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テッカバ!  作者: 閂 九郎
CASE3 緋色の点数
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BET-18 潜入×警備=転入生

「おお、黒御簾君が一緒だと唄方君の登場も早いですね」

 鉄火場の会議室の扉を抜けるとこの間と同じ席に有田所長が座っていた。肘をついた両手を口の前で組み、何か考え事をしていた様子だ。

 会議室に居るのは所長と今入って来た私、唄方くん、奈々子の四人だけ。空席ばかりの会議室と言うのはどこか不気味だ。控えめな照明も手伝って、私はこの長方形の空間だけが異世界に存在しているかのような感覚に襲われた。

「何言ってるんですか? 俺は呼ばれればいつもすぐに駆けつけますよ」

「君こそ何を言ってるんだい? 日付が変わる前に君がここに駆けつけた事があったかな?」

 この間と同じようにお互い笑顔のまま火花を散らす唄方くんと所長。

 このままでは話が先に進まないが、奈々子には止めるつもりがないようなので私が間に入った。

「それより所長、何で私たち三人を一斉に呼び出したんです?」

 ああ、そうでしたね。と、私の問いに短く頷くと所長は一通の封筒をテーブルに置いた。何の変哲もない、近所の文房具屋で売っていそうな無地の封筒。ならば重要なのは中身の方なのだろう。

「何ですか? これ」

「見れば分かりますよ」所長は曖昧に微笑んだ。

 言われるままに私は封筒を手に取り、中身を取り出す。入っていたのは薄っぺらい一枚の紙。ワープロで大きめにプリントされた横書きの文章があった。


『次の金曜日、殺します。

 ずっと考えてたけど、殺します。

 いろいろ迷ったけど、殺します。

 考えるのが嫌になったので、殺します。

 申し訳ないけど、殺します。

 このままじゃ絶対に勝てないので、殺します。

 点数上げる為に、殺します。

 ごめんなさい、殺します。』


 すぐに読み終わった私は黙って紙を隣の唄方くんに手渡し、もう一度所長に尋ねる。

「何ですか? これ」

「見ても分かりませんか」所長はたしなめるように溜息をついた。

「分かりませんよ」

 取りあえず私に理解できたのは、書き手が誰かをしきりに殺したがっている事。そして精神が尋常な状態ではない事だけだ。

「この封筒は数日前に都内の某私立高校に送られてきた物です。送り主の名前も指紋もなし。繁華街のポストから投函されているので送り主の居住地域を特定するのも難しい――」

 説明を一旦切り、所長が手を組み直して私たちを見つめる。眼鏡のレンズがキラリと光を反射した。

「――どこからどう見ても脅迫状でしょう?」

「どこからどう見ても子供の悪戯ですよ!」

 そして私は所長の言葉を一蹴。こんな短絡的で陳腐な文章、子供の悪戯としか私には思えなかった。そこでまた新たな疑問が浮かんでくる。

 ――どうしてこんな悪戯めいた手紙一通で鉄火場が動いているのか?

 私がこの疑問を口にすると、戸惑ったような表情を作った後所長は答えた。

「実はですね。網代君からの進言なんですよ」

 網代……最近聞いた名前だ。私の脳が全力で記憶を掘り返すのを拒んでいる。

 刹那の間に繰り広げられた脳内葛藤の後、悲しい事に私はあの口の悪い引きこもりさんの事を思い出した。出来れば思い出したくなかったのだけれど。

「珍しいですね。網代探偵が画面の外の事に興味を示すのは」

 口元に手を当てて考え込む唄方くん。

「どういう風の吹きまわしなんでしょうか? 所長」

「さあね。まだ網代君の中で結論が出ていないから何とも言えないそうだが、これに今後は気を付けろとの事だ」

 そう言って無機質な文字群の中の一点を指差す所長。その先は「点数」の二文字。

 ――点数を上げる為に殺します、か。

 何の点数なのか? 上げると何が起こるのか? それがはっきりしなければこれの意味する所はよく分からない。しかし私の頭の中で薄らと、ある種の予感のような物が生じたのを感じた。

 ――採点者グレーダー。今噂の都市伝説。

 一定の個人情報を受け取れば、その人間のありとあらゆる要素を絡めて100点満点で人間としての評価を出す者。正確な判定結果と的確なアドバイスであっと言う間にその存在はこの狭い東京中に伝わった。

 私の大学の友達の中でも何人か評価依頼をし、結果を受け取った者が居る。どれも当たり障りのない点数が書かれていたが、添えられたアドバイスは確かに彼女たちの欠点を端的に言い表していた。

「点数ねえ……そんなに大事なものかな?」

 奈々子が紙を目の高さに両手で持ち上げながら首をかしげる。

 点数の価値。確かにそれは奈々子のようなタイプの人間にはよく分からないかもしれない。

 彼女や唄方くんみたいな人はかなり特別な人間なのだ。自分がやりたい事、興味のある事だけに突き進み、そこにおいては他の誰にも負けない様な実力にある。奈々子は科学捜査においてはおそらく他の誰にもひけを取らないし、唄方くんは自分の好きなように過ごしていれば勝手に幸運が導いてくれる。

