BET-6 【謎解き】1.謎を解く事。2.探偵の仕事の終着点。別名推理ショー 「どうして探偵って歩き回りながら―するのかな?」
唄方くんは刑事さんから他にいくつかの物を貸してもらい、私にもある頼みをした。そしてそのまま事件現場をあちこちいじくる。
「はい、ちょと退いて下さいねー」
IDカードを振りかざしながら鑑識さんの作業を邪魔し続ける唄方くん。段々彼が水戸黄門に見えてきた。
他にも誰かに電話をかけたり、警察の捜査用具で悪戯したり……彼は本当に謎解きをするつもりがあるのだろうか?
「あの……殺人事件の現場ってここであってますか?」
恐る恐る研究室に入ってくるかりん。部屋の異様な様子に戸惑っているようだ。
唄方くんの模様替えによって、部屋の様子はかなり変わってしまっている。入口のすぐ前には窓際にあった長机が受付みたいに置かれ、その上には証拠品用のビニール袋に入れられた無数の備品たち。床に散らばっていた本、教授のデスクにあった時計、驚いた事に信楽警部が貸してくれた拳銃まである。
他にも唄方くんの手によって、いろんなものが机の引き出しにしまわれたりしたが、何と言っても目立つのは壁の弾痕だろう。彼が間違えて壁に空けた穴はただでさえ目立つのに、加えて「KEEP OUT」の黄色いテープで周りを囲っているせいでそれが際立つ。
後片付け誰がするんだろう……
こんだけ部屋をいじったら、現場保存の為に誰か文句を言うだろうと思ったけど、警部も鑑識さんも知らんぷり。ギャンブラーってのは余程信頼されてるのか、あるいは嫌われてるのか……。
「ようこそ! かりんさん」
警部がお昼寝に使っていた椅子を略奪し、腰かけていた唄方くんはかりんを手招きして呼んだ。
かりんは壁の弾痕を何か言いたげな目で見ながら私と唄方くんの間にやって来る。部屋に他に居るのはゼミ生三人組に、信楽警部だけ。
「ゴメンね、かりん。唄方くんがかりんの件にも触れるからって……」
「良いの。私もちゃんと決着をつけたいし」
そう、唄方くんが私にした頼みごととは、かりんをここへ呼ぶ事だった。何でも、教授とゼミ生がかりんにした脅迫が関係してるとか。
かりんが部屋に入ると、ゼミ生たちは一斉に罰の悪そうな顔をして目を反らした。警察が居る場で脅迫していた女の子と一緒なんて気まずいでしょうね、良い気味。
唄方くんが立ち上がる。
役者は揃った。事件の真実が明かされる……のかな? 彼だけに心配だ。
ゆっくりと口を開く唄方くん。その仕草はまるでサーカスの司会をする道化師のよう。
「――――さて、」
「正直なところ申し上げると、今現在自分には犯人の確証がありません」
最初からびっくりさせる宣言だ。壁によりかかった猿渡が眉をひそめる。
「ですが、推測することは出来ます。まず今回の事件と犯人について分かっている事を整理してみましょう
まず、解剖によって分かっている被害者の死亡推定時刻は午前9時から12時。幅が広いのはご存じの通り、この部屋にガンガンでかかっていたクーラーです。それにしても10℃なんて凄いと思いません? うちのクーラーでは18℃までしか下げられないんですよ。流石研究室は違いますよね。お金のある人は羨ましい……」
話が逸れてきたので唄方くんの足を踏んづける。
「痛ぁっ! 分かりましたよ。で、これは妥当に考えるならば死亡推定時刻を誤魔化すための、犯人による偽装工作である可能性が高いですよね? それとも8時頃にここに居た時クーラー付けてましたか?」
首を横に振る乾と雉山。猿渡も「ああ」と短く返事をした。
「つまり、犯人は正確な死亡推定時刻を割り出されると、非常に困る立場に立っているはずなんです」
「分かった! だったら犯人はあんたよ! 雉山」
私はチャンスとばかりに雉山に指を突き付ける。唄方くんの説明を聞いて確信が持てた。
最後に部屋を出たのは雉山、先に部屋を出た二人は、他のゼミ生に気づかれずに高槻を殺すのはそもそも無理なのだ。僅かな時間差で部屋を後にしている事から、正確な死亡推定時刻が困るというのも当てはまる。
「ちょ、ちょっと待てよ! 証拠はあんのか?」
うろたえる雉山へ私は近づく。
「その慌てっぷりが何よりの証拠よ!」
「黒御簾さーん。恥をかかないうちにやめた方が良いですよ」
…………。え?
