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テッカバ!  作者: 閂 九郎
CASE2 たった一つの冴えた殺り方
16/19

BET-15 去る探偵、継ぐ探偵

 ――どんな手段を使っても良い。世の中悪を裁いたら正義だ。


 警察官を目指して警察学校の入学試験を受けた時、面接でこの考えを話したら三人並んだ試験官は(そろ)って青い顔をした。俺は別段変った事を言ったつもりは無かったのだが、数週間後に自宅に送られてきた結果通知は不合格である。

 納得行かない。時間が半分以上余って十回は見直ししたから自信を持って言えるが、筆記試験は間違いなく満点だったはずだ。自分の信念に基づいて正義を執行する為に死ぬほど勉強した。なのにこの結果は何だ? また来年まで待てと?

 ――納得行かない。俺はもう一度心の中で呟いた。


 小さい頃から自分の道徳観が人と少しばかりズレているのは薄々感じていた。そうなる原因なら自分にはいくらでもある。

 俺を家に一人で残して水商売で働く母親。人様の物を盗んで稼いだ金で家族三人を養う父親。それでも俺が育った地域の他の家庭に比べれば、両親が居ただけましだったように思う。

 両親とも家に居る時はよく俺に「何があっても自分達のような大人にはなるな。お前は賢い子だからちゃんと勉強して正義の為に生きろ」と諭した。父親に関してはよく冗談だか分からない口調で「いつか警察官にでもなったお前に盗みで捕まえてもらうのが俺の夢だ」などと言ったものだ。

 子供心に両親が抱えるジレンマは理解していたつもりだ。学の無い自分達は今のような方法でしかお前を育てられないが、お前にはそれが正しいと誤解せず真っ直ぐ生きて欲しいという願いだったのだろう。

 世間を見渡せば我が家の人間より数倍正しい奴らばかりだ。地位もある。名誉もある。綺麗な方法で稼いだ金もある。それでも彼らには本当の正義は無いように思えた。

 建前でゴマを擦って、自分の立場に関わるのなら正すべき事も正さず、法的な手順を踏まなけりゃ悪人一人罰する事も出来ない。それってお前たちが大好きな正義なのか?

 俺は頭の中で日々間違っている事を切り捨て始めた。切り捨てて切り捨てて、消去して消去して、そうやって最後に残った俺が信じられる結論は「どんな手段を使ってでも悪を潰せば正義」だった。

 そんな漠然とした疑問を抱えながら俺は成長し、警察学校の試験を受けた。どんな手段にしろ悪を叩きのめすのには力が必要だ。一人前になるまでは権力にすがるのも悪くないだろう。

 しかし結果は不合格。何故だ? 社会一般で言うところの「学力」なら十分だぞ。俺が掲げる信念だって他の奴らに比べりゃずっと正しいはず……。


 その電話がかかってきたのは不合格通知の翌日だった。

「もしもし。警察庁の神田と言う者だが、警察学校の入学試験に落ちた赤坂君だね?」

「……ポリ公が何の用だ?」

 工事現場のアルバイトから帰って来たばかりだった俺は首にかけたタオルで汗を拭きながら答えた。正直疲れていてあまり長く話す気にならない。

 電話の向こうの声は中年らしい男。国の役人にしては人を食ったような喋り方が鼻に付いた。

「噂に聞く通り威勢が良いじゃないか。しかし仮にも国家の安全維持に当たる警察官を養成する学校の受験で、あんな主義主張を振りかざすのはどうかと思うがね」

 笑い声混じりに神田は言った。さり気無く質問を流されたので俺はイラつく。

「君にピッタリの良い仕事があるんだ。乗らないかね?」

「仕事ぉ?」

 どうも臭い。危なげな話の匂いがプンプンする。

 しかしもしも相手の言う事が本当で、警察庁の人間ならば何かしらのコネで警察官に採用されるかもしれない。そう思った俺は翌日に会う約束だけはした。


「――鉄火場?」

「そう。近々国会に設置する為の法案が提出される予定だ」

 向こうが指定した駅前の喫茶店のテーブルで神田が言った。

 神田は予想通り恰幅の良い中年男性で、人当たりの良さそうな顔に高級ブランドのスーツを着ていた。しかし一番印象的なのはその目。三日月形に細めて笑っているようで俺や周囲を絶え間なく観察し、隙を窺っているように見える。

