと不快感をあらわにした怒声とをお見舞いされてしまい。


「ひぃっ!?」


 桜小路さんのあまりの気迫に私は身を竦めて震え上がった。


 この状況から逃れたくても、ソファの上でしっかりと組み敷かれているため、当然逃げ場なんて存在しない。


 それなのに桜小路さんは、尚も逃がさないというように、ドンッと顔のすぐ横に両腕を突いて追い込んできて、忌々しげに眉間に深い皺を刻んで、


「もしかして、今も好きなのか?」


相変わらず凄みのあるひっくい声音を轟かせた。


 そんな様子の桜小路さんの態度に、怖さよりも、疑問の方が大きく膨らんでいく。


 この時には、桜小路さんに何を聞かれたかなんて、すっかり失念してしまっていた。

 

 恐る恐る桜小路さんの顔を窺うと、切れ長の瞳は完全に血走っているように見える。


 なんだか、百獣の王であるライオンに、今まさに仕留められようとしている草食動物にでもなったような心地だ。


 ――私、そんなに怒らせるようなこと言ったかな?


 首を傾げていくら思い返してみても、そんな要因など見当たらない。


 ますます謎は深まるばかりだった。


 ちょうどそこへ、何も答えようとしない私に痺れを切らした様子の桜小路さんから、


「おいッ! 好きか嫌いかはっきりしろッ!」


これまた地を這うようなひっくい怒声が放たれた。


 考えに耽っていた私がその声に驚いて、条件反射的に、


「す、好きでーーんんっ!?」


放った言葉は、最後まで言い切ることはできずじまいだった。


 理由は単純、一瞬だけ一際大きく目を見開いた桜小路さんの強引な口づけによって、唇もろとも飲み込まれてしまったからだ。


 さっきの優しい甘やかなキスとは違い、何もかもを強引に奪い尽くすような、乱暴なキス。


 こじ開けた唇から無理矢理捻じ込まれた桜小路さんの舌が私の全てを貪るようにして、縦横無尽に暴れ回っている。


 占領された咥内には、どちらのものかも分からない唾液が溢れかえっていて、ピチャクチャと水音を響かせる。


 お陰で、呼吸もままならない。胸が苦しくて溺れてしまいそうだ。


 それなのに深い大人のキスは尚も激しさを増してより濃厚なものになっていく。


 やがて収まりきらなくなった唾液が、強引に押しつけられている唇の僅かな隙から零れて顎を伝って落ちていく。


 ますます呼吸がままならなくなってきて、涙の膜が膨らんで、視界も意識も薄っすらとぼやけていく。


 終わりの見えない強引な貪るような激しいキスに意識までが途絶えそうで怖くなってきた。


 ――このままじゃ、死ぬ。殺される!

 

 苦しさに思わず桜小路さんの胸を押し返すも、深いキスのお陰で力の抜けた手ではそれさえも叶わない。


 気づいた時には、私はとうとう噎び泣いてしまっていた。


 そうしたら、私の異変を瞬時に察知したらしい桜小路さんがハッとした気配がして、すぐにキスを中断してくれて。


「乱暴なことして悪かった。もうしないから泣き止んでくれ。頼む、菜々子」


 いつになく焦った様子で、かいがいしく私の頭や背中を撫でながら、何度も何度も必死で声をかけてくれている桜小路さん。


 その言葉のニュアンスからして、私が怖がっていると勘違いしているようだけれど、そんなことに構っているような余裕などなかった。


 桜小路さんの必死な声掛けは私が泣き止むまでの間続けられていて、気づいたときには、いつものように桜小路さんの広くてあたたかな胸に抱き寄せられていたのだった。


 そうしてようやく落ち着きを取り戻した私に向けて。


「菜々子、さっきはすまなかった。もう強引なことはしないから安心して欲しい」

  

 いつしか呼び捨ての『菜々子』呼びになっている桜小路さんのシュンとした声音が耳に届くのだった。


 何故かその声を聞いた途端、胸がキュンと切ない音色を奏で、落ち着きを取り戻しつつあった涙腺までが崩壊してしまい。


「おいっ、菜々子。どうして泣くんだ!?」

「どうしてって、そんなの、わかりません。そんなことより、どうしてあんなことしたんですか? 息ができなくて、死ぬかと思ったじゃないですかッ!」

「……あぁ、否。菜々子があの男のことを好きなのかと思ったら、無性に腹が立って、つい……て、怖かったんじゃないのか!?」

「いえ、全然。息ができなくて、死にそうだっただけですけど」

「そ、そうだったのか!?」


 途端にさっきよりも慌てふためいた様子の桜小路さんとあれこれ言い合っているうち、互いの勘違いが明らかになって。


 ――なんだ。てことは、恭平兄ちゃんに嫉妬してたんだ……って、ええ!? 桜小路さんが恭平兄ちゃんに嫉妬!?