「だから、雉山さんは犯人じゃないって言ってるんです。第一、死亡推定時刻はそんな数分単位で出ません」
「じゃ、じゃあ誰が犯人なのよ!」
「うーん丁度いいですから、そっちから詰めて行きましょう」
唄方くんに肩に手を置かれて、かりんの横の元の位置へ戻される。
「最初に部屋を出た猿渡さん、次の乾さん、最後の雉山さん。三人のゼミ生の中で、誰が一番犯人としてふさわしいでしょうか?」
「それはさっきも言った通り、最後に出た雉山よ。前の二人は被害者の他にもゼミ生が居るから、気づかれずに殺すなんて出来ないわ」
「じゃあ逆に考えてみて下さい。もし黒御簾さんが最後に部屋に残っている人だとしたら、被害者を殺しますか?」
「当り前よ! 他には部屋に誰も居ないんだから当然……ん?」
あれ? 何か違和感。
「気づいたみたいですね。そんな状況で人を殺したら、自分が犯人だ、って言いふらしてるようなものなんですよ。なんせ最後に部屋に居て、被害者と会っていたのはその人なんですから。例外として、三人全てがグルだった場合が考えられますが、それにしては犯行が行き当たりばったり過ぎます。
誰が考えたって犯人にされる状況で、実際に犯行を行う人間なんて居ません」
唄方くんは、「まあ、どっかの誰かさんは気づいて無かったみたいですけど」と付け加えた。
ははは。警部には悪いけど、やっぱり後で死体をもう一人分増やさせてもらうとしよう。
そんな私たちを見かねた警部が尋ねる。
「しかし唄方君。それでは犯人が居なくなってしまうじゃないか?」
「そもそも、ゼミ生を疑った段階から間違っていたんですよ」
窓を指差す唄方くん。
「鍵の開いていた窓のおかげで、誰でも自由に出入りすることが出来たんですから。この窓のことは後でまた触れます。
研究室で殺人が起これば、そこで研究している者が疑われるのは当然の流れです。だからこそ、さっきの部屋を出る順番の話と一緒で、そこのゼミ生が自分の研究室で殺人をするメリットなんて何も無いんですよ。殺したければ夜道でも襲えば良い」
確かに……。理屈は通っている。
「ここで新たな犯人の一面が見えてきました。犯人は研究室で、より正確に言うには今日研究室で高槻教授を殺さなければならない動機を持った人物と考えられます」
唄方くんが強調した「今日」という言葉が妙に引っかかる。
何だろう? 頭の片隅でその言葉が僅かに瞬いたような気がする。
「そして窓です。乾さん、この窓って普段から鍵開けっぱなしですか?」
「い、いえいえ! 教授は用心深い人でしたから、戸締りは口うるさかったですよ。俺たちが空けっぱなしにしたドアや窓は、いつもすぐに自分で閉めてロックしてました」
「でしょうね。一階の窓なんて用心の為に常に鍵を掛けておくのは常識です。何か良からぬことを考える奴が忍びこむかもしれませんからね」
とても窓からここに忍びこんだ男の言う事とは思えない。
「ここで犯人に関する最後の情報です。鍵が開けっぱなしになっていた以上、犯人は鍵を開けて窓からここを出て行きました。ただし、入るときはそこのドアからだった可能性が高いです」
「どうしてかね?」
「警部は窓から部屋に入ろうとする人間の為に、内側から鍵を開けてあげるんですか?」
「いや、そんな怪しい人間を部屋に入れようとは」
「教授もそうだったと思います。人目に付きたくなかったのか何なのか分かりませんが、犯人はドアから入り教授を殺害した後、窓から去って行きました
今分かる犯人に関する情報はこの三つです。『死亡推定時刻を正確にされると困る人物』『研究室で犯行を行わなければならなかった人物』『部屋に入るときは普通にドアから入れた人物』」
う~ん……。高槻に恨みがあれば、誰にでも当てはまるような気がするけど……。
「自分も正直まったく分かりませんでした。さっきまでね」
“さっきまで”……?
さっきから私とずっと一緒に行動していた唄方くん。何か手掛かりでも掴んでいたんだろうか?
