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テッカバ!  作者: 閂 九郎
CASE1 その男、幸運につき
6/19

BET-5 【推理】1.事実をもとに、まだ知られていないことを推定すること。2.探偵の仕事。ただし創作物の中に限る。

 私のはるか下、貨物に沈み込んだまま唄方くんが息を飲んだ。

「はっ!」

「どうしたの! まさか今のショックで犯人が分かったの!? 私的には雉山って奴とか怪しいと思うんだけど」

「……シロですね」

「えっ! 雉山じゃないんだ?」

「そうじゃなくて……」ゆっくり私を指でさす唄方くん。「……見えてます」

 言ってる意味が分からなくて、ゆっくりと状況を確認する。

 私は屋上、彼は地上。唄方くんは私を見上げる格好になっている。そして今日の私はポロシャツにニットタイ、下は膝上丈のスカート(・・・・)だ。

 ……最悪。しかも屋上と地上の間で今のやり取りをしたわけだから、周りの人に丸聞こえだ。

「唄方くーん! 今すぐ戻って来てー。もう一回突き落としてあげるからー」

「死ねと言われて死ぬ人はいませんよ」

「ならこっちから……」

 せっかく人が心配してやったのにこれだ! もうゆるさない!

 考えるよりも先に体が動いて、手すりを飛び越える。

 ここが五階建ての校舎の屋上だというのもよく分かっていたし、それが普通人間が落ちて助かる距離でも無いことも分かっていた。

「行ってやろうか!」

 落下しながらも壁を弱く蹴り、スピードを和らげる。やっぱり、物凄い速さで地面が迫ってきたけど、不思議と怖くない。

 私の頭にあったのはただ一つ。――あのスケベ男をぶん殴る!


  ダンッ!


 唄方くんの時とは違って、鋭い音と共に足から私はトラックの荷台に着地した。

「……勘違いで刺した時といい、あなたは何か特殊な訓練でも受けているんですか?」

「さぁ? 通信教育で少林寺拳法やってたぐらいよ。人を刺すのも、屋上から飛び降りるのもこれが初めて」

「そんな講座どこの会社でやってるんですか……?」

「ユー○ャン」

「さすが、生涯学習」

 ……何をのほほんと会話してるんだ、私たちは。

「乙女のスカート(のぞ)いた罰っ!」

 右拳を固め、唄方くんの顔面に狙いを定める。

 天誅(てんちゅう)だ!

 恐怖で固まっている唄方くんの顔面から5センチの所まで拳が迫った瞬間……

「何してるの、由佳?」

 かりんだった。もう落ち着いたのだろう。目は赤いけど、他はいつもと変わらない。

 講義帰りらしく、ペンケースやファイルを抱えた彼女は、清純な女子大学生のイメージそのもの。トラックの荷台の上で片や殴る側、片や殴られる側の姿勢のまま固まっている私たちを、不思議そうな目で見ている。

 気がつけば大声で騒いでいたせいだろう、トラックの上で何をしているのかという具合に人が集まって来ていた。

「おい、そこのねーちゃんとにーさん! 何してんだ!」

 おまけにトラックの運転手まで出てきた。不機嫌そうに眉を吊り上げている。

「ここに停車してくれてありがとうございます! あなたは命の恩人だ!」

 荷台から飛び降り、運転手の手を強く握りしめる唄方くん。

 少々乱暴な握手の後、彼は一目散に人混みの中を逃げて行った。

「あ! 待て!」

 私も唄方くんに(なら)って車を降り、状況の飲みこめていないかりんの手を引いて後を追う。

 運転手が引き留めようとしたが無視。まだ包丁を隠してないから、警察が騒ぎを嗅ぎつけてくると面倒だ。




「……納得行きません」

 唄方くんがそう言いながら、皿に盛られた薬味付きの豆腐に醤油をかける。

 他に彼の前にあるのは白米に味噌汁、タダで飲めるお茶と日替わりのお漬物。それだけ。

「何が? 一人だけ豆腐定食を食べてること?」

「そもそも、豆腐定食などというメニューがあるところから謎です」

「学生は基本的に貧乏なの。そんな学生を応援する生協食堂には、リーズナブルでヘルシーなメニューがあって(しか)るべきでしょ?」

「安くて味気ないという見方も出来ますが?」

 ここは、昼時になって混み合っている生協の学生食堂。ちょっとした体育館ぐらいある長方形の空間に、白い長テーブルと丸椅子がズラリと並べられている。

 集まった学生たちは食べ終わっても、お互いに愚痴を言い合ったり雑談したり。それでも席が足りなくなることは無いくらいにこの学食は巨大だ。ちらほらと警察関係者の姿も見える。刑事だって人間だもんね。

