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テッカバ!  作者: 閂 九郎
CASE2 たった一つの冴えた殺り方
17/19

BET-16 数字の重さと暗い産声

「わざわざ紹介ありがとう唄方探偵。説明の手間が省けたよ」

 ドアを開けた先は三十畳くらいの広さの会議室だった。照明は抑えられて薄暗く、部屋の真ん中にある長方形のテーブルの周りに数人の男女が座っていた。

 静かで気品のある言い方で唄方くんに言ったのは、私たちが居る入口から一番離れた位置に座っている男性。しわ一つ無いシャツに部屋の暗さに溶けるような黒のスーツ、整髪料で整えられた長髪と知性的な眼鏡が印象的だ。

「始めまして、黒御簾探偵。今紹介に預かった有田ありた たくみ、鉄火場の最高責任者です」

 座ったまま有田が言った。立つ気配もお辞儀をする気配もないが、それは無作法と言うより威厳にみちた態度だった。私は鉄火場の最高責任者を名乗る男のその威厳に圧倒され、ペコリと頭を下げて挨拶した。

「で、何の用ですか? 所長」

 ツカツカとテーブルを横切って有田所長の近くまで歩いて行き、椅子に座った彼を見下ろしながら唄方くんが不満そうに言った。

 目上の人間に対する尊敬がまるで感じられない唄方くんの口調。彼はこの所長さんとは仲良くないのだろうか? (まあ唄方くんと仲良くなれる人間は少ないと思うけど)

「今日が君たち数札持ちの定例会議である事も忘れているのですか、君は」

「定例会議なんていつもサボってるんで」

 所長の嫌味をケロッとした顔で受け流す唄方くん。確かに彼は会議とかそういうのは苦手そうだ。

「そう言う細かい事にこだわるからいつまで経っても結婚できないんですよ、所長」

「ははは。いつまで経っても友達が出来ない君に言われたくありませんよ、唄方君」

 敵意むき出しのまんま二人は顔を見合わせて笑いあう。私は二人のやり取りに慇懃無礼の極みを見た気がした。

「嫌だなあ、自分にだって友達は居ますよ。そこの黒御簾さんとか、祐善さんとか……」

 唄方くんが指を折りながら言うと、テーブルの端の方から声が上がった。

「ミッスンはともかく私は友達である前に仕事仲間だよ!」

 奈々子である。テーブルの椅子は大人用の大きめの物なので、小柄な奈々子の足はブラブラと宙に浮いている。というか自分で揺らして遊んでいる。

 何で奈々子がここに?

「ああ、定例会議だから皆さんお集まりなんでしたね」

 今気付いた、というようにわざとらしく言う唄方くん。そしてテーブルに着いている数名の男女を見渡す。

 私も釣られて視線をテーブルを囲む人々へ。

「黒御簾さん、これが鉄火場に所属する賭博師(ギャンブラー)の最高峰、数札持ちの面々です」


 男性二人と女性四人。それに有田所長を加えた計七名がテーブルに座っている。その内一人は奈々子だから、私の知らない人は五人だ。何故だか分からないが誰も居ない席に開いたノートパソコンも一台、マイクと一緒にテーブルの内側に向けられている。

「順番に紹介していきましょうか」

 有田所長が事務的に言う。

「まずはもう知っていると思いますがスペードの5を担当する祐善ゆうぜん奈々子ななこ、7を担当する唄方うたかた道行みちゆき

 奈々子が小学生がするように元気良く手を上げ、唄方くんが面倒くさいと言った様子で壁に寄りかかる。この二人はもう、紹介されなくても大体分かるな。

 私は残りの見知らぬ五人を順番に見て行く。すると所長がとなりに座った山高帽を被り、立派な髭を生やした白髪の老人を手で示した。服は少ししわの付いたグレーのスーツ。海老茶色のネクタイが渋い。

輪島わじま明士あかし、持つ番号は(キング)

「始めまして、黒御簾探偵」

 私の方がはるかに年下なのに、丁寧な口調で握手してくれる輪島探偵。「貫禄」の二文字を人間で表しなさい、という問題が出されたら私は迷わずこの人を推薦する。

 キング。数札持ちの序列は確か「大富豪」での強さと同じだったから、このおじいさんは三番目。通りで妙な迫力がある。

 有田所長が放つ迫力が人としての大きさから来るものだとしたら、この人の場合は長さだ。決して埋める事の出来ない経験や年季といった物を全身から漂わせている。

「中々難儀な職場だが挫けず頑張りなさい」

「はい!」

 柔らかな物腰が他界した祖父を思わせ、私は子供に戻ったような感覚で元気な返事をした。


 所長が次の探偵を紹介する。

「次、(クイーン)担当、硝子しょうこ・スワロフスキー」

「お会いできて光栄よ、黒御簾探偵」

 私に握手を求めて来たのは短めのブロンドヘアーをした色白の美人だった。瞳は青く、座っていてもモデル体型だとはっきり分かる。鼻は高いし名前からして外国の人かな?