 胸にストンと落ちるとともに、驚きの事実に泣いてるのも忘れ、私は絶句することとなった。


 私が怖がっていないと分かった途端に、ホッとして胸を撫で下ろしているような様子を見せる桜小路さん。


 その様子からも、桜小路さんが少なからず私のことを気にかけてくれているというのは分かる。


 それにさっきあんなに怒っていた理由も、恭平兄ちゃんに嫉妬してたというのが、一番しっくりとくる。


 ――でもどうしても信じられない。


 冷静になって考えれば考えるほど、そんなことありえない、としか思えないのだ。


 だって、私はただ、桜小路さんに利用されるだけの存在でしかない。


 嫉妬するってことは、桜小路さんが私のことを好きじゃないにしても、少なからず好意を持っているってことだろう。


 でもまだ出逢って一週間も経ってもいないのに、そんなことあるだろうか……。


 百歩譲って、私のほうが、どこかの国の王子様のようなイケメンである桜小路さんになら一目惚れすることはあるだろう。


 けど、桜小路さんが、どこにでも転がっていそうな平凡な顔つきの私に、一目惚れするとはどうしても考えられない。


 自分でそんなこと分析するなんて虚しいけれど、本当のことだからしょうがない。


 否でも、桜小路さんってちょっと変わったとこあるし、あり得ないこともないのかな? てことは、やっぱり桜小路さんが私のことを好きってこと?


 ――キャー、どうしよう。ちょっと嬉しいかも。


 色々思案しているうちにそんな仮説に行き当たった私の顔からつま先までが瞬く間に真っ赤に色づいていく。


 照れを通り越して無性に恥ずかしくなってきた私は、両掌で顔を覆い隠して身悶えてしまっている。


 そんな私の異変に気づいたらしい桜小路さんは、さっきまでホッとした様子を見せていたはずが……。


「おい、菜々子。急に真っ赤になって、今度はどうした?」


 私の両手を顔からさっさと引き剥がし顔を覗き込んできた桜小路さん。


 その口調はいつもの無愛想なもので、表情だって怪訝そうで、眉間には皺まで寄せている。


 でも不思議なことに、桜小路さんが自分に好意を持っていると思うと、それもまた可愛らしい、なんて思ってしまうから不思議だ。


 ――やっぱりこういうときのイケメンの威力は凄まじいなぁ。


 未だ暢気にそんなことを思ってしまって、なんの反応も示さない私に、とうとう業を煮やした桜小路さんから、不機嫌極まりない声音が放たれることとなった。


「おい! チビ助! お前のこの耳は飾りなのか?」


 そればかりか、言い終えないうちに私の左側の耳たぶをグイグイと強く摘まんで引っ張られてしまったから堪らない。


 その痛みの所為で、いきなり強制的に現実世界に引き戻された私は、余計なことを口走ってしまうのだった。


「もう、ちょっと何するんですか? 痛いじゃないですか! それが好きな人に対してすることですか?」


 直後、例えるなら、鳩が豆鉄砲を食らったときのような表情を浮かべて固まってしまった桜小路さん。


 その様は、なんとも間抜けで、折角のイケメンフェイスが台無しだ。


 ――何? どういうこと? 私、何か変なこと言っちゃった?


 ついさっき放った自分の発言を思い返してみて初めて、自分の自意識過剰発言に気がついた。


 その間抜けさは、桜小路さんの表情の比ではない。大間抜けにもほどがある。


 ――あー、今すぐ消えてしまいたい。


 なんて思ったところで、そんなことできるはずもない。


 うっかり者の私が二度にわたる自分の失言に後悔の念を抱いてる隙に、我を取り戻したらしい桜小路さんからの、これ以上にないってくらい小バカにした半笑いの声が私のことを追い込んでくる。


「……もしかして、俺がお前のことを好きだとでも言いたいのか? フンッ、馬鹿馬鹿しい。寝言は寝てからにしろ」


 最後には、いつもの如く鼻で笑って、吐き捨てられてしまう始末。


 ――そんな言い草あんまりだ!