「自分は偶然聞いてしまったんです。犯人の手掛かりを」
そう言って右手をゆっくりと上げる唄方くん。
そして……彼が指したのは意外な人物だった。
指が向いたのは私と唄方くんの間。信じられない……。
「あなたの口からねっ! 柘植かりんさん」
…………。
沈黙が部屋を支配した。誰も動かないし喋らない。
当のかりんは話を聞いていた時と同じ体勢、うつむき加減で腕を後ろで組んだ格好のままだ。
「偶然ですが分かりました。あなたが犯人です」
「どうして?」
顔を上げたかりんは華麗に微笑む。
普段の私ならかわいいな、などと思うところだけど今回ばかりはそんな余裕は無い。
「どうして私が犯人でなければならないんですか? さっき由佳に呼び出されるまで私はこの研究室に近寄ってもいないんですよ?」
昨日見学に来た時を除けばね、とまったく微笑みを崩さずに彼女は言った。
「ならどうして場所を知っていたんです?」
「そんなの、由佳から電話で聞いたに決まってるじゃない」
「自分は、今の話をしているんじゃありません。もっと前、学食で優しい自分が二人にご飯をおごった時の事ですよ」
ハッ、とするかりん。多分彼女は一生懸命に、あの時の発言を思い返しているのだろう。
私も記憶を探る。そして思いだした。――
「由佳じゃないよね……?」
「えっ!」
「ほら、私が相談した時由佳なんだか思いつめた顔してたし……研究室で高槻教授を襲ったの由佳なんじゃ……」
「無い無い無い。いくら私でも、人を殺そうとまでは思わないよ!」
――そうか。そういう事か。
「あなたは講義に出ていたから、事件の事はまったく知らないと言っていました。にも関わらず、あなたはハッキリ知っていたんですよ。“事件は研究室で起きた”って」
「……」
「その一瞬の違和感で自分は犯人の可能性に気付きました。黒御簾さんから聞いた話ではあなたは教授とそこのゼミ生に弱みを握られ、今日の放課後この研究室に来て言われるがままにするように、命令されていましたね?」
警部が帽子を少し上げ、ゼミ生を睨みつける。途端に狼狽する三人。
三人揃って後で署までご同行だろうな、あれは。
「動機としてそれが当てはまって、次々に自分の中では疑念が連鎖していきました。あなたは9時からの一限目の講義を欠席しています。黒御簾さんには家に居たと言ったようですが、実際はこの研究室を訪れていたのではないですか?
そして殺した段階で、死亡推定時刻からアリバイの無い自分が割り出されるかもしれない。その事に気づいて、とっさに冷房を全開でつける事によってその時間を曖昧にしようとしたのでは?」
「面白い話ね」
唄方くんの問いかけをかりんは鼻で笑って一蹴した。
「でも証拠が無いわ」
「知ってます? その台詞を言う人間は大体の場合真犯人ですよ?」
「だったら証拠を見せなさい。私が高槻教授を殺したって言う証拠を」
睨み合う二人。どちらも一歩も譲らない覚悟が目に表れている。
正直、どっちを応援して良いのか分からなかった。
唄方くんの説明は筋が通っている。何よりかりんが犯行現場がどこだか知っていたのが決定的だ。
でも、かりんは……私の友達だ。田舎から東京に出てきて最初に出来た友達なんだ……。
そんなの今は問題じゃないって分かってる。でも……。
本当はさっき、犯人についての情報をまとめている時に私は気づいていたんだ。かりんが犯人である可能性に。唄方くんが強調した“今日”。それは私が物陰に身を潜めて高槻を待っていた時に頭の中にあった言葉だ。
――“今日”殺さなきゃかりんが危ない!
結局考えても、どっちが正しいのか私には分からなかった。だから祈ることにする。
「どうか、証拠がありませんように」……生まれてこのかた、存在を信じた事のない神様に精一杯祈った。
「証拠なんてありませんよ」
ケロっとした顔で言う唄方くん。
集中していた私は思いっきり床にズッコケた。
「漫才の練習なら後でやって下さい、黒御簾さん。自分は最初から言ってたでしょう? 確証は無いって」
確かにそうだけど……。そんなあっさり認めちゃって良いの?