 あの場を逃げ去った私とかりんは、この学食に入ろうとしている唄方くんを発見、即座に捕獲した。彼としてはうまく人の群れの中に隠れるつもりだったのだろうけれど、残念ながら彼は野球部が買ってきた大学ロゴのTシャツを着ていたので、人の中だとむしろ目立つ。

 丁度お昼時だし、ご飯をおごればさっきのセクハラを許してやることにし、有無を言わせず財布を取り上げた。

「何であなたたち二人は高級牛丼なのに、お金を出した自分はこんな貧相な食卓なんですか?」

「あら? 私が純粋な善意であなたの分も並んで買ってきてあげたのに、気に入らないのかしら?」

「黒御簾さんの田舎では嫌がらせの事を善意と表現するんですね」

「うるさいわね。これも公衆の面前で人の下着の色を(さら)した罰よ」

「まったく……白いモノを白いと言って何が悪いんですか……」

「セクハラを格好良く言い換えないで頂戴(ちょうだい)

 テーブルを挟んで睨み合う私と唄方くん。かりんは困ったように笑いながら見ている。

 かりんには唄方という名前だけ紹介した。私に高槻のことを打ち明けてくれた後はずっと講義に出ていて、事件のことも知らないみたい。

 腹黒いとか何とか、ブツブツ言いながらも唄方くんは豆腐定食を完食。かりんが残した牛丼にも手を出してガツガツとやり始めた。それを見つめるかりんは、貧しい人にパンを恵む聖人のよう。

 そう言えば……と、思い出して唄方くんの財布を開く。さっき少ししか見えなかったIDカードをちゃんと見ておこうと思ったのだ。

 免許証ぐらいの大きさに赤のゴシック体で「TEKKABA」の文字、顔写真と個人情報が記されている。目には見えないけど、最近の定期券みたいに電子加工もされてるんだろう。


『唄方道行 性別・男 年齢・19 役職・賭博師』


 日本語の横にはそれぞれの英語版の表記もされていて、右下に薄く黒でスペードのマークがプリントされている。裏はさっきも見た通り、スペードの7のトランプにしか見えない。

 ふ~ん。19歳、私とかりんの一つ上か。

「あっ! 返して下さい」

 特に断る理由もないので財布ごと唄方くんに渡す。千円以上する高級牛丼二杯分のお金を失った財布は、奪った時より大分軽かった。

「そう言えば、さっきから警察の人がちらほら居るけど何かあったの?」

 ガラス張りの壁から外を見るかりん。どうやら、本当に高槻の事件のことは知らないらしい。構内で殺人が起きても授業を続ける大学、恐るべし!

 私は言おうかどうか、一瞬迷った。

「かりん実はね、高槻が死んだの……いえ、殺されたの」

「えっ!」

 驚いて声を上げ、口元を押さえる。やっぱり食後にする話じゃないわね。

 かりんはそのまま「そう、なんだ」と(つぶや)くと、どうして良いか分からないという表情をした後、私に訊いた。

「由佳じゃないよね……?」

「えっ!」今度は私が驚く番だ。

「ほら、私が相談した時由佳なんだか思いつめた顔してたし……研究室で高槻教授を襲ったの由佳なんじゃ……」

「無い無い無い。いくら私でも、人を殺そうとまでは思わないよ!」

 唄方くんが何か言いたげな目で見てきたが、睨み返して黙らす。「視線で殺せ!」少林拳のテキストにはそう書いてあった。

「だよねー、良かった。あの後由佳の方が講義に来なかったから、もしかしたらって思っちゃってた」

 心底安心した、というように胸を撫で下ろすかりん。う~ん、女の私から見ても可愛らしい。

 そんな彼女に尋ねるのは酷かもしれないけど、どうしても訊いておきたい事があった。

「かりん、正直に聞かせて。高槻が死んでどう思った?」

 あたしだってこんな事訊きたくない。でも、彼女の思いをはっきりと知っておきたい。

 この彼女にとっては幸運な不幸をどう解釈するか、ここに私とかりんの今後がかかっているような気がしてならなかったのだ。

 彼女は天井を見上げ、しばし考え込んだ。そして、

「可哀そうだと思う。私はあの人に脅されて、酷いことされそうになったけど、それでも私は高槻教授を可哀そうだと思う。少しはいい気味だって考えたけど、そんな事きっと考えちゃいけないんだ」