 元はといえば、恭平兄ちゃんのことで嫉妬してるような言い方をしたのは桜小路さんの方なんだから。


 ……もしかして、『俺のことを好きにさせてやる』とか偉そうなこと言ってたのに、私のことを好きになったなんて言えないから、誤魔化してたりして。


 ――もう、桜小路さんってば、素直じゃないんだからぁ。


 自分からは恥ずかしさもプライドもあってハッキリ言えないのなら、ここは私から言ってあげた方がいいのかも。


 もしかしたら、自分の気持ちに気づいていないってこともあるかもしれないし。


 桜小路さんの言葉に怒ってたはずが考えはもう違う方向に突き進んでいて、自分の自意識過剰発言なんてスッカリ棚に上げていた。


「もう、ヤダなぁ。今更隠さなくってもいいんですよ? さっき、『菜々子があの男のことを好きなのかと思ったら、無性に腹が立って、つい』って言ってたじゃありませんか? それって、恭平兄ちゃんに嫉妬したってことですよね? つまり、私に好意があるってことじゃないですかぁ」


 もう完全に思考はお花畑全開になってしまっている私は、桜小路さんの小バカ発言なんてそっちのけで、桜小路さんの言動について勝手な解釈を本人にぶつけてしまっていて。


 言いながらなんだか気恥ずかしくなってきて、最後には、


「もう、ヤダ〜。こんなこと言わせないでくださいよ~」


なんて言いつつ、相変わらずソファで桜小路さんに組み敷かれたままの体勢で、両手で顔を覆い隠して再び身悶え始めたのだった。


 そうしたら桜小路さんによって呆気なく両手を顔から引き剥がされてしまい。


「キャー、もう、何するんですか。恥ずかしいじゃないですか〜」


 真っ赤になりつつも抗議したのだけれど。


「フンッ、知ったことか。それよりさっきのことだ。確かに、『無性に腹が立って』とは言ったが……。それは、あれだ。自分の使用人が俺以外の命令に従うのが、腹立たしいっていうのと同じ感覚であって、別にお前に限ったことじゃない。勘違いするな」


 全てが私の勘違いだということを説明されて、私はこれ以上にない羞恥に身悶えさせられる羽目になった。


 けれどそれなら、あんな紛らわしい言い方しなければよかったじゃないか! 

   

馬鹿にされたままでは気が収まりそうもなかった私は、羞恥も忘れて反撃を試みた。


「だったら、あんな紛らわしい言い方しないでくださいッ! 色恋に不慣れなんですから、勘違いするのも当然ですッ!」


 すると桜小路さんは、あっさりとのたまった。


「お前には俺のことを好きにさせると言っただろう? だから、俺がお前の従兄に嫉妬したと思わせて、お前の反応を確かめただけだ」

「そんなの酷いッ!」

「別に酷くないだろう? 恋愛には駆け引きも必要だ。これから一月の間、そういうことも含めて、たっぷりと教え込んでやる。お前は余計なことを考えず、俺のことを好きになることだけに集中していればいい」


 桜小路さんのあんまりな物言いに悔しくて悔しくて。


「だから、あなたのことなんて好きにならないって言ってるじゃないですかッ!」


 憎たらしいイケメンフェイスを睨み上げながら言い返してみるも。


「でも、俺にキスされるのは嫌じゃなかったんだろう? それに、俺が嫉妬したと思い込んで、まんざらでもなさそうだったじゃないか。少なからず、嫌悪感はないはずだ。お前こそ、俺のことを好きになり始めてるんじゃないのか?」


