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テッカバ!  作者: 閂 九郎
CASE1 その男、幸運につき
5/19

BET-4 【重力】1.地球上の物体が地球から受ける力。物体の重さの原因でもある。 「私の体重が重いのは太ってるからじゃなく―のせいだと思うんだ」

 ――――鉄火場(てっかば)


 数年前、多様化する犯罪への柔軟な対応、を建前(たてまえ)にいくつかの法を改正してまで国が作った探偵組織。

 しかしそれはあくまでも建前。実際は一部の高額所得者や政治家専用の合法賭博場だ、という世論が圧倒的多数である。

 その嫌われ具合は、野党側から国会で「あんな無駄な組織に金を使うな!」という野次が飛ぶのが恒例行事になりつつある程。

 鉄火場を作った与党としては、鉄火場が自身の賭博場というシステム内で活動費のほとんどを捻出(ねんしゅつ)していることや、設置してから全国での犯罪検挙率が著しく上がったことを挙げて逃げ続ける状態。

 ……ここまで鉄火場が一般に受けが悪い最大の理由は、そこで行われている賭博の内容だ。

 そこに所属する探偵は「賭博師(ギャンブラー)」と呼ばれ、鉄火場では事件捜査に探偵を派遣する際、「どの賭博師が最初に事件を解決するか」の賭けを客に行わせるのだ。

 不謹慎にも程があるこのシステムも、そもそもは与党が探偵組織の設置を提案した際に、費用面の問題を解決するための手法だったのだが、今やこの世界中で鉄火場でしか出来ない特殊な賭けを目当てに来日する海外の著名人も居るまでに。

 政府の機関であるにも関わらず、国で唯一合法的に賭博が出来る場所ということで、怪しげな客も多いとか……


 誰もが不信感を持っているけど、実績がすごいから文句を言いにくい。そんな組織だ……




 そろそろ切ろうかと思っていた髪が、優しい風になびいて気持ちいい。もう腰の手前ぐらいまで来たけど、もうちょっと伸ばそうかな?

 なんてことを屋上の手すりに寄りかかって景色を見ながら考えていると、背後の鉄のドアが開いてタオルで髪を拭きながら誰かが上がって来た。

「いや~助かりましたよ。トマトや絵具付けたまんま帰るはめになるかと思ってました」

 例の逆立ち頭の賭博師、唄方くんだ。彼の周りには湯上りのホカホカとした湯気と、石鹸(せっけん)の香りが漂っている。

「シャワー貸してもらえた上に、着替えまで頂けるなんて……」

「感謝なんて要らないわよ。シャワー貸したのも、着替え生協で買って来たのも、あんたを公開処刑した部活の奴らだから」

 彼は喜んでるけど、運動部の連中が買ってきたのは大学のロゴが入ったTシャツやパンツだ。まともな神経の人間ならこれを着て街を歩くのは精神的にキツいだろう。

「でも黒御簾(くろみす)さんが頼んでくれたんでしょ?」

「胸元開きながら『困ってるの~』って言ったら向こうから差し出しただけよ。おかげで今度マネージャーになってくれって言われちゃったわ」

「うわっ! 腹黒い」

「腹黒いって言うな」


 あの後、信楽警部は鉄火場本部と連絡を取って、唄方くんの身元を正式に確認、彼が本当に鉄火場の人間だというのが分かったので縄を解いた。そしてなんと警部は私を含め、関係者の身体検査をすると言いだしたのだ。

 まずい……今身体検査なんてされたら隠し持った包丁がばれちゃう……。突然ピンチに立たされた私は考えを巡らせ、あるアイデアを思いついた。

「警部さん! 私この人に着替えさせてきます!」

 我ながらナイスアイデアだ。警察は鉄火場との関係をもつれさせたくないらしいから、この唄方とか言う人をダシにすればこの場を切り抜けられるかも……。

 警部は苦い顔をしながら、

「しかし君も関係者だからな……今婦人警官を呼び寄せてるから少しの間待って……」

「じゃあ、その間に着替えさせてきます!」

 警部の言葉をさえぎって言うのと同時に、寒い寒いと文句を垂れてる唄方くんを引きずっ出口へ。

 警部が「待ってくれ!」と引き留めるポーズを取ったが私はビシッと敬礼をして、そそくさと人込みを抜けて研究棟を後にした。


 ということで今私たちは唄方くんがシャワーを借りた部活棟の屋上に居る。

 警察の人が探しに来るまでに後どれぐらい時間があるだろうか? 良い機会だから分からないことを質問しておこう。

「ねぇ唄方くん。さっき警部が言ってた『数札(ナンバー)持ち』って何?」

 私と並んで手すりに寄りかかったまま、下を行きかう学生を見ている唄方くん。まだ半乾きにも関わらず、再び立ち始めている後ろ髪はどういう構造になっているのだろう?