 ……良かった。かりんはやっぱり、私の思う通りのかりんだった。

 かりんは強い子だ。どんなに酷いことをされても相手を許そうとする強さがある。彼女と友達で良かった。

 私が口元が緩むのを我慢していると、唄方くんに肩を叩かれた。

「さぁ黒御簾さん。そろそろ行きますよ」

「行くってどこへ?」

「そんなの決まってるじゃないですか……」

 立ち上がりながら、後ろ髪に手をやって撫でつける唄方くん。そしてまた結局逆立つ強靭な癖毛。

「捜査ですよ」




 かりんと別れて私たちは事件のあった研究棟へ。

 研究棟は警察によって全館閉鎖、建物の周りには締め出され、行き場を失った学生や教授、職員が捜査の終了を今か今かと待ちわびている。稼ぎ時と思ったのか、不謹慎なことに「屋台研究部」がたこ焼きと焼きそばの屋台を出店している。どうしてそんな部活があるのかも分からないし、それを注意せず、並んで買っている刑事さんたちの神経も私には分からない。

 入口で警官に止められたが、唄方くんがIDカードを見せると驚くほどあっさり入れた。信楽警部といいこの警官といい、警察側の人たちは鉄火場の人を恐れてる……と言うより、面倒事と関わるのを避けてるみたいだ。

「まずは、ゼミ生たちの話を聞こうか。人の話を聞くのは大切な事だしね」

 白々しい言い方で優等生を気どる唄方くん。

 走り回ってた刑事さんを呼び止めて場所を聞くと、三階の空き部屋を使ってゼミ生三人の取り調べをしている、との事だった。

 三階の廊下で見張りをしていたお巡りさんも、入口と同じように押し退け、取り調べ場所に向かった。

 三つ並んだ部屋のドアに、それぞれ「立ち入り禁止」の張り紙。三人同時に別々の部屋で行っているらしい。

「まあ、口裏合わせられないように、別々にやるのは常識よね」

「よく居ますよね。事件に遭ったことないのにテレビの知識だけでそういう事語る人」

 私は後でもう一度屋上の端に唄方くんをおびき出すことを決心し、ドアの前で耳を澄ませた。

 どうやら猿渡の取り調べをしている部屋らしい。

「だぁかぁらぁ! 俺は8時50分前には研究室を出たって! 後の二人より先に出たし、その時だって教授は生きてたよ! その後はずっと講義に出てたんだ、教授やダチに訊いてくれ。()ったのは乾か雉山のどっちかだろ!」

 お互いの部屋から声は聞こえないのかもしれないけど、廊下の私たちには完全に筒抜けだ。

 なるほど……部屋を出たのは猿渡が最初か。なら確かに殺すのは難しいかも。

 次は乾。

「お、俺は猿渡のすぐ後、2分後ぐらいに部屋を出ましたよ。雉山と教授を残して」

 後は猿渡と一緒。教授は生きていたし、研究室には死体発見時まで立ち寄らなかった、と。

 最後に雉山。

「確かに最後に研究室を出たのは自分ですけどね……。乾先輩が出てから一分もしない内にこっちも部屋をでましたからね。教授? もちろん生きて話してましたよ」

 嘘を吐いてるとしたらこいつだ! 最後に部屋を出たなんて怪しい……。

 そして私はもう一人犯人の可能性のある人物を思い出した。

「これで彼らの証言は大体分かりましたね」

 唄方、こいつだ!

 改めて考えてみると、唄方くんが犯人なら全て筋が通る。最後に部屋から出てきたのは彼だし、研究室に居た理由も不明。怪しすぎる……。

 私の不信感を載せた視線も気にせず、唄方くんは元気に言った。

「さぁ! 次は現場ですよ」

 何かのバスツアーに来ているような気分だった。




 一階まで下りて、IDカード片手に警官を蹴散らしながら進む。

 現場はもう冷房が切られ、死体も運び出されていた。床に残った血痕と、死体の形を取っておくロープが生々しい。血って結構臭いがキツいのね。

 部屋はまだ指紋を採ってる鑑識さんでいっぱい。信楽警部は疲れたのか、壁際の椅子に座って眠っている。

 またまた頭の中で保留していた質問を思い出したので、ぶつけてみる。

「そう言えば、唄方くんってどうやって部屋に入ったの?」

 かりんの話を聞いてからの私は素早かった。生協で包丁を購入し、二時限目の講義がが始まる時間にはこの研究室の前で見張っていたのだ。その間人の出入りは無かった。

 可能性としてはゼミ生が居なくなってから私が来るまで、つまり一限目の間に部屋に入っておく事だ。

 回答は意外なものだった。

「窓からですよ」

 窓開いてたんかい!