「硝子君はオーストリアと日本のハーフだよ。ドイツ語と英語と日本語のトライリンガル」

 私の考えに気付いた所長が補足説明をする。なるほど、大和撫子やまとなでしこと西洋の彫刻の綺麗な所だけを持ってきて融合したような顔なわけだ。

 年齢は二十代にしか見えないが纏った雰囲気は先ほどの輪島探偵と似た物があり、「四十代です」と言われても私は納得するだろう。

「あら所長、褒めても何も出ませんよ」

 妖しく微笑む硝子さん。しかしその笑顔は次の所長の言葉で瞬時に凍りついた。

「君から何か出るとしたら私への借金返済が滞っている詫びぐらいだと思いますが……」

「う……来月まで待って頂戴」

 顔を机に沈め、所長から目をそらす硝子さん。纏っていた大人な雰囲気が崩れて叱られる子供みたいになる。

 私が目を丸くしていると唄方くんが説明してくれた。

「硝子さんは多重債務者なんですよね、我々鉄火場の仲間に対して」

「……ギャンブラーって儲からないの?」

「そこそこ稼げますよ。ただ、彼女は少々奇特な金銭感覚をしていましてね……自分を始め多くの鉄火場職員に借金があります。黒御簾さんもその内無心されますよ」

 私そんなにお金持ってない。東京に出てくるとき実家の母から貰った支度金がそろそろ底を突くので、これから稼ぐギャンブラーとしての給料だけが頼みだ。

 硝子さんは美人だけど、ある程度距離は置いておこう……そう心に決めた。


 紹介は落ち込む彼女を他所に次へ。

(ジャック)担当、南部なんぶ一徹いってつ

「どうも、南部だ」

 気の無い返事をした今度の人は私と握手しようとはしなかった。と言うか、どちらかと言えば私に興味が無いようだ。

 ひょろっと背が高くてイガ栗みたいにツンツンした短い髪がスポーツマンっぽいのだが、その服装は灰色の薄いセーターの上に白衣。眼鏡をかけて医者か科学者といった様相だ。どこか掴みどころの無い容姿は初めて会った時の唄方くんと近い。

 で、この南部探偵が私に興味無しなら何に興味があるかと言えば、どうも奈々子のようだ。彼の視線はさっきから少し離れた位置に座って足をブラブラさせている奈々子に向けられたまま外れない。

「あの……奈々子がどうかしましたか?」

「は! 済まない。つい夢中になって見入ってしまった」

 そこで初めて私が目の前に立っているのを認識したようだった。そして少々雑な握手を交わす。

 しかしこの人の前は居心地が悪い。遠慮の欠片も無く私の全身をジロジロと眺めているのだ。

「しかし君も中々……」

 南部探偵の目が私の胸元で止まる。

「……良いね」

「……は?」彼が何を言っているのかよく分からなくて、私は思わず訊き返した。

「祐善君は限りなく僕の理想に近いんだけど、胸だけが大きすぎるんだよね。だから君の胸と彼女の胸を交換すれば完全な僕の理想通りの――ムギャ!」

 南部探偵の発言が終わるのを待たずに私は拳を彼の顔面に全力で叩きこんだ。聞き苦しい断末魔を叫んで椅子から転げ落ちる南部探偵。

「……こっちだって交換したいわ、ボケ」

 そして公の場である事も忘れて床で呻きながらピクピク動く彼に言い放つ。こいつは私の逆鱗に触れた。

「唄方くん、何この人?」

「見ての通り少女愛者です」

「ロリコンと言え! ロリコンと! 漢字表記で言うと変態みたいじゃないか」

 頬をさすりながら起き上がり、南部探偵が言った。眼鏡はずれているが割れてはないので大丈夫だろう。

 ――いや、ロリコンも普通に変態なんですが……

 私の中の「距離を置くべき人リスト」がまた一人分更新された。硝子さんよりこの人は明らかに危険そうだ。

「誤解の無いように言っておくと僕は正義のロリコンだ! 手は出さない、声はかけない、遠くからそっと子供たちを見守っている未成年の守護者なのだよ!」

「それはただのストーカーだろ!」

 まったく、こんな変態が本当に鉄火場指折りの優秀な探偵なの?

