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「イオ。良いの? 僕らは明日か明後日には出発してデルシリスに帰る。そしたら必ずリーヤさんには伝えるよ」
「ああ……良い弁護士を探すとするさ。金ならあるからな」
そう答えてランナの頭を撫でるイオ。もう殺気は消えていた。
アーシィはヨーダにバイトを辞める旨を告げて、わずかながらこれまでの賃金を受け取ると皆と別れた。
別れがたかったのはエストのほうで、女性たちで集まっていつまでも名残を惜しんでいる。
「本当にありがとうエストちゃん。どこ行っても元気でね」
「うん。ランナも今度こそ元気で」
「あっちの居心地が悪かったらまたいつでも戻ってきなさいよ。なんせ主がどこに住もうがあんたの故郷はここなんだから」
「もう、トーンったら縁起でもないこと言って。居心地よくするために声を取り戻したのよ? そんな簡単には戻らないわ。──でも、ありがとう」
アーシィが何回か名を呼んでも切り上がらず、他の客が来たところでようやくエストはアーシィのそばまでやってきた。
財布に金を入れていたアーシィの手元を覗き込むと、あれ? と首を傾げる。
「何だか少ない気がするけど、そんなもの?」
「ヨーダさんに抜かれたんだ。店の修繕費だって」
「仕掛けてきたのイオじゃない」
「だからね、これでも七三らしいよ」
「こっちが三? ヨーダさん、しっかりしてるわ」
「こら。余分な仕事、増やしていくだろ。本当なら足りないくらいさ」
「すみません。矢は全部、片付けていきますから」
そう言ってアーシィが右手を床に向けると、床に落ちていた物や壁に突き刺さっていた物が白い靄になって消えていった。若いのに大したもんだと感心したヨーダは、小さい円盤状の物をアーシィへ投げてよこした。受け取ってから確かめると、フィアンタで流通しているもののうち一番、額が大きいコインだった。礼を言ってアーシィがドアを開ける。エストが出口をくぐり抜けてから振り向いて店内の皆へ手を振ると、イオ以外の全員が手を振りかえして応えた。アーシィがドアを閉める。カランコロンと鳴る音を背後に二人は歩き出した。どちらからともなく手を繋ぎ、もう二度と離れないと誓うかに。
* * *
アーシィにとっては帰り道。
エストにとっては……やはり帰り道なのだと、少女は告げた。
「あのね、本当はどこでも良いの。マスターのいるところが、私にとっての帰る家だから」
「エスト……うん。じゃあ、いつでも一緒だ、ね?」
「そうよ。もう離れないんだから。ふふっ」
それが何となく危険な笑顔に見えて、アーシィは数秒、思考停止してしまった。
何しろ相手は、今は人型とはいえ、元は獣だ。トイレまで着いてこられたらどうしよう? とか、学校行ってる間はお留守番だと教え込まないといけないなあとかあれこれ考えてしまった。
そうこうする内に、街道の分かれ道に差し掛かる。行きに使った森を抜けるルートは採用しなかった。ガイドブックのオマケの地図を広げて、よくよく確認してから故郷への道を進む。
「家についたらまずは父さん母さんに報告だね。その後で幻獣ショップだな」
「私、エリシャのお墓に行きたいな」
「ああ……そっか。そうだよね。ショップの後でリーヤさんに連れていってもらおう」
「リーヤどうするかしら」
「イオに会ったら?」
「うん」
「エリシャちゃんが喜ぶ道を選んでほしい。それだけだね」
どちらからともなく腹の虫が鳴くと、道の端に座り込んで保存食を取り出す。
エストは森で取った果物を口に放り込んだ。
空を見ながら口をもぐもぐさせているアーシィの横顔を見つめてエストは何も言わない。
──どうしたの?
その心話はアーシィから。エストは首を振って小さく笑った。
「大好きよ、マスター」
これで幻獣図鑑239ページシリーズはひとまず完結です。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
感謝感謝です!
願わくばまたどこかでお目にかかれますように。




