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テッカバ!  作者: 閂 九郎
CASE2 たった一つの冴えた殺り方
14/19

BET-13 試験は続行します

「……また君たちか」

 くたびれた帽子を押さえつけるようにしながら信楽警部が言った。

 それはこっちの台詞である。

「また、刑事さんですか」

「だから刑事じゃなくて警部なんだが……」

 ため息をつく警部。もうこのやり取りもお約束である。

 警察が信楽警部を先頭に入って来たのは2、3分前。現れた方向的に私たちと同じゲームセンター側入口からやって来たらしい。いい大人がぞろぞろとゲーセンの中を大挙して通って行く光景はきっとかなり滑稽(こっけい)だっただろう。

 警部はもう一度大きくため息をついてから、死体のあるステージの上へ脇の階段を使って上って行ったが、そこに先客が既に居た。

「すごいすごい! やっぱルミノールってすご過ぎ! だてにC8H7N3O2なんて美しい化学式してないわぁ。吹きかけるだけで血痕を青く浮かび上がらせるなんて、あなた無しじゃ犯罪捜査は出来ない! どれぐらい必要不可欠かと言うと……」

「黒御簾君、何だね? この死体に薬品かけながら大はしゃぎしている子供は」

 ナイフが肋骨と水平方向に刺さった死体の胸元に薬品のスプレーをかけて青白く光らせている奈々子を見ながら、しかめっ面をして警部が訊いてきた。それをまったく意に介さず嬉々とした面持ちで奈々子は神田さんの死体にいろいろな薬品を使い始める。

 この子、いつの間にか白衣を着て完全に鑑識のおじさんの仕事を奪っている。「科学色の小悪魔」の異名は伊達(だて)ではないようだ。

 私に訊かれても困る。私だって彼女とは今日会ったばかりだし、彼女の奇人っぷりには閉口しているのだ。

「一応言っとくとその子大学生です。子供にしか見えないと思いますけど」

「黒御簾君、冗談は良いから早くこの中学生を退けてくれ」

 あー、もうしょうがないな。

 私はステージに上がって奈々子の両腕を後ろから掴んで客席に引きずり下ろす。入れ替わりで鑑識のおじさんたちが死体の周りに行く。

「何すんの! ミッスン!」

「次そのあだ名で呼んだら鉄拳制裁。可愛いからって何でも通ると思うんじゃないわよ」

 ブーブー不満を言う奈々子を唄方くんを呼んでなだめてもらい、私は警部との話に戻ろうとした時だった。一人の女の人がこちらにやって来た。

 受験者の一人、株トレーダーの京橋望さんだ。

「信楽先輩、マークするよう頼まれていた男が会場の外へ向かってます」

「うむ、出口は封鎖してあるから問題ない」

 見知った雰囲気で会話する警部と京橋さん。

 何で京橋さんは警部の事を知ってるの? それにマークしてる男って?

「おお、言い忘れていたね。京橋君は実は私の部下なんだよ」

「部下って……刑事!」思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「そうよ。三日前の事件の時も捜査に参加してたんだけど、気付かなかった?」

 全然。悪戯っぽく笑う京橋さん。

「今回の採用試験で何か起こると踏んだ警察上層部の命令で受験者として忍びこんだのよ」

「何かって何ですか?」

「不正な採用。今回の試験官であり、被害者でもある神田だけどギャンブラーという立場を悪用して裏でいろいろやってたらしいの。だから今回も必ず彼にとって有利な人材、つまり彼の手下を無理やりにでも合格すると考えたわけ」

「誰かって?」

「消去法で考えてみろ」

 いきなり例の態度は悪いけど頭脳派探偵、赤坂が割り込んできた。

「受験者は四人。お前でも無くこの女刑事でもなく俺でもなきゃ誰だよ?」

「……あの影の薄い塾講師!」

「そう、上野だ」

 信楽警部が後を受ける。

「京橋を除く受験予定者の身辺を部下に調べさせたところ、上野氏は亡くなった神田氏と頻繁に連絡を取っていた。だから試験で不正が行われないよう京橋君が見張っているはずだったのだが……」

