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新たな証言

 菱沼さんが居なくなった後、広いリビングのソファの上で私は膝を抱え込んで泣き崩れていた。


 そんな私のことを傍で優しく見守ってくれているのが、菱沼さんの話の間中ずっと気まずげに沈黙を貫いていた愛梨さんだ。


 愛梨さんは私を励まそうとさっきから何度も優しい声をかけてくれている。


【菜々子ちゃん、大丈夫?】

「……全然、大丈夫じゃないです~」


 けれどどんなに優しい言葉をかけてもらったところで、地中深くずっしりと沈んでしまった気持ちはそう簡単には浮上しない。余計に涙が溢れてくるばかりだった。


 身体のどこにこんなに大量の涙が収まっていたのかと不思議になるくらいだ。


 私は膝の上のクッションに泣き顔を埋めたまま、嗚咽混じりに愛梨さんに言ってもしょうがない恨み節を炸裂させることしかできないでいた。


「こんなことになるなら、あのまま死んじゃった方が良かった。どうして助けたりしたの? 愛梨さんのバカッ。バカバカバカ~」


 それにもかかわらず、愛梨さんは気分を害することもなく、ずっと優しく見守ってくれていた。


 そうしてどれほどの時間そうしていただろうか。泣き疲れた私がクッションに突っ伏したまま呆然としていると、不意に、愛梨さんが呟きを零した。


【本当に驚いたわぁ。まさか菜々子ちゃんがあの道隆さんの子供だったなんてねぇ。でもそういえば、どことなく似ている気もするわねぇ】


 散々泣いたお陰で幾分気持ちも落ち着いてきていたせいか、名前は知り得たものの、まだ会ったことのない父親に対する興味が沸いてきて、愛梨さんに問いかけていた。


「どんな人なんですか?」


 すると、今の今まで泣きじゃくっていた私から反応が返ってきたのが意外だったのか。


 水槽の中のカメ吉が驚いたように甲羅の中に引っ込めていた首を伸ばして、こちらの様子を窺うようにして真っ直ぐに視線を送ってくる。


【そうよね? 今までお父さんのことを知らずにいたんですもの、気になるわよねぇ】


 うんうんと頷く素振りで感心したように声を放つと、今度は意外な言葉を返してきた。


【それに、さっきの話だと、随分悪い人のように言われていたから余計よね】

「はい」


 力なく即答したものの、内心、どういうことだろうか? という疑問と、もしかしたらそんなに悪い人じゃないのかもしれない、という期待とで頭の中はひしめきあっていた。


 そんななか愛梨さんが静かに語り始めた。



【確かに、道隆さんは野心家だったと思うわ。でも、私が知ってる道隆さんは、さっきの話のような酷い人ではなかったわ。私が死んでからのこの二十年の間に色々変わってしまったようねぇ】


 愛璃さんの話は、菱沼さんの話とは随分違っていた。驚いた私は思わず聞き返す。


「そうなんですか?」


 すると愛璃さんは、道隆さんがどういう人だったかを思い返しながら再び語り始めた。


【ええ。道隆さんは誰に対しても、物腰もとても柔らかだったし、人当たりも良かったわ。何より、人の上に立つべくして生まれてきたような、そういうカリスマ性があったわ。それは先代のご当主であるお義父様もよくおっしゃっていたわ。きっとそれは育ちのせいね】


愛梨さんの話によると……。


 道隆さんの実家は、桜小路家と同じく旧財閥の旧家で、今でも桜小路家に次いで大きな勢力を誇っているらしい。


 けれど道隆さんは三男坊だったことで、桜小路家との結びつきを強固なものにするために、桜小路家の長女である貴子さんの婿養子となった。


 つまりは政略結婚だったらしいのだ。


 それは珍しいことでもなく、当人たちも納得の上だったらしい。


 ちなみに、愛梨さんの実家も桜小路家の遠縁に当たるらしく、生まれたときから結婚することが決められていたというから驚きだ。

 ……といっても、愛梨さんと創一郎さんの場合は、幼馴染みだったことでお互い物心ついた頃からの相思相愛だったからなんの問題もなかったらしい。


 そんな惚気まで聞かされた結果、分かったことは、おそらく婿養子として桜小路家の古参から指導と称して様々な嫌がらせや妨害を受けてきた雪辱を晴らすために、先代のご当主が亡くなったことを機に、自分のカリスマ性を最大限に活かして、古参らの勢力を抑えているのではないか、ということだ。


 加えて、いくら政略結婚と割り切っていても、自由奔放で我が儘放題の貴子さんとの冷え切った関係から、長年の鬱憤のせいもあるんじゃないか、とも。


 愛梨さんのお陰で、まだ顔も知らない父親が根っからの悪人でないことを知ることができた。


 それでも結局は、菱沼さんが言ってたように、母親や私よりも地位や名声の方が大事だったんだということに変わりはない。


【大丈夫よ。きっと、菜々子ちゃんのお母さんのことは本命だったと思うから。ただ既に結婚していたから、どうしようもなかっただけだと思うわ。だから、ね? 元気を出して】

「……」


 いくら愛梨さんから慰められようとも、心の奥底で鬱々としたものが澱みのように残ったままだ。


 愛梨さんの声に何かを返す気力もなく、クッションに突っ伏したままでいる。


 そんな私の元に、再び愛梨さんの声が届く。


【あら、創だわ。どうしたのかしら】


 その声で驚いた私が顔を上げた刹那。視界に桜小路さんの姿を捉えるよりも先に、桜小路さんの不機嫌そうな低い声音が広い部屋中に響き渡った。


「そんなところにまだいたのか?」


 お蔭で吃驚してしまった私は、もう少しでソファから転げ落ちるところだった。



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