 迷惑そうな鑑識さんを無視して窓際へ行く唄方くん。手袋もしないで窓を開け閉めして見せる。

「ちょっと用事があって、高槻研究室に入れないかな……と思って入口探してたら、ちょうどこの窓の鍵が開いてたんで入ったんですよ」

「普通にドアから入りなさいよ」

「内鍵がかかってたんです。ノックしても返事がないし、忍びこもうと思って。

 ほら、この窓の外って背の高い植え込みがあるでしょ? これなら誰にも見られずに出入り出来ますよ」

 つまり、犯人はそこから出入りした可能性が高いわね……でもそれなら学校中誰でも犯人になり得そう。

 考えがこんがらがって来た私を尻目に、唄方くんは眠っている警部を起こしにかかる。

 警部は不機嫌そうな声を上げ目を覚ますと、唄方くんを私を見てもっと不機嫌そうになった。

「刑事さん、いくつかお聞きしたいのですが」

「刑事じゃなくて警部だ。何だね?」

「司法解剖の結果出ました?」

 唸りながらカバンを開けてファイルを渡す警部。

「凶器のナイフは量販されているもので、購入ルートからの犯人の特定は難しい、ですか……。それから死亡推定時刻は9時から12時、やっぱり随分と広く出ましたね」

「君の言う通り、血の乾き具合程度でしか判断できなくてね」

 警部は困ったように唇を歪める。良く見るとこの警部さん、帽子被ってチョイ悪系?

 そんな呑気(のんき)な事を考えていると、信楽警部に唄方くんがまったく予想外な言葉をかけた。

「安心して下さい! 自分には犯人がもう分かっています!」

「嘘……」

「本当かね!?」

「ええ、多分」

 多分って……。私と警部が同時に肩を落とす。

「大丈夫ですよ! 上の階に居るゼミ生を呼んで来てください。そうそう、警部と黒御簾さんにはそれぞれお願いしたいことが……」

「唄方くん、一体何をするつもりなの?」

「自分こう見えてお国に雇われた賭博師(たんてい)の端くれですからね、探偵が事件の関係者を集める時は、ただ一つ」

 人差し指をビシッと立てて、ニヤリと笑う。

「謎解きですよ」

 出会ってから数時間、初めて唄方くんが探偵らしく見えた。

 まずは警部から、と信楽さんの耳元でごにょごにょと何事か言う唄方くん。警部は一瞬非常に嫌そうな顔をしたが、渋々コートの下に隠していたものを取り出した。

 ――拳銃だ。警部さんが持ってるからには本物だろう。

「ありがとうございます。なるほど、これが安全装置ですね」

 どうやら警部は唄方くんに言われて拳銃を貸したらしい。

 バカに武器を持たせると武器より危ない、死んだ祖父がよく言っていた。

 その言葉はここに居る唄方くん(バカ)にも漏れなく当てはまったようで、いきなり彼は壁に向けて銃を発砲した。


 パァァァン!


「何やってんだね君は!」

「ごめんなさい! 間違えて引き金引いちゃいました!」

「私に当たったらどうするのよ! 死体が増えるとこだったわよ!」

「黒御簾さんなら歯で止めそうです……」

「何だとっ!」

 こんな探偵で大丈夫なんだろうか……。

どうも、作者の閂です。


ここまで自分のつたない小説を読んで下さってありがとうございます。

次回はいよいよ今回の事件の解決編です。皆さんはもう犯人は分かりましたか?

ここまでの本文中で必要な手掛かりは全て示してあります。お暇な方は犯人を当てて楽しんでみて下さい。

(感想欄、レビュー欄でのネタバレは止めてくださいね^^)

一つヒントを挙げるなら「消去法」。容疑者の中でありえない人物を消していけば、最後に残るのは真犯人です。

もうお分かりですね? 作者でした。

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