 睨み合う私と南部探偵、いや変態。所長が間に入ってなだめる。

「二人とも落ち着きなさい。そして南部君、君の趣味が何であろうとギャンブラーの業務に差し支えはありませんが、少しは場をわきまえて下さい」

 南部はまだブツブツと持論を語っていたが無視。もう敬称を付ける気にもならない。


「8の札担当、砥川とがわまいかなで姉妹」

「舞です」向かって右の女の子が言った。

「奏です」続いて左。

 所長が紹介した二人の女の子はそっくり同じ顔。日本人形のような綺麗な黒髪で分け目がそれぞれで逆になっている。歳は私や奈々子と同じくらいか。やはり数札持ちは年齢に関係なく純粋に実力と功績だけで決まるらしい。

「黒御簾由佳です。よろしく」

 同年代らしいと言う事もあって私は他の人より若干丁寧に挨拶する。何だかんだで東京に来てからまだ四ヶ月目。かりんの事もあって私は同年代の女友達に飢えている。(奈々子は何考えてるのかよく分からないし)

 しかし当の二人は特に表情を変えないまま。拒絶されている気はしないが歓迎されてもいない。無色透明な感情を顔に浮かべている。

「彼女たちは特例でね。双子だから二人で一人の探偵だと言うので、一つの番号に収まってもらっている。ちなみに舞君が姉で奏君が妹」

 所長の解説にも舞と奏はピクリとも表情を変えなかった。まるで自分達の事じゃなくて地球の裏側の見知らぬ双子について解説されているかのように。

「新しいギャンブラーだって、奏」

「私たちと同じくらいの歳の女の子だね、舞」

 私について話していても二人の言葉が向いているのは双子同士。私は何だか観察されているような気分になってまた居心地が悪い。


 これでテーブルに座った人物の紹介は終わった……が、数札持ちは全部で十三人のはず。今この場に居るのはたった七人。しかも舞と奏は二人で一人扱いだから七人も足りない。

「これで全員ですか?」

 尋ねる私に所長が黙ってテーブルの上に置かれたノートパソコンを指差した。最初何で置いてあるのか気になっていたあれだ。

 画面を覗き込む。と、途端にチャット画面らしきウィンドウに文章が現れた。

『ajiro:お前の目は節穴か! さっさと先輩の俺に挨拶せんかい!!!』

「……。何?」

『ajiro:何だその態度は! スペードの9の数札持ちに新人がそんな態度で良いのか!?』

 ――数札持ち?

 私が首を捻っている間にもチャット画面は様々な罵詈雑言、顔文字で埋まっていく。どうやら回線の向こうの相手はかなり苛立っているらしい。

「紹介が遅れましたね。そこでパソコンとマイクを通して参加しているのは網代あじろ君。歴とした鉄火場の数札持ちギャンブラーです」

 ……何でチャットで参加してるの? 疑問には唄方くんが答えてくれた。

「網代探偵は引きこもりですからね。今もこの鉄火場の端の一室でパソコンに向かっています」

「部屋に引きこもってるのにどうやって事件を捜査すんのよ?」

『ajiro:うるせえ! お前なんかに心配される筋合いはねえんだよ! 第一引きこもってるのはこの鉄火場場内なんだから二十四時間出勤してる公務員のかがみだろうが!』