「ある程度の権限が与えられる国家探偵組織だ。結果を巡って賭けを行い、開かれた組織をアピールしつつ活動費も自分達でまかなう。政府がすべきは賭博の例外的許可だけ。与党の議員たちは乗り気だよ」

 満足げに口の端を持ち上げて笑うと、落ち着いた仕草で神田は紅茶を飲んだ。俺はあまりに神田の言いだした事が突飛過ぎたので、それまでウェイトレスが紅茶を運んできた事にも気付いていなかった。慌てて神田の真似をしてカップに口を付ける。味はよく分からん。

「しかし何でまた警察のお偉いさんがそんなもの作ろうとしてるんだ? やっぱり警察だけじゃ国の安全は守れないのか?」

「一言で言えばその通りだ。僕は警察と言う組織に限界を感じている」

 突然神田の目つきが鋭くなった。

「しがらみ、金、そんなもの全て断ち切った孤高にある正しさが必要なんだ……そうは思わないかね?」

 その言葉を聞いた時、俺はこの人の話に乗る事を決意した。この人は俺と同じだ。

 何が原因か知らないがこの人は俺と同じで世間の正義に疑問を感じている。この人なら俺の思想も含めて評価してくれる、そんな気がした。

「で、俺にそこの探偵になれと?」

「その通り。僕も設立と同時にギャンブラーとして働く予定だ。既に君の他にももう一人優秀な人間を確保してあるから僕の正義の手伝いをして欲しい。ギャンブラー同士で協力すれば警察では出来ない事がいろいろ出来るだろう」

 俺はいずれ行われるという賭博師採用試験に行く事を約束し、神田の方はコネを使って俺と話に出たもう一人を必ず採用させる事を約束した。その日は妙に体が軽くて、ギャンブラーになって働くまでが俺の人生の中で一番精神的に充実した日々だった気がする。


 ――約一年後。

 鉄火場は世間の冷たい視線に晒されながら始動。予定通り俺と神田はギャンブラーとしてあちこちの事件現場に派遣されるようになった。

 元官僚である神田が上層部へのコネを持っているおかげで俺と神田は難事件では常に一緒に派遣された。複数の探偵が先を急いで犯人を探す中で二人分の情報を共有できるのは大きい。お互い捜査情報をリークして片方が勝つのを繰り返すうちに俺たち二人は数札持ちにまで上り詰めた。神田がスペードの4、俺がその一つ下の3だ。

 そんな中神田が鉄火場の端にあるバーで俺に紹介したのは驚いたことに中学生だった。

「紹介しよう。スペードの7を担当する唄方道行君だ。前に話していたもう一人の協力者だよ」

 俺は始めは信じなかった。何しろ制服に身を包んだ子供である。どうして国家の探偵組織にこんなガキンチョが……蝶ネクタイの眼鏡坊主じゃあるまいし。まさかこいつも見た目は子供頭脳は大人か?

「考えてる事は大体分かりますよ、赤坂探偵」

 カウンターに向かってこっちと目を合わせないまま、唄方と紹介された中学生は言った。手に持ったオレンジジュースのグラスはやっぱり子供である証だろうか?

 妙に逆立った後ろ髪、細い目が野良猫を思わせる。最近多いませたガキだろうか?