 じっとりした横目で警部が京橋刑事を睨む。

「……すいません。いきなり目の前で事件が起こって動転しちゃって、何が起こったかよく覚えてません」

 仕方ないよね。私だって二度目じゃなきゃこんなに落ち着いて無い。

 落ち込んだ様子の京橋刑事に赤坂が追い打ちをかける。

「へっ。気にするな刑事の嬢ちゃん。どうせあんたが見て無くても会場中があの女の犯行を見てたんだからなあ。あんたが役立たずでも事件は解決するさ」

 ますます落ち込む京橋刑事を放って私たちは赤坂が向いた方を視線で追う。

 複数の刑事に囲まれ、取り調べをされている九谷さん。さっきモニターの前で会った時とは打って変わってひどく焦っている様子だ。

「私じゃありません! 私確かに試験の手伝いとして神田さんを刺すパフォーマンスはしましたけど、あれは血糊を破るだけの刃の無い偽物のナイフです!」

「しかしねえ……実際君が被害者を刺す所を見て、君が自分でやったって言った直後に被害者の死亡が確認されてるしねえ」

 取り調べの刑事は明らかに信用していない様子だ。なんだか可哀そう。

「可哀そうですね、九谷さん」

 やっと落ち着いた奈々子を従えて唄方くんがやって来た。

「彼女犯人じゃないのに」


 ザワッ!


 その場に居た全員が驚いて彼の顔を凝視した。

 ――まさか唄方くん……何言ってるの?

「おいおい、何言ってるんだよ唄方」

 赤坂がそんな馬鹿なという口調で唄方くんの肩に手を置いた。

「さっきの俺の推理聞いてただろ? あの女だって自分が刺したって大勢の前で自白したんだ。どう考えてもあのディーラーが犯人だろ?」

 馴れ馴れしい態度で私は思い出した。赤坂は元数札持ちのギャンブラー。唄方くんと面識があってもおかしくは無い。

 しかし唄方くんの方はあくまでいつも通り、慇懃無礼な口調で、

「聞いてましたよ。確かに九谷さんは刺しましたが、あくまで試験の為のパフォーマンス。つまりこの作り物の謎を用意した神田さん自身の命令です。彼女は犯人じゃありません」

「けっ。相変わらずふてえ野郎だな」

「あなたも一年前、不祥事でクビになった時から変わらず態度が悪い人ですね」

 叱りつけるように唄方くんが鋭く言い放った。

 ……一年前、不祥事でクビ?

 私は詳しく聞こうと思ったが、場がそういう雰囲気じゃない。

「……とにかく俺はあの九谷ってディーラーが犯人だと主張し続けるぜ」

「そうですか。それがあなたのこの試験に対する答えで良いですね?」

「試験だと?」

 背中を向けていた赤坂が唄方くんの方を振り返る。

 唄方くんはポケットから携帯を取り出すとメールフォルダを開いて私たちに見せた。

「この通り、たった今鉄火場上層部から命令が来ました。自分、唄方道行を代理の試験官として試験続行だそうです。もちろん扱う事件は神田探偵の刺殺事件、ゲストも会場に戻して賭けも再開するそうです」

 ――何ですって!