 この人は語尾にビックリマーク無しで文字が書けないんだろうか……。私はこういうテンションの高い文章をずっと読んでいると疲れちゃうんだよね。

 「距離を置くべき人リスト」がまた更新された。


「――で」

 私は一旦言葉を切って周りを見回す。

「残りの六人はどこですか?」

 網代とか言う引きこもりを加えてもまだ足りない。まさか残りの六人も引きこもりなんて事は無いよね……。

 唄方くんがあまり興味無いと言う様子でそっぽを向きながら所長に訊く。

「3番は?」

「本職の勤務中だそうだ。彼女はあっちの方が好きだからね」

 手を組んでそこに顎を載せ、深く溜息を吐く有田所長。この人も自由奔放な部下を持って可哀そうだ。

「じゃあ6番」

「席を外せない取引があるらしい」

「2番と(エース)のツートップが居ないのはいつもの事として……10番は?」

「赤坂君の件の後始末だそうだ。ここを辞めた後の彼に消費者金融の仕事を斡旋したのは10番だからね。そこの会社に迷惑料でも払いに行ってるんだろう」

「まったく、相変わらず集まりの悪い会議ですね」唄方くんがやれやれと首を振る。

「欠席者一同も、出た会議がサボった会議の半分にもならない君に言われたく無いでしょう」

 そこまで聞いて私は最後の一人、スペードの4を担当する探偵の行方を思い出した。神田さんは……赤坂探偵に……。

 ギャンブラーになれたと言うフワフワした満足感で少し忘れていた。今私がここに居るのは赤坂探偵が神田さんを殺し、私がそれを見破ったからだ。

 そして気付く。どうして有田所長はただの平ギャンブラーの私をこんな鉄火場所属探偵のトップたちに紹介してるんだろう?

「実はね、黒御簾君」

 眼鏡の奥の所長の目が光る。この人は本当に素早く相手の疑念や感情をキャッチするな。


「君に神田君の後任として数札持ちを担当してもらおうと思ってるんだ」


 ――会議室が水を打ったような静けさに包まれた。

 部屋中の視線が一斉に私に注がれ、呼吸が出来なくなる。スーハースーハー。脳はちゃんと命令を出しているのだが肺がいろんな感情とか衝撃がごっちゃになった何かで満たされ、空気の出入りを阻害する。

 私は今何と言われた? 有田所長は今何と言った?

 聞き間違いかもしれない。言い間違いかもしれない。そんな風に現状に否定的で居る事で心の安定を保とうとする一方で、奇妙な高揚感に満たされた私が居る。

 ――私が数札持ち?

 末席とは言え鉄火場のトップ集団だ。私がそこの一員になれるの!?

 しかし一人の人物の声で少しずつ心に占める比重を大きくしていた高揚感は掻き消された。

「反対だ」

 輪島探偵だった。温和そうだった眉を険しくし、その目を所長に向けている。

 先ほどまでと打って変わった彼の態度に私は怯えたのだと思う。ちらりとこちらに視線を向けた輪島探偵が私に声をかけた。

「気を悪くしないでおくれ、黒御簾探偵。あなたの事が気に入らないわけではない」そして再び顔を所長に向け「ただそれでは他のギャンブラーに示しがつかんだろう」

「数札持ちの選出は実力と功績のみによって行う――」

 南部が後を受ける。真顔になった彼は意外と美形なことに私は気付いた。

「――今日着任したばかりの彼女にそれがあるとは思えないけどね、所長」

 輪島探偵を越える豹変ぶりである。さっきまでの彼はただの変態ロリコンにしか見えなかったが、今は数札持ちのギャンブラーとしてふさわしい威厳があるように見え……

「あ! 気を悪くしないでおくれ。君の胸なら僕はとても気に入っている」

 前言撤回。やっぱりただの変態でした。

 二人の発言を契機に部屋中がざわつく。

「良いと思うよ。ミッスンは私の友達だし」と奈々子。

「うーん、私は反対かな。新人さんには数字付きのカードを背負うのは辛いわよ」これは硝子さん。

「あのが新しい数札持ちだって、奏」これは舞の発言で、

「どうでも良いね、舞」これが奏。

 ふと目を遣ると網代のノートパソコンの画面は下品なアスキーアートや言葉が次々と表示され、高速でスクロールしていた。腹が立ったのでパソコンから伸びたネット回線を無理矢理引きちぎって黙らせた。

 唄方くんは壁にもたれたまま。顔が授業の終了を待ちわびる小学生のものになっている。

 やがて探偵同士で周囲との口論が始まり、ざわめきも比例して大きくなる。この口論の議題が私に関わる事だと思うと何だか肩身が狭くて、私は知らず知らずの内に唄方くんの方へ後退していた。


 パチン!