「自分が子供だから驚いてるんでしょう?」

「ああ、まあな」

 俺は図星だったので曖昧に返事をして隣の椅子に座る。神田も俺と反対にある唄方少年の隣に座り、大人二人で子供を挟むような構図になった。

「事件現場に行くと大抵いつも同じリアクションです。もう自分は慣れました」

 横目で俺を見ながらジュースを飲む唄方少年。

 神田の目は人の隙を探る目だがこの少年の目はそれよりもっと奥、人の本質的な部分にある何かを見つめているような気がした。俺は子供相手にも関わらずにわかに緊張する。

「唄方君は事件で組むのは嫌だと言うのでね、仕事で稼いだ金で我々の活動を援助してもらっている」

 当時俺と神田はギャンブラーという立場を使って議員の不正を調べたり、同じ事件の担当になったギャンブラーを金で買収したりしていた。当然ながら許される事ではないが俺たちの信念は「正義の為なら手段を選ばない事」だ。どんな汚い手を使ってでもこれを貫かなければならない。

 しかしそれならばこの少年、完全に自分の実力で数札持ちまでのし上がった事になる。若いのに大したものだ。神田が仲間に引き入れた理由も分かる気がする。

「神田探偵は路頭に迷ってた自分に仕事をくれた恩人ですから。それくらいの恩返しは当然ですよ」

 よく分からないが神田と唄方少年の間には何か事情があるのだろう。俺と同じように何かのきっかけで神田がスカウトしたと考えるのが妥当か。

 どちらにしろガキに汚い仕事をさせるのは俺も反対だ。金をくれるだけありがたいな。

「まあ仲間同士よろしくな、少年」

 俺が少年に手を差し出す。少年は一瞬何か言いたげな目で差し出された右手を見た後、「自分は左利きなので」と言って俺の左手を要求した。それに応じる。

 握手で握った手は小さな小さな手だった。歳に似合わない仕事をしていてもやはり実際は子供だ。出来ればこういう子供が何も考えずに暮らせる世の中になると良いんだがなあ。


 ある日問題が起きた。俺たちの不正がマスコミに取り沙汰されたのだ。

 元から一般受けは悪い組織だったのだ。途端に日本中で批難の声が高まる。

「……どうする?」

 鉄火場上層部から俺たちに呼び出しがかかった。査問を受けることになったのだ。

 狼狽を隠せない俺の問いに神田は当たり前の事を聞くな、という様子で平然と答えた。

「赤坂、君とはもうお別れのようだ」

 言っている意味が良く分からなかった。今この人は「お別れ」と言ったか?

 神田が向かい合って俺の肩に手を載せる。

「不正な捜査や買収は全て君一人でやった、そう言う事にしてくれないかね?」

 俺……一人……?

「あんたも、あんただって一緒になってやってたじゃねえか! あんたと一緒だから俺は汚い事だって平気でやったんだ! あんたの正義と俺の正義が一緒だったから、俺は……俺は……」

 思わず手を振り払い、神田の胸倉を掴む。

「落ち着いてくれ、赤坂。ここで二人とも処分を受けたらどうする?」

「上等じゃねえか! 俺たちは正しい事をしていた! 後ろめたい事はねえ!」

「世間は納得しない! 頼む。僕の為、いや僕と君の正義の為だ。僕は君無しでもこの正義を貫く事を誓う。だから分かってくれ」

 渋々俺は了承した。俺たちの正義の為、その台詞だけが俺の中で支えだった。

 神田は必ず俺を鉄火場に呼び戻すと約束した。そして次に自分が新採用試験の試験官を務める時はこういう形式の謎を出題する、と言って黒いレインコートを着た殺人者に自分を襲わせ正体はディーラーの一人、という例のシナリオを俺へ詳細に説明したのだ。実際に使う予定だと言う偽のナイフも見せられ、俺は嘘ではないと信じる事にする。

 査問に呼ばれた俺は堂々と不正を行ったのは全て俺、神田は一切関係なく俺に脅されていただけだと答えた。上層部が出した結論は俺の除籍、神田はなんとかお咎めなし。

 これが俺がギャンブラーをクビになった経緯、一年前の事である。




「……そんなに神田さんを信用していたのなら、何故?」

 私は力なく舞台上に膝を付き、うなだれた赤坂を見つめながら言った。

 胸はやりきれない思いでいっぱいだった。彼らがやった事は正しい事とは言い難いかもしれない。でも、間違っているときっぱり割り切る事も私には出来なかったのだ。

 正義とは難しい言葉だ。あっちの正義を立てようとすると、こっちの正義が成立しなくなる。決して一本にまとまる事は無いのだ。そうやって私は考えて生きてきて達観したつもりになっていたが、それでもそれを一つに統一しようと戦った赤坂と私、果たしてどっちが正しいだろう?