 でも大多数の人間は違う。みんな自分が進むべき道どころか、今自分がどこに立っているのかもよく分からないまま生きているんだ。だから自分の位置を知りたがる。

 ――点数を通して。

 自分の点が隣の人より高ければ安心し、低ければ焦る。そんな風に自分と周りとの位置関係を手さぐりしながら人は生きている。普通ならそれは成績や業績などに留まっているけど……採点者グレーダーはこの点数の概念に革命を起こした。

 「人間」という存在、生物、人格を採点者グレーダーは明確な数字にしてしまった。成績だったら「俺の価値はこれだけじゃねえ!」と無視する事が出来たが、人間全てをまとめて一つの数直線上に置いた事によって私たちは点数から逃げられなくなった。

 もちろんその採点はただの占いのような物なのだ。しかし、もしもそう割り切れない人間が居たら? それどころか周りがそんな人たちばかりになったら? 私はたかが占いと言い切れる自信が無い。

 採点を受けた大学の友達の顔を思い出す。彼女たちは自分の「点数」を上げる為なら人を殺すだろうか……?

 ――私は人を殺すだろうか?

「大丈夫ですか? 黒御簾さん」

 唄方くんが肩に手を乗せた重みで我に返った。私は知らず知らずのうちに肘をさすって震えていたようだ。おかしいな。夏は目前だって言うのに。

「顔色が良くありません。冷房弱めましょうか?」

「ううん。平気平気」

 私は強張った表情で微笑んで見せる。何故だか分からないけど唄方くんに隙や弱みを見せたくない気分だった。肩に乗せられた手がこの前より冷たい気がするのは気のせい?

 ――逆じゃ無ければいいな。

 警部の呟きが頭をよぎった。私はそれを慌てて頭から掻き消す。

 思い過ごしに決まっている。第一、私は鉄火場に見張られる覚えは無いし、私が唄方くんを見張る事で生じる利点があるとも思えない。

 今はこの脅迫状に集中しよう。正式採用されてから初めての仕事なんだから。

「で、私たちは何をすれば?」

「これが送られた学校に潜入、予告通りに殺人が起こらないように秘密裏に警備して頂きます」

「潜入?」

 思わず私は素っ頓狂な声を上げた。潜入ってつまり――。

「そうですよ。あなたには転校生・・・として高校に入って頂きます」

 数秒間、会議室の時間が止まった。

 そして沈黙を破ったのは他でも無い自分で衝撃宣言を行った有田所長だった。

「ぷっ」

 口元を抑え、必死に噴き出しそうになるのをこらえている。少しだけ上司に殺意を抱くサラリーマンの気持ちが分かった気がした。

 見ると私から一歩下がった所で唄方くんと奈々子も所長同様に笑いをこらえている。一番気に入らなかったので私は唄方くんのすねに力いっぱいローキックを叩きこんでから所長に向き直った。

「……どうしても女子高生のふりですか?」

「なんなら男子高校生のふりでもしてみる?」

 断固お断りだ。今の私に冗談は通じないと言う事を私は目で所長に訴えかける。

「良いじゃないですか、半年前まではセーラー服を着ていたんでしょう?」

「今時セーラー服の学校なんてありません!」

「じゃあ良い機会だ。君が着る事になる制服はセーラーです」

 そんなの全然関係ない!

 常識で考えればこの所長の命令は大して恥ずかしがるような事ではないのかもしれない。しかし日本には「歳相応」という言葉がある。卒業していながら今更制服を着るだなんて、まるで私にコスプレ趣味か何かがあるみたいじゃない!

 他にもやりたくない理由は山ほどあったけど、私の言い分は全て所長の一言で切り捨てられた。

「所長命令です」

 この国の縦社会は絶対間違っている。




 東京の23区を外れたベッドタウンの中にその学校はあった。

 私立開応かいおう学園高校。有名国立大学に多数の合格者を毎年出す事で全国的に知られ、同時にスポーツ推薦での採用にも力を入れている為に、ほとんどの運動部がインターハイに進出する文武両道のエリート高である。

 広い敷地は簡単に言えば文庫本みたいな比率の長方形。その中央にまた縮小した同じ比率の長方形90度回転させて置くようにして校舎が建っている。南北に敷地を貫くように建っているその校舎は威厳に満ち、ここで学んだ様々な優等生たちの武勇伝を今に語り出しそうだ。