 悔しいくらいに整った王子様然としたイケメンフェイスに、勝ち誇ったような笑顔を湛えて、図星をつきつつ、自意識過剰発言をお見舞いされてしまい。


 余計悔しい思いをさせられることとなった。


― ―だからって、別に、桜小路さんのことを好きになりかけている訳じゃない。


 恋愛ごとに不慣れでキスなんかしたことなかったから、そういうことに慣れていて、キスだって上手に違いない桜小路さんのキスに、ただただ酔いしれてしまってただけなのだ。


「あなたのことなんか好きになりかけてもないし、これからだって絶対に好きになりませんッ!」


後から後から悔しさがこみ上げてきて、とうとう爆発してしまっていたのだけれど。


 組み敷いた私の鼻先すれすれの眼前まで迫ってきた桜小路さんに、首筋をツーッと指先でなぞりながら、


「そんなにムキになって否定しても、身体は嘘を付けないものだ。そのことも、これからたっぷりと教えてやる」


やけに色っぽい声音で宣言されてしまい。


 触れられている首筋から、あたかも弱い電流でも流されているかのようにゾクゾクと身体が粟だっていく。


 と同時に、私の無防備な唇は、桜小路さんの柔らかな唇によって優しく啄まれてしまっていて。


 ――桜小路さんの言いなりになんてなるもんか!


 そう思うのに、どういう訳か身体は制御不能で、桜小路さんのことを拒むことができない。


 優しく啄むだけだったソフトなキスはやがて深いものになっていて、息をつくような余裕も思考も全てが奪い去られてしまっていた。



 そうして気づいた時には、いつものように桜小路さんの広い胸に抱き寄せられていたのだった。


 桜小路さんにお見舞いされたキスが、あんまり深くて濃厚なモノだったお陰で、まだぼんやりとしてて心ここにあらず。


 あたかも身体は雲の上にでも浮かんでいるような、ふわふわとしていて、夢見心地だ。


 この前から一体どういうことだろう?


 桜小路さんにキスされるのが嫌などころか、もっともっとキスしてて欲しいって思ってしまう。


 それに、どうして桜小路さんの腕の中はこんなにも居心地がいいんだろう?


 どうしてこんなにも安心できるんだろう?


 ――ずっとずっとこうしてて欲しいなぁ。


 なんて、どうしてそんなことを思ってしまってるんだろう?


 ぼんやりとした意識の中で、解けない謎が次々に浮かび上がってくる。


 そんな私のことを大事そうに抱き寄せてくれている桜小路さんは、私の頭を優しく何度も撫でてくれている。


 それがまた心地よすぎるものだから、一向に動けないでいる。


 ――さっき言われたように、桜小路さんのことを好きになりかけてるってこと? あーもー、よく分かんない!


 解けない謎に挑もうにも、今まで誰かを好きになったことさえ経験のない私には難解すぎて。


 呆気なく投げ出した私は、ブンブンと頭を揺すってしまうのだった。


 それをまたまた小バカにしたように、


「フンッ、どうした? 俺とのキスがあんまり心地よかったものだから、やめてほしくなかったのか?」


軽く笑った桜小路さんに図星をつけれて。


「……ち、違いますッ!」


 あたかもリトマス紙のように顔を真っ赤に染めて、なんとも説得力に欠けることしか言えない私は、顔を隠すようにして桜小路さんの胸にピッタリと張り付くことしかできないのだった。


 そんな分かりやすすぎる私の反応に、桜小路さんは、


「フンッ、図星か。まぁ、仕方がないか。お前には、まだ俺のことを好きになりかけている自覚がないようだからなぁ」


やけに嬉しそうな声音で独り言ちるようにそう言ってきた後で、私のことを自分の胸から引き剥がすと。


 そうはさせまいとワイシャツを掴んで胸にしがみついている私の顔をグイと片手で上向かせてしまった桜小路さん。


 真っ赤になって縮こまろうと足掻く私の眼前にイケメンフェイスで尚も迫ってくるなり。


 何か嫌なことでも思い出しているのか、さっきのライオンを彷彿とさせる不機嫌極まりないという表情を忌々しげに歪めつつ、


「それはさておき、今後一切、俺の前で俺以外の男の名前を出すのは許さない。俺以外の男の名前を聞くのは不愉快極まりない。偽装だとは言え、お前は俺と結婚するんだ。結婚したら、キス以上のことは勿論、子供だって産んでもらわなきゃならないんだから、当然だ」


同様に怒気を孕んでいるような低い声音で耳を疑うようなことを言ってのけた。


 

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