 試験を続行すると唄方くんが言った時、赤坂は必死になってそれに反発した。人が死んだってのにそんな事続けるなんておかしい、そんな人間的な感情が彼の正義の根本なら私にも少し分かる気がする。

 赤坂が口を開いた。

「あいつが嘘つき野郎だったからだよ。ここを辞めた後務めた先の消費者金融で知ったよ、あの野郎俺が居なくなった途端にギャンブラーの立場を使って機密情報をあちこちの企業に流しまくって、私腹を肥やし始めたのさ! 調べりゃ不正の事がマスコミに流れたのもあいつの自作自演だった!」

 彼の言葉は叫びとなって静まり返った場内に響き渡る。まるで舞台の上で役者が演じる悲劇のワンシーンのように。

 私は警部が言っていた神田さんの不正の話を思い出した。あれはこの事だったのか。

「あいつにとって俺は仲間なんかじゃなく、途中から邪魔者だったのさ。あいつは俺の探偵としての腕を買っていただけで正義になんかこれっぽっちも同意してなかった」

 裏切った仲間。裏切られた正義。

 彼は悔しかっただろう。同じ正義を信じていると思っていた仲間が本当はそれの正反対に位置していた事が。自分は利用されただけで、共に戦った日々は全て虚像だった事が。

「気付かれていないと思ったんだろう。俺のそんな気持ちも知らずに奴はとうとう先月新採用試験に俺を推薦した。とにかくこの機会に会って神田を問い詰めようと思って今日試験が始まる前に神田の所へ行った。そうしたら……そうしたら……」

 赤坂が舞台の床につけた拳をギュッと強く握りしめる。

「別な奴を合格させたいからお前は推理をするなだぁ!? それもただのコネがある塾の講師ぃ!? ふざけやがってぇ!」

 ガンッ!

 拳を床に叩きつける赤坂。その目には薄らと涙が浮かび、顔全体をくしゃくしゃにして悔しさに耐えている。私は見ていてやり切れなかった。

「万が一の時に悪になった奴を裁こうとナイフは用意しておいた。最悪見つかっても神田の偽ナイフと似たデザインの物を買っておいたから言い訳は何とでもつくと思ったさ。そしてそれと聞かされていた狂言殺人の内容を組み合わせて、瞬時に俺の中で完全犯罪のシナリオが組み上がって行ったよ。なんせわざわざ身代わりにうってつけの役回りが居たんだからなあ!」

 顔の上半分を手で押さえ、九谷さんの方を指差して笑う赤坂。しかし私には分かる、彼は笑ってなどいなくて悔しさの余り泣いているのだ。それをこんな状況でも他人に悟らせないようにしている。

 殺人は許せないけど……他人に自分の弱さを見せまいとする彼の姿が試験の前に鉄火場を立ち去ろうとした私自身と重なる。

 ――あっはっはっはっは! 赤坂は涙を隠して笑っていた。騙された自分を、自らの策を利用されて死んだ神田を。

 ――自分たちが追いかけていた虚像の正義を。

 しばらくの間笑い続けると赤坂は唐突に笑うのをやめた。

「ところで唄方、試験の結果はどうなるんだ?」

 真顔に戻った顔。しかしずっと眉間に寄せていたしわは消えている。

「もちろん、真相に辿りついた人間が合格者かと」

 そう答えて私に歩み寄る唄方くん。

 え……そう言えば試験の事なんてすっかり忘れてたけど私……。

「合格者は黒御簾由佳! 新たな賭博師(ギャンブラー)の誕生です!」

 パチ……パチパチパチパチ!