 事態を収拾したのは引き起こしたのと同じ人物だった。有田所長が鳴らした指の音で探偵一同が一斉に静まる。

「……理由を説明しましょう」

 誰も余韻を引きずらない。指を鳴らしてからほんの僅かの間に全員が所長の声に耳を傾ける体勢が作られていた。

「おそらく反対者諸君は黒御簾君が採用された経緯を知らない」

 輪島探偵、南部、硝子さんが曖昧に頷く。

 そうか。さっきの事件の事はまだこの人たち知らないんだ。

「先ほど行われた賭博師新規採用試験、そこで試験官をしていた我らが同胞、神田俊章探偵が何者かに刺殺されました」

「……!」事情を知らない五人に緊張が走る。

「結論から言うと犯人は元数札持ちの赤坂竜馬。そこの黒御簾君が推理して見抜きました」

「赤坂!? あいつ試験を受けに戻っていたのか」

 驚きを隠さない輪島探偵。彼は古株のようだし、二年前の頃の赤坂探偵を知っているのだろう。

 他の人の反応は意外と薄い。名前程度は知っていても交流は無かったのだろう。唄方くんは黙ったままだが、表情を見られたくないのか顔をドアの方へ向けている。

「……成程な。それなら私は賛成するとしよう」

 目を閉じて重苦しく宣言する輪島探偵。

「赤坂は頭の切れる若造だった。一度だけ同じ事件を担当して戦った事があるが、その時の負けは今でも忘れられん。あの若造をやりこめたのなら……」

 果たしてその勝負は公正に行われたものだったのか……神田さんと赤坂探偵の関係を知っている私としては何とも言えない。また敏感にそれを察知する所長。

「鉄火場における赤坂君と神田君の功績についてですが、今回の事件で不正が行われていた可能性が発生しました」

「そんな事は関係ないだろう。勝負が終わった段階でそれが明らかにならなければ勝敗は揺らがん。それも犯罪賭博の戦い方の一つさ」

 ふー、と目を閉じたまま輪島さんは息を吐き、椅子の背もたれに埋もれるように体重をかけた。

「私は黒御簾探偵を認めよう。今の3番を繰り上げて、昔のあの若造と同じ数字を与えてやってくれ」

 そんな輪島探偵の様子を見て次第に残りの反対者も意見を変え始めた。

「まあ、黒御簾ちゃん本人が良いんなら……」

 硝子さんが手入れされた爪をいじりながら言い、

「神田探偵が死んだんなら仕方ないか。空席を作るわけにもいかないし」

 南部が眼鏡の真ん中を押さえて持ち上げながら了承した。砥川姉妹も双子らしくシンクロしたタイミングで首を縦に振る。私が回線を切ったので網代は置いてきぼりだ。

 どうやら私はスペード3の数札持ちとして認められるらしい。と、そこでまだイエスともノーとも言っていない人物が居る事に気が付いた。――唄方くんだ。


「唄方くん……?」

 私が呼びかけるとやっと彼はテーブルの方に向き直った。

「……所長の判断に任せます」

 彼はただただ、気だるそうだった。本当は辛かったのかもしれない。神田さんと赤坂探偵、彼にとって大きな存在である二人がかつて所有していた数字を私が背負う事に、躊躇ためらいを感じて苦悩していたのではないだろうか?

 所長が唄方くんを睨む。

「はっきりしない返事ですね。不満なら君の数字を取り上げて彼女に与えても良いんですよ?」

「ミッチーの7番を!」奈々子が大声を上げた。

「彼も神田君と赤坂君の不正を知りながら資金援助していたわけですしね。何らかの処罰は必要でしょう」

「……」

 何も言わず所長を睨み返す唄方くん。

 さっきから感じていた事だが、唄方くんは所長を前にすると先ほどの事件の間のような殺伐とした態度に近づいて行く気がする。何か二人の間に私が知らない因縁があるのだろうか?

