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嘘から出た失言!?

 それからしばらくの間、私は桜小路さんの腕の中で、甘やかなキスの余韻にすっかり酔いしれていた。


 そんな私の頭がようやく平静を取り戻した頃、胸の鼓動が尋常じゃない早さで暴れ回っていることに気がついて、こうして案じているのだった。


 ――もうダメだ。心臓が壊れてしまう。


 昨日はファーストキスを奪われたとか言ってあんなに騒いでたクセに、そんなことなど全く気にしてなどいない。


 ただただ、心臓がもたない。そんなことばかり案じていた。


「くっ……苦しいですっ」

「……ん? あぁ、悪い」


 いよいよ耐えきれなくなって、桜小路さんの胸を両手で押し返しつつ訴えれば、すぐに腕を解いて解放してくれた。


 ホッとし桜小路さんを窺い見れば、さっきまでの大人の色香は消え失せ、もうすっかり安定の無愛想な表情に戻ってしまっている。


 通常モードの桜小路さんの様子に、私はふと、どっかにスイッチでもあるんじゃなかろうか、なんてことを結構真面目に勘案しつつ、生命の危機から生還を果たしたことに、ほうと安堵の息をついていた。


 そんな私のことを桜小路さんはさっきからずっと観察でもするかのように、マジマジと見やっている。


「……な、なんですか?」


 その不躾な視線に堪りかねて、思わず問い返したところ。


「あぁ、いや。昨日はあんなに泣いて怒っていたのに、今日は怒らないんだな、と思って見ていただけだ」


 桜小路さんに言われて初めて、さっきのキスのことを思い出してしまった私の全身が瞬く間に真っ赤になっていく。


 そうして今度は羞恥に堪えきれなくなってしまった私は、またまたバカ正直に答えてしまうのだった。


「だ、だって。すっごく心地よかったから。それに、昨日は初めてだったのに、食べるついでっていうのが許せなくて。別に嫌って言うよりも、吃驚しちゃって。あーもう、恥ずかしいからこんなこと言わせないでくださいっ!」


 あんまり恥ずかしかったものだから、私は言い終えると同時、両手で顔を覆ってしまうのだった。


 ……これじゃまるで言い逃げだな。


 なんて思いつつも、恥ずかしいもんは恥ずかしいんだから、しようがないじゃないか。そんな風に開き直っていた。


 けれどしばらくしても、私の話に興味深そうに聞き耳を立てていた桜小路さんからはなんの反応も返っちゃこない。


 時間にすると、きっと数十秒とか、一分にも満たない僅かな時間だったと思う。


 けれども途方もなく長い時間に感じられて。


 ――なにか変なことでも言っちゃったのかな。


 実際には、言ってしまっているのだが、最早冷静な判断などできない状態だったのだと思う。


 桜小路さんの様子が気にかかった私は、顔を覆い隠している両手の指の隙間を僅かに開いて、窺ってみることにしたのだけれど。


 それは失敗に終わることとなった。


 何故なら、指の隙間を開こうとした瞬間、どういうわけだか、突如身体が大きく傾いた次の瞬間には、私はソファの上で桜小路さんによって組み敷かれていたからだ。


 突然の出来事に驚いた私が目を見張った先には、照明の眩い明かりが煌々と降り注いでいた。


 目が眩んで思わずギュッと閉ざした瞼の裏が徐々に暗雲でも立ち込めるようにして暗く翳ってゆく。


 今度はなんだろう、と再び見開いた視線の先には、鼻先すれすれまで迫ってきた桜小路さんのイケメンフェイスが待ち構えていた。


 折角いつもの通常運転に戻りかけていた鼓動が、また慌ただしく加速し始めてしまうのだった。



 胸は苦しいし、桜小路さんが私のことを見下ろしているせいで、顔が翳っていて、どんな表情をしているかも窺い知ることはできない。


 お陰で、羞恥よりも恐怖心のほうが遙かに上回っている。


 再びギュッと瞼を強く閉ざした刹那、桜小路さんの顔が首元に埋められる気配がして。


「そんなに怯えなくても、今すぐ襲ったりしないから安心しろ」


 無意識に肩を竦めて縮こまった私の耳に、桜小路さんのお決まりの台詞が流れ込んでくるのだった。


 それと同時に、そうっと優しく額から頭にかけて髪を優しく撫でるような感触が伝わってくる。


 ゆっくりと目を見開いた先には、相変わらず桜小路さんの超どアップのイケメンフェイスがあって、私のことを優しい眼差しで見下ろしていた。


 ただそれだけのことなのに、あんまり見慣れていないせいか、なんなのか、未だ組み敷かれていて状況は大して変わらない。なのに、不思議と恐怖心が薄れていくような気がするのは、どうしてだろうか。


 ふと浮かんだ疑問を考える猶予もなく、たちまち私の顔から全身にかけてが熱を帯びて、滾るように熱くなっていく。


 胸の鼓動は、最早止まってしまうんじゃないかと案じてしまうほど、激しく暴れ回っている。


 そこへ桜小路さんは、追い打ちでもかけるようにして、


「お前は免疫どころか、誰かを好きになったことさえないようだな」


的確にズバズバッと図星をついてきたのだった。


 ――そうですよ。その通りですよ。悪かったですね。何もかも未経験で。


 当然、バカにされたとしか思えなかった私が憤慨して鼻息荒く、


「そ、それくらい、ありますよ……」


負けじと声を放つも、嘘をついた罪悪感から、その声はだんだん尻すぼみになっていく。


 実際、好きな人どころか異性の友達さえ居たことがなかった。


 唯一、身近に居た異性といえば、五つ上の従兄(伯母の一人息子)の恭平きょうへい兄ちゃんくらいだ。


 年も離れていたこともあり、小さい頃からよく面倒をよく見て貰っていたし、色々相談にものってくれていたため、昔から何かと頼りにしていた。


 私にとって従兄というよりは本当のお兄ちゃんのような存在だ。


 異性として意識したことなんて、ただの一度もない。


 ちなみに、恭平兄ちゃんはパティスリー藤倉の看板娘ならぬ看板パティシエだ。


 勿論、パティシエとしての腕も良いのだが、見かけも所謂イケメンで、以前から女性客に絶大な人気があった。


 話は戻って……。

 私の放った言葉なんて、どうせでまかせだと聞き流してくれるだろう。


 そう思っていた私の目論見は、すぐに打ち砕かれることになる。


「へぇ、あるのか。それはいつのことだ?」


 そんな嘘が通用するか、全部お見通しだぞ。悔しかったら何か言ってみろ。


 とでもいうような気持ちが、見え見えな桜小路さんの問いかけに、ムッとしてしまった私は、


「ち、小さい頃ですけど、従兄の恭平兄ちゃんです」


つい見栄を張って、真っ赤な嘘を放ってしまうのだった。


 途端に、さっきまで余裕をかましてたはずの桜小路さんの顔が、みるみる鬼のような形相へと豹変し、


「もしかして、パティスリー藤倉の、あの、若いパティシエのことを言ってるのか?」


次いで、怒気を孕んだような凄みのあるひっくい声音が轟いた。


 その口ぶりからして、どうやら心当たりがあるようだけれど、どうしてこんなに怒っているんだろうか。


 ……今日店に寄ったと言っていたし、もしかして、恭平兄ちゃんと何かあったのかな?


 理由はよく分からないけれど、どうやら私の放ってしまった言葉が失言だったことだけは間違いないらしい。



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