 それまで凍りついたようになっていた客席が唄方くんの言葉で解凍され、拍手の嵐が起こる。

 やった! 私、勝っちゃった! 今まで体験した事の無いような高揚感。私は拍手が鳴りやむまでの間の一時全てを忘れて自分に向けられた賛辞を全身で味わった。

「おめでとうございます。黒御簾さん」

 マイクを使わず私の耳元で囁くと、唄方くんは信楽警部を呼んだ。警部は舞台に上がって来ると京橋刑事と合流、赤坂に手錠をかけた。

「あなたもヤキが回ったものですね、あんな行き当たりばったりの殺人を犯すなんて」

 唄方くんが皮肉るように横目で赤坂に言った。

「おいおい、神田が殺されてご立腹かい? 確か恩人だったんだろ? 一発なら殴って良いぜ」

 元の失礼極まりない態度に戻る赤坂。さっきの話によれば彼らは一応仲間だったんだよね。

 赤坂の茶化しなんかに乗るはずがないと私は思って成り行きを見ていたから、唄方くんの思いがけない行動に単純に驚いた。

「では遠慮なく」

 バコン! 鈍い音を立てて唄方くんが力いっぱい赤坂の横っ面を殴ったのだ。あくまで冷静な顔つきのまま、今回の事件の間ずっと彼がしていたらしくない真顔で。

「確かに神田探偵は自分の恩人でしたがね、自分は正直彼の事は気に入りませんでした。でもね……」

 言葉を切って赤坂を睨みつける唄方くん。

「あなたの事は尊敬してましたよ、赤坂探偵。だからあなたが身勝手な犯罪者になったのが残念で堪りません」

「……ふっ」

 困ったもんだと、と自嘲気味に笑う赤坂。唄方くんは眉ひとつ動かさない。

 そして赤坂は手錠でひとまとめにされた両腕を唄方くんに差し出した。

「握手でもするか、少年」

 そして左手の方を開く。唄方くんはチラリとそれに目を遣り、

「右手で良いですよ、今日のところは」

 そう言って無理やり赤坂の右手を開かせて握手をする。赤坂の両手は手錠でくっ付いてしまっているので、唄方くんの右手を両手で挟むような構図になる。

 それを見て私はやっと理解した。今日ずっと唄方くんの様子が変だったのは悲しかったからに違いない。現場を見て尊敬していた者が恩人を殺した犯人だと知り、それを知りながら上層部の命令で試験官にされた自分は推理ができないという矛盾が彼に例えようの無いやるせなさを感じさせていたのだ。