 数秒間の睨み合いの後、目を外したのは所長だった。

「冗談ですよ。ただ、違った形で処罰は受けてもらいます」

「ど、どんな処罰ですか?」

 恐る恐る所長に尋ねてみる。

「そうですね。これから先三か月の給料全額カットでどうでしょう?」

 ふう。良かった。意外と軽い処罰に私は胸を撫で下ろす。

 しかし、当の本人は今日一番の剣幕で所長に迫った。

「三か月! 自分は先日凶悪な女子大生に高いご飯をおごらされて財布がピンチなんですけど……」

「おい、誰の事だ?」

 私は笑顔のまま唄方くんの頭に後ろから掌を載せ、額に爪を立てる。この人と一緒に居ると性格の悪さが伝染してくる気がした。

 そんな私たちのやり取りに微笑む所長。

「加えて、唄方くんはその間犯罪賭博への参加を自粛してもらいます。代わりに――」

 頬笑みが悪戯っぽくなる。

「黒御簾君のサポートにあたって下さい。彼女はまだ新人ですから。黒御簾君も背負う数字の重さを忘れない事、会議は以上です!」

「はい!」

「……はい」

 私の元気な返事と隣の唄方くんの空気が抜けた返事が重なった。


 ――こうして、私はいきなり数札持ちに抜擢されることになった。

 正直まだ所長の言う「数字の重さ」はよく分からない。唄方くんがその重さを一緒に支えてくれるんじゃないかとは思う。

 そして今日会った分だけでも変人揃いの数札持ち勢。まだ知らない人が五人も居るとなると気が滅入めいる。でもこの人たち相手に戦っていかなくちゃならないんだ。


 ――そして話はもう一つ。私がギャンブラーになるのと時を同じくしてうごめきだす者が居た。

 それはとてもとても暗い所……暗い暗い情報社会の一番下、人々の噂話の場で目を覚ました。




「くそ! あの新人の女回線抜きやがった!」

 数台のスイッチが入ったパソコンのディスプレイの光だけが照らす、暗い室内で網代は悪態をついた。

 部屋の中で床が見えるのは網代が座る椅子の周りのごく一部だけ。後は全て何に使うのか分からない機械や様々なディスク、大量のダンボール箱で埋め尽くされている。

 パソコンのデスクを置いていない壁は全て天井まで届く棚になっており、下から上までギッシリ本やキャラクター製品、パソコンのパーツがガラス戸の向こうから黙々とキーボードを叩く網代を見つめていた。部屋には梯子はしごが無いが上の物を取るのに苦労はしない。そこら辺の一見ゴミにしか見えない物を集めて山を作ればよじ登れるのだ。

「あのパソコンに無線LAN付けるの忘れた……仕方ない。仕事の続きか……」

 会議室のマイクから音声を拾っていたヘッドホンを外し、細くて色白の首にかける。

 もう何か月日光を浴びていないだろう? 外の真っ直ぐな日差しを浴びると何だか体が溶けてしまいそうな気がして少し怖いな。――なんて事を考えながら網代はチャット画面を閉じ、新しいウィンドウをいくつか開く。

 開いたのはどれも大型掲示板ポータルサイト。インターネット上で気の合う者同士が語り合う場だ。特に今事件を抱えていない網代に回される仕事はインターネット上で飛び交う膨大な情報から、鉄火場が知っておくべき事を選別する事だった。

 ――大っぴらに流される情報なんて見たく無くても目に入る。

 無数のウィンドウを同時にスクロールさせて、そこに映される文字群を同時並列的に見てく網代。普通の人間なら一つの掲示板の書き込みを追うのも無理という速度だ。

 ――俺が取り出すべきは情報の海に沈んだ一かたまりの財宝、あるいは……怪物。

 ――お宝は隠されるだけでそれっきりだからまだ楽だが、怪物の場合は厄介だ。自分からどんどん深みへと隠れて行くし、何より放っておくと噛みつかれる。

 網代はいつも海に潜る感覚でこの作業をしていた。深淵で生まれる様々な情報。その中でも利用すべきものを財宝、排除すべきものを怪物と例える。

 怪物が生まれるのはいつも一番底の底、口コミによる伝達が行われるネット上の掲示板と決まっていた。網代はこれまでに無数の犯罪予告や前兆を発見し報告、数え切れないほどの事件を未然に防いで来たのだ。伊達だてにスペードの9を背負っていない。

 ――……おかしい。産声が聞こえない。

 そろそろ前に犯罪予告をした人間が逮捕されたのも過去の話になり、マークしている一つの掲示板で新たな怪物が産声を上げるべき頃だった。それどころか怪物だけで無くて他のありとあらゆる情報の産声が聞こえない。

 口コミの場では真偽は別として常に情報が生まれているはずである。その気配が文字群を追い続けて数分、まったく感じられないのだ。

 ――参ったな……俺の勘も鈍って来たのか?