 ――誇りをコンクリートと鉄筋で表現しようとしたらこうなるんだろうな。

 その広い敷地の東側の入り口に立って私――黒御簾由佳はしみじみと考えた。

「ひゃあ、大きい学校だね」

 今私を含めた四人の「転入生」がこの校門に並んでいる。その中の一人、奈々子が感心した様子で声を上げた。

 彼女は普段少しサイズが大きいボーイッシュな服を着ている。しかし今は潜入任務中。したがって着ているのは特徴的な襟の時代がかったセーラー服だ。

 そして恐ろしい事に――本当に恐ろしい事に、奈々子と同じ任務に着いている私も同じセーラー服を着ている。正直、早く帰りたい。

 昔から私は制服の類が似合わないのがコンプレックスだった。大人びている、とよく言われるせいか、中学も高校も大人が若造りしているようにしか自分でも見えなかった。

「大丈夫だよ、ミッスン。高校生じゃ無いみたいで似合ってる」

 奈々子が私の肩をポンポンとやりながら慰めてくれるが、慰めになってない。

 溜息をつきながら私は奈々子に視線を向ける。幼い容姿の彼女はセーラー服を着ても微塵も違和感を感じさせず、むしろ普段の服より似合っている気さえする。

 当たり前か。半年前まで高校生ならこんなもんよね。

 相対的に自分の劣り具合を見せつけられた気がして、目をそらす。そしてそのまま残り二人の「転入生」に向けた。

「これから潜入だよ、舞」

「そうだね。久しぶりのお仕事」

「舞はセーラーも似合ってるね」

「奏だって同じだよ。だって私たち双子だもん」

 髪の分け目の位置以外まったく違いが無い二人の少女。間に鏡を置いても今と見える景色はほとんど変わらないだろう。

 ましてや今日はまったく同じ服を着ている為に、この間よりも判別が難しくなっている。話では確か舞が姉で奏が妹って事だったけど……正直、どっちがどっちでもあまり関係無さそうだ。

 ふいに、私たちが居る事に今気付いた、と言わんばかりの様子でこちらに振り向く二人のそっくり少女――スペードの8を担当する賭博師ギャンブラー、砥川姉妹が口を合わせて言った。

「セーラー似合ってませんね、黒御簾探偵」

「余計なお世話よ」

 トゲのある台詞に私はトゲを上乗せしてお返しした。こういう悪態でさえ打ち合わせ無しに同時に言えるのが双子の恐ろしい所だ。

 どうやらこの仕事は砥川姉妹も一緒のようである。物静かなイメージしかない二人だったが、案外性格が悪いのかもしれない。私も人の事を言えた義理ではないが。

 一緒の仕事、と考えた所で私に疑問が浮かんできた。

「あれ? 唄方くんは?」

 そう、あのいつもの逆立った頭が見当たらないのである。当然彼も男子高校生の格好をして一緒に潜入すると思っていたのだが、違うらしい。

 奈々子にこの事を尋ねてみようと思った瞬間、所長から通達のメールが届いた。

『もうすぐ朝礼が始まります。至急体育館へ』

 もう! 次から次へとこの人は勝手な事を!

「奈々子! 舞、奏! 走るよ!」

 私たち四人は勘を頼りに体育館を目指して、初めて足を踏み入れる校舎へと入って行った。




「知ってるか? 今日転校生が来るってよ」

 こういう情報屋はどこのクラスにも居るもので、登校してくるなり教室中に響く声で言いふらし始めた。

「しかも四人も! うちのクラスにも一人入って来るらしいぜ!」

 途端、クラスの雰囲気が浮足立つ。

 転校生は分け隔てなくみんな人気者だ。毎日同じように登校し、学び、帰るだけの学校生活は嫌でもマンネリ化する。そこに新しい風を吹き込む期待の象徴こそが転校生だ。だから学生と言う物はまだ相手が男か女かも分からないのにこうやって大騒ぎをする。

 この騒がしさでは集中できない。参考書を閉じ、書きこんでいたルーズリーフをバインダーに綴じる。

 自分でも驚くほど転校生と言う物に興味が沸かなかった。何故なら始めから決まっているから。

 ――自分より下だと言う事は決まっているから。

 自分はこの空間に居る誰よりも優秀で完璧な人間だ。今は特別な事情があって激しい減点を食らっているだけで、「ドリル」を遂行すればその点は全部返って来る。

 自分が頂点だと知っているだけで、なんとこの世界が美しく見える事だろう! この前まで自分を嘲っているようにしか見えなかった級友の視線も、今は自分に降り注がれる尊敬にしか感じられない。いや、事実尊敬に違いないのだ。

 だから他所者が一人加わった所で自分にはなんら影響しない。分母の数が変わるだけで、自分の順位は――点数は変わらない。

 もうすぐだ。もうすぐ僕はあの害虫を駆除する。そして点数を取り戻す。

 誰にも見られないように、机の下で握りこぶしから親指と人差し指を立ててみる。そのまま子供がやるように手を拳銃に見立てて僕は少し離れた席の害虫に向けた。

 ――バン!

 心の中で叫ぶ。銃声と叫びが共鳴しあい、心が満たされていく。

 ああ、なんて気分が良いんだろう。

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