 出来れば自分の手で犯人を仕留めたかった。そんな本音が背中から伝わってくる。

「……お前が最後だぞ」

「ええ、そうですね」

 二年前まで彼らが掲げていた正義。ある者のそれは偽物で、ある者のそれは今日燃え尽きた。残ったのは一人の探偵。

 唄方くんは彼らの強引な正義を引き継ぐのだろうか? 手段を選ばず悪を罰する彼らの正義を。

 もしそうするのなら私も一緒に継ごう。彼には少々重すぎるかもしれない正義も、私が手を貸せば支えられるかもしれない。

 ――だって私も今日からギャンブラーなんだから。

「それじゃ、バイバイだ」

 固く握った手を放し警部と京橋刑事と一緒に舞台を下りる赤坂。階段の途中で立ち止まると彼は私の方を振り返った。

「良い推理だったぜ、嬢ちゃん。俺の負けだ」

 それだけ言うと後はまったく名残惜しそうな素振りは見せず、赤坂は暗い観客席の間へ消えて行く。

 何か言わなくてはいけない、急にそんな強い衝動に駆られた。

「また戻って来て下さい! 罪を償ったらまた鉄火場に帰って来てください!」

 大勢のゲストが目の前に居るのも気にせず私は叫んだ。出せる限りの大きな声で去りゆくその殺人者に呼びかけた。

 赤坂はもう振り返らないと決めていたのだろう。聞こえない振りをして歩いて行く。

「赤坂!」

 彼は立ち止まらない。歩幅も速度も均一に出口の扉へ向かう。

「赤坂探偵!」

 ピタリ。

 赤坂の足が止まる。多分私が彼に敬称を付けて呼んだのはこれが初めてだった。

「……約束して下さい」

 今の彼に私が言える精一杯の言葉だった。彼は身勝手な理由で人を殺し、私はそれを許せるとは思っていない。でもそう割り切ろうとすると心の中で何かがモヤモヤする。

 だから約束をしたい。いつかこのモヤモヤがはっきりしたらまた会いたい。そんな事を考えていた。

 ――スッ

 赤坂探偵が手錠で縛られた両手を頭上に持ち上げた。その手には一本だけ立てられた右手の小指。――指きり。

 私も真似をして右手を上げ小指を立てる。背中を向けたままの赤坂探偵には見えないと分かっていても、何かサインで返したかった。

 横でも小指を立てた手が上げられるのを見てそっちを向くと、唄方くんが黙って私の真似をしていた。口元は微妙ににやけていて普段の彼に近い顔つきに戻っている。

 数秒間そうしていた後赤坂探偵は扉を開けて出て行き、私と唄方くんも手を下ろす。

 ――「ただ事件を解決するだけで終わらない。その背景を想って、悔んで、悩む事が出来る仲間が自分は欲しかったんです」――唄方くんが私を説得する時に言っていた言葉。これってこういう事なんだろうか?




 ――事件は終わった。ゲストたちも警察も皆引き上げ、劇場に残されたのは私と唄方くんだけになる。

「さて、黒御簾さん」

 完全にいつもの調子に戻った唄方くんが話しかけてきた。

「黒御簾さんの就職祝いも兼ねて食事でも行きますか? 臨時収入が入ったんですよ」

 臨時収入? 何それ? と訊こうとしたところで思いつく事があった。

 確か私が推理をする前に発表された各受験者への賭けた人数のグラフ。あの中で一人だけ私に賭けてる人が居たような……。

「もしかして唄方くんが?」

「さあ? 賭博参加者のプライバシーに関する質問には答えられませんね」

 悪戯っぽく言って出口へ向かう唄方くん。私はそれを追いながらしつこく質問する。

 形式上尋ねていたけど私には確証があった。このちょっと変わった探偵さんは私の事をずっと信じてくれていたんだ。その事が言い表せない程嬉しい。

 ドアを開けて鉄火場の大ホールに出ると、正面で九谷さんが待機していた。手錠はちゃんと外れている。

「黒御簾さん、いや黒御簾探偵。無実を証明して頂いて本当にありがとうございました。何とお礼を言って良いのやら」

 そう言って一礼する。彼女らしい冷静で丁寧な言い方だった。そんなに真面目腐ってやられるとこっちも照れてしまう。

「良いんですよ! 私は当たり前のことをしただけなんですから!」

 照れ隠しに私は両手を大きく振る。

「このご恩は一生忘れません。ところでお二人に呼び出しがかかっていますよ」

「呼びだし?」

 首を捻る唄方くん。一体誰からだろう?

有田(ありた)所長からの伝言で『至急会議室まで来なさい。あとイチャイチャは禁止。個人的にむかつきますので』との事です」

「イ、イチャイチャなんて!」

 不意打ちも不意打ち、予想外のタイミングでそんな事を言われたので私は動揺して口走った。唄方くんはと言えば短く溜息をついてどこかへ歩き出す。

「気にしないでください。所長は自分が婚期を逃したからそういう話題に噛みつきやすいんです」

「所長……そう言えばさっきの有田さんって?」

「鉄火場所長・有田ありた たくみ、ジョーカーのIDカードを持つ男……」

 唄方くんは壁に沿って歩いて行き一つのドアの前で立ち止まる。そこには衛兵のようにディーラーが一人ずつ立っていて、唄方くんの顔を見ると一礼してドアの両脇に動いて道を開けた。

「つまりこの鉄火場の最高責任者です」

 唄方くんがそのドア、会議室の入口を押し開けた。




                 第二の事件(セカンド・コンタクト) END.

第二の事件完結です。

ここまで長い話に付き合って頂き本当にありがとうございます。物語的にはこれでやっとスタート地点です。息切れしないようにがんばります。


こっそり用語集ページの挿絵を入れ替えました。影が濃いようで薄かった奈々子です。

個人的にはお気に入りキャラなので絶対活躍させます。他の数札持ち連中も登場してきっと活躍します。


それでは第三の事件でお逢いしましょう。以上、閂でした。

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