 網代は全ての文章を読んでなどいない。長く続けてきたこの作業の中で身につけたある種の勘、犯罪や有益情報の持つ気配を探りながら画面を眺めているのだ。

 今日は調子が悪いんだろうと考え、おとなしくスクロールの速度を落とす。今までもたまにこういう日があった。疲れているんだろう。

 そう思って瞬きし、画面を見つめ直した時だった。網代を心臓が止まる程の衝撃が襲う。

 ――なん……だこれ……?

 網代が開いた無数の掲示板、そこに書き込まれているのは全て一様に同じ文面だったのだ。


『新規オープン! 【人間採点所】

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 しかも今月中の申し込みは完全無料! これまでのあなたを振り返ってみるチャンスは今です!

 我々人間採点所があなたの点数を教えます!

 詳細は下記URLまで……byグレーダー一堂』


 これと同じ文面が延々どのサイトでも数十件に渡り書き込まれていた。どれも書き込み時間から五分も経っていない。同時にいくつもの書き込みをこなす特殊なツールを使って書き込まれたようだ。

 ――何故気付かなかった? 延々同じ文章を読まされている事にどうして俺は気付かなかったんだ?

 じっくり読んだのは一度切りなのに網代の記憶にはしっかりと文面が一字一句漏らさず刻み込まれていた。

 ――……人間採点所……人間を点数化……完全無料……グレーダー……Grader……採点者……。

 反射的に網代は画面から目をそらす。特に仕掛けも何もない、広告を書き込むただの迷惑な荒らしだ。しかし網代はそれ以上その文章を見ていると記されたリンクのアドレスをクリックしてしまう気がした。

 そして、そこに入ったらもう戻ってこれない(・・・・・・・)気がした。

 荒げた呼吸を落ちつける。手元に会ったミネラルウォーターを飲んだら落ち着く気がして口を付ける。……足りない。飲んでも飲んでも喉が渇く。

 乱暴に空になったペットボトルを床に投げ、再び画面と向き合う。各サイトで少しずつこの大規模な荒らし行為に対する反応が書きこまれ始めていた。

『何これ? 荒らしは帰れ。春休みはとっくの昔に終わってるぞ』

『でも何だろ? このサイト面白そうじゃね?』

『タダっぽいしちょっくら行ってきまーす。俺は何点の人間かなー』

 もちろん大多数が荒らし行為を行った者に対して批判的だ。そして何事も無かったかのようにそれまでの話題を続ける。しかし少数ながらこの広告のサイトに飛んでしまった者も居るようだ。

 網代は慌てて他の開いていなかった掲示板サイトもいくつか覗いてみる。どうやらある程度有名な掲示板の人が多いスレッドを狙って大量に書き込まれているらしい。

 ――書き込まれたスレッドは推定百前後。その利用者の中の1パーセントだけが人間採点所に飛んだとしても、かなりの数だ……。

 確かめなくてはならない。自分もこの人間採点所とやらのサイトを見て、サービス内容を確かめ、危険かどうか判断しなくてはならない。そう考えてマウスポインタをリンクに重ねるが、どうしても網代にはクリックが出来なかった。網代の経験や勘が今までに無い程の危険信号を出して踏み止める。

 しかし……網代は遂にクリックしてしまった。マズイと思った瞬間にはもう遅い。

 表示されたのは白を基調とした壁紙に明るい色で様々なメニュー項目が並べられた、サイトのトップ画面だった。中心の天辺に「人間採点所」の文字が赤く書かれ、横には赤い鉛筆のイラスト。子供向け通信教育のパロディのつもりだろう。

 パソコンの様子を調べるがウィルスやスパイウェアが侵入した様子は無い。人間採点所は至って健全な娯楽サイトのようである。

 ――良かった。俺の思い過ごしか。

 ほっ、と溜息をついた瞬間だった。赤いロゴの下にあるアクセスカウンターが一気に変動する。

 9842……15683……45231……。

 あっという間に数字は十万を越え、網代はただただ増加し続けるカウンターを見ていた。

 ――この産声……デカ過ぎる……。


 これが採点者グレーダーという存在の産声だった。

あけましておめでとうございます。今年もテッカバ!をどうそよろしくお願い致します。お年玉としてweb拍手頂けると嬉しいです。

また、お知らせが遅れましたがテッカバのクリスマス番外編を短編として投稿しています。そちらも良かったらどうぞ。

更にギフト企画に参加した短編にもテッカバのあの登場人物がゲスト出演しています。

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