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その1

「駄目よ!!!!」

 思わず百合は立ち上がり、スマホに向かって叫んでいた。


 あ、やばっ……


 それまで慌ただしくオフィスの中を動き回っていた同僚全員が石化したように固まり、百合の方をギョッとした目で見ている。


「アハハ……コホン、失礼……」

 笑って誤魔化してから咳払いするとすぐにいつものクールな面持ちを取り戻し、何事も無かったかのようにデスクに座り直した。


「駄目よ、その練習試