王子様の目にも涙!?
いくら上出来だったとは言え、桜小路さんの口に合わなければ意味がない。
生まれも育ちも平々凡々。一般庶民の私とは違い、おそらくかなり舌が肥えているだろうから、果たして満足してもらえるかどうか。
ドキドキしながら見守っているなか、桜小路さんはなんとも上品な流れるような所作で、まずはフォークにとったシフォンケーキを一口頬張った。
その刹那、やっぱり口に合わなかったのか、イケメンフェイスを強張らせて、眉間には深い皺まで寄せてしまっている。
その様子に落胆した私が肩をガックリと落としているところに、家事がちゃんとできているかのチャックを終えたらしい菱沼さんが戻ってきた。
そしてすぐに、桜小路さんの異変にいちはやく気づいたらしい菱沼さんがやけに慌てた様子で駆け寄ってくる。
「創様!? 大丈夫ですか? もしや体調でも」
その様子に、何事かと項垂れていた私が顔を上げると、そこには、涼し気な切れ長の瞳から綺麗な一雫の涙を零す桜小路さんのイケメンフェイスが待っていた。
――泣くほど、美味しくなかったってこと?
あまりのショックに、私はただただ突っ立って、ふたりの様子を窺うことしかできないでいる。
「……あっ、いや、大丈夫だ」
「そうですか、こちらをどうぞ」
体調が悪くないなら、やっぱりお気に召さなかったのだろうか。
再び落胆しかけたところに、菱沼さんに渡されたティッシュで涙を拭った桜小路さんがフォークに手を伸ばす姿が見えた。
どういう状況なのかよく分からないが、まだ食べてはくれるようだ。
今度は、薄桃色のホイップクリームと一緒に口に運ぶ桜小路さんの姿が視界に入ってきた。
その直後、桜小路さんから安定の無愛想で不遜な声が響き渡る。
「おい、お前、このシフォンケーキにダージリンのセカンドフラッシュを使ってるな?」
「……あぁ、はい、そうですが……っていうか、一口食べただけでそんなことまで分かるんですかッ!?」
茶葉の種類だけならともかく、そんなことまで言い当てた桜小路さんに、驚愕しつつ思わず聞き返すも、苛立った声で一蹴されてしまう。
「そんなことはどうでもいい」
「す、すみません」
あまりの気迫に萎縮した私が即座に謝るも、そんなことよりも、シフォンケーキのことが気にかかるらしく、矢継ぎ早に質問された。
「それより、どうしてこの茶葉を使おうと思った? それに、このホイップクリーム、桜の風味だよな?」
「……え、あぁ、はい。華やかな香りのほうが春らしくていいと思ったんですが、やっぱり主張しすぎてましたか? かなり控え目にしたつもりですが」
「……そうか」
質問しておいて、聞いた途端興味が失せたように、一言呟いたきり黙りこくってしまった。
それからは黙々と食べ進めてやがて食べ終えると、桜小路家に代々仕えているらしい菱沼さんと長年連れ添った夫婦のようなやりとりを交わしていた。
「悪いが、夕飯は要らない」
「もう休まれますか?」
「あぁ」
「お風呂の準備なら整っておりますので」
「あぁ」
その後、桜小路さんはリビングから出ていってしまった。
結局、お気に召したのかどうなのか何も分からないまま、初日の業務が終わるのか、そう思っていた矢先。
「心配するな。別に口に合わなかったわけじゃない。おそらく、創様のお母様が作っていらしたシフォンケーキと味がよく似ていたせいで、五歳の頃に亡くされたお母様を思い出してしまわれたんだろう」
桜小路さんが座っていたダイニングチェアを元に戻しながら菱沼さんが放った予期せぬ言葉に、食器を片そうとしていた私は危うく手を滑らしそうになった。