もちろんかりんはこんな絶好のチャンス見逃さない。思っていた通りしっかりとした子だけど、少々イメージが変わって来た。
「証拠も無く人の事を殺人者呼ばわりしてたわけ? おめでたい人ね。あなたそれでも鉄火場のギャンブラー?」
「もちろん。番号持ちでスペードの7担当してます」
「なら私が高槻を刺し殺したって証拠を持ってきなさいよ! こんなの侮辱以外の何物でも無いわ!」
「……」
「何とか言いなさいよ。それとも手品の種はもう切れたのかしら?」
「……」
「何よ、みんな揃って黙りこんで。私が何かした?」
「……柘植かりんさん、気づいて無いんですか? 今自分がとんでもない事を口にした事に」
えっ? えっ? と辺りを見回すかりん。部屋に居る他の者から注がれる視線は冷たい。
……これは流石に私にも分かった。
唄方くんの言う通り、彼女はまさに今とんでもない発言をした。
「これを見て下さい」
そう言って壁を指さす唄方くん。そこにあるのは彼が壁に空けた弾痕だ。黄色いテープで周りを囲んでこれでもか! と目立っている。
「そしてこれも」
続いて唄方くんは入口の前に置いてあった机を押してくると、そこに載っていたビニール入りの証拠品(っぽい関係の無い物たち)の中の一つを指す。
――もう彼女自身も分かっただろう。自分のした問題発言に。
「部屋に入ってすぐ目に飛び込んで来るのは、この証拠品として机に置かれた拳銃。自分たちの所まで来る時に嫌でも目に入るのは壁の弾痕……なのに、あなたはさっき『刺し殺した証拠を持ってこい』と言いましたね?」
見る見る内にかりんの顔が青ざめていく。冷や汗を額に浮かべながら視線を泳がせ始めた。
唄方くんに容赦は無い。
「どう見ても射殺現場にしか見えないこの部屋で、どうやってあなたは被害者が刺殺されたことを知ったんですか?」
…………。再びの沈黙。
唄方くんが部屋をいじくり始めた時からずっと私と警部が抱えていた疑問――“これじゃ殺害方法が分からなくなるじゃないか”。
部屋の模様替えはこの為だったのか……証拠がないかりんを油断させ、犯行の現場に居た事を間接的に自白させる為だったんだ……。
青ざめた顔で部屋を見渡すかりん。さっきまでの自信は消え失せ、怯えたネズミのような挙動になっている。
「無駄ですよ。果物ナイフ、シャーペン、ホッチキスに至るまで、“何かを刺す”ことを連想させるものは全て机の引き出しに隠しておきました。勘違いしたなんて言い訳は通用しません」
「ひ、人から聞いたのよ! あなたたちと別れた後に別の友達から……」
「何学部何年の何と言う生徒ですか?」
「あなたたちに教える必要なんて無いわ! 確かめようの無いくせに!」
「確かめようならありますよ。さっきから自分の依頼で鉄火場の職員が、この大学の全門を封鎖しています」
「……!」
「あなたが話を聞いたという人の名前とおおまかな容姿を教えて頂ければ、確実にここに連れてきます。さあ、あなたに高槻教授が刺されたと言ったのは何処のどいつですか!」
さっきの電話はそれだったのか……。
かりんはもう逃げられない。一見幸運の連続に見える唄方くんの包囲網に完全に絡め取られたのだ。
事件は解決したけど……こんな結末だなんて……
私は憐れみの込もった目でかりんを見る。彼女はげんなりと下を向き、何か呟いていた。
憑き物が落ちたよう、とでも言えば良いのだろうか? 私の知っている純情可憐なかりんでもないし、さっきまでの強気なかりんでもない。
「刑事さん、手錠を」
「刑事じゃなくて警部だが……」
信楽さんが懐からチャラリと手錠を取り出した瞬間だった。
「こんな結末認めないっ!」
始めは誰の声だか分らなかった。それ位その声は切羽詰まって、必死で、残忍だった。
カチャ……
銃の安全装置をはずす音がした。
私と警部が振り向くとそこに居たのは、こめかみに銃を突きつけられた唄方くんとその銃を持つかりんだった。あの銃……唄方くんが警部に借りて、わざわざかりんの手元まで持ってきたのじゃない……
「こんな結末、認められない! 自分のドジで捕まるなんて、私のプライドが許さない!」
怒りでガタガタと体を震わせながら、今にも引き金を引こうとするかりん。
「かりん!」
「動かないで!」
より一層強く唄方くんに銃口を押しつける。私は伸ばしかけた手を空中で止めた。
「彼を人質に逃げられるとでも思っているのかね?」
相変わらず落ち着いたままの信楽さん。
多分彼の今の発言の意図は「警察として逃がさんぞ!」じゃなくて、「そのバカに人質としての価値はないぞ!」なんだろうな、きっと。
当の唄方くんは「困ったなぁ」と後ろ髪をいじってる。果たして彼に危機感というものは存在しているのかどうか……。
「そうね。でも『推理に失敗して逆ギレしたギャンブラーが、警官の銃を奪ってその場に居た人間を射殺! 奇跡的に一人の女子大生は軽傷で助かった』、なんてシナリオならどうかしら?」
早い話が皆殺しじゃないか! 自作自演もいいところだ。
でも、鉄火場や今の政権に反対する人たちなら信じるかも。
……ッチ!! どうする? この状況。
「あの……そろそろトイレ行きたいんですけど」
「お前は黙ってろ!」
何故か警部と私、かりんの三人でハモって唄方くんに突っ込んでいた。