 私は唄方くんに詰め寄るが、赤坂の方が早かった。

「ふざけるんじゃねえ! 人一人死んでるんだぞ! 試験も賭けもやってる場合じゃねえだろ!」

「……何を言ってるんですか? 赤坂元探偵」

 「元」の部分を強調して唄方くんが言う。

「人が死んだからこそ賭けを開始して真相を探る。それが我々鉄火場でしょ?」

「……くっ」

 正直、私は唄方くんの言う事が納得できなかった。

 赤坂はムカつく奴だけど言ってる事は正しい。殺人事件が実際に起きちゃったのにそれをネタにして賭けだなんて……私には理解できない。

 何も言えない私たちに唄方くんは淡々と続けた。

「期限は今から三十分後です。それまでに各受験者は現場を調べて自分なりの真相を探しておいて下さい。それと祐善さん」

「はい! これだよね」

 唄方くんの後ろから出て来た奈々子が私と京橋刑事、赤坂に同じ書類を渡す。

「この科学色の小悪魔、奈々子ちゃんが科学捜査で調べた結果の報告書。資料として渡しておくね」

「……随分分析結果が出るのが早いな」

 帽子の位置を直しながら信楽警部が言う。

「鑑識の連中でもまだ報告書を出してないってのに」

「鑑識? この科学の申し子と一般ピープルを一緒にしないでよ! おじさん」

 奈々子は得意気にピースをした。

 本当、警部の言う通りこの子は子供にしか見えないんだよな。胸以外。

「とにかくそう言う事なんで、逃げ出そうとしたっぽいあの塾講師の人にも伝えといて下さいね」

 そう言うと唄方くんは一人で劇場を出て行ってしまう。

 残された私は奈々子の報告書を持ったまま黙って彼の後ろ姿を見送った。



「ねえ奈々子、どう思う?」

 仕方なく神田さんの死体を調べる為にステージに上がる。暇そうな奈々子も一緒だ。

「私も赤坂の言う通り九谷さんがやったとしか思えないんだけど……」

「でも、ミッチーは違うって言ってたよ?」

「うん、そうなんだけど……」

 私は丁寧に手を合わせてから神田さんの死体の前にかがみこむ。大分乾いたのか血の匂いは薄まってきたようだ。

 別にさっきから遠目に見ていた時となんら変わらない。ナイフの刃が横向きで胸元に刺さっているだけ。ダイイングメッセージらしいものもない。

「そりゃ心臓刺されたら即死でしょ。叫ぶ暇すらなかったと思うよ」

 そう言ってあくびをする奈々子は暇そうだ。

 私は奈々子の報告書を取り出して死体と見比べる。

『死体に付着した血液はルミノール反応により本物と血糊とが混ざっている事を確認。凶器のナイフに指紋は無し。その他不自然な事は無し』

 要約するとこんな感じ。実に簡潔な内容でよろしい。

 やっぱり黒コートを着ていた九谷さんが私たちの目の前で殺したとしか思えない。でも唄方くんは違うと断言する。

 ――となれば、必ず何かおかしな事があるはずなんだけどな。

 私はゆっくりあの時の事を思い出す。

 黒いレインコートを着た人がステージ脇から来て、神田さんが刺されて、犯人が飛び降りて、会場がパニックになって、……

 その瞬間、私は気付いた。明らかにおかしい事があった。

 そしてその矛盾(むじゅん)の意味するところを考えて……私は確信した。犯人は九谷さんではない。

 しかし問題は証拠だ。もし私の考え通りだとすると犯人には最強の逃げ道が存在する。そこからも逃がさないだけの方法があれば……あった。

 私は再び奈々子の報告書を見て、死体も確認。うん、この順番で追い詰めれば完璧。

「ありがとう奈々子。おかげでこの賭け、勝てそう」

「へー。意外とミッスン頭良いんだ」

「どうでも良いけどそのあだ名は本当やめて」


 ――そして、私の初めてのギャンブラーとしての戦いが始まった。

どうも、作者の閂です。

次回はいよいよ第二の事件の解決編です。もう当然犯人は分かりましたよね?

万が一犯人が分からない方が居た時の為にヒントを出したいところですが、今回はあまりに簡単過ぎてうまくヒントが出せません。

強いて言うなら由佳の真似をしてみて下さい。

事件が起きた時の事を辿り、今の状況と比べる。明らかに不自然な点があるはずです。気付けば答えは出たも同然。

もうお分かりですね? 作者でした。

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