「ああ。鉄火場の存在は知ってても、詳しいシステムはよく知らない人も多いんでしたね」

 そう言って唄方くんはポケットからトランプのケースを取り出した。

「ご存じの通り、鉄火場には大勢の探偵が所属しています。その中でも事件の解決率や、扱った事件の大きさで上位13名には、トランプの札に対応した数字が付けられるんですよ。それが『数札持ち』です」

 器用に54枚のトランプからスペードの13枚だけ抜き出すと、ばば抜きで相手に引かせる容量で私に見せる。

 A~Kまでのスペードたち。ポーカーのルールはよく知らないけど、多分こんな手札だったら最強なんだろう。

「彼らの序列はトランプゲームの『大富豪』と同じです。つまり2が一番強くて、以下はA、K、Q、J……って具合に」

 なるほど、大富豪なら学校の合宿とかでひたすらやりまくったわね。ヤギリやイレブンバックの有り無しでよく喧嘩した憶えがある。

「そして自分が『スペードの7』、唄方道行。普通は無地の、IDカードの裏にあるトランプのプリントがその証です」

 ね、自分すごいでしょ? 唄方くんが嬉しそうにIDカードを見せびらかしてくる。

 ぶっちゃけ、どれ位すごいのかよく伝わって来ない。7は大富豪の序列で言えば下から五番目、上にはまだ八人も優秀な賭博師が居ることになる。


「……で、鉄火場の数札持ちさんがうちの大学で何してたわけ?」

「その件は上から言うなって言われてるので無理です」

「怪しいわ……信楽警部は、IDカード見ただけであんたを信用したみたいだったけど、私はそんな簡単に騙されないわよ!」

「しつこい人だな……そんなに自分の事が気になるんですか?」

「そ、そんな訳無いでしょ!」

「腹黒い割に、そんな顔もするんですねー。最近(ちまた)で話題の“ツンデレ”ってヤツですか?」

「誰がツンデレだっ!」

 何故、初対面の人間にそんな扱いされなきゃいけないんだ! そう思うが早いか、私は唄方くんの背中を思いっきり叩いていた。

 私としては軽く叩いたつもりだった……が、

「あっ」

 手すりの外へ押し出された唄方くん。

 ここはさっきも言った通り部活棟の屋上、ちなみに五階建て。

 さて、ここで問題です。地球上全てのモノに共通して働いている力は何でしょう?

 ――ピンポーン! 答えは重力です。

「ああああぁぁぁぁぁ!!」

 唄方くんが真っ逆さまに落ちて行く。私の口から今まで出した事もないような悲鳴が飛び出て、手を伸ばしたが間に合わない。

 嘘! 嘘! 嘘! 嘘!! パニックに陥った頭の中を現実逃避用の漢字一文字が埋め尽くして、思考が出来ない。

 そんな私を尻目に、アクション映画みたいに真っ直ぐアスファルトの道に吸い込まれていく唄方くん。

 この高さじゃ助からない……。


  ドボンッ!


 ……想像したよりも柔らかい音だった。

 恐る恐る閉じていた目を開けてみる。

「まったく……勘弁して下さいよ、黒御簾さん……」

 唄方くんの虚ろでジメッとした目が私を見つめ返してくる。目は死んでいるが何故か体の方は無事のようだ。

偶然(・・)丁度真下にトラックが停車したから助かりましたけど、普通死にますよ……」

 さっき、私が唄方くんの背中を押した瞬間にはそこに無かった貨物トラックの荷台の上に彼は居た、仰向けで大の字に手足を開いて。発泡スチロールでも積んでいたのだろう、(ほろ)の下の柔らかい何かに体が沈みこんでいる。

 ほっとした一方で、ちょっぴりがっかりした私はやはり腹黒いのだろうか?

「どこまで運が良いんだか……」

 私は口をポカーンと開けて、風の吹く屋上に一人立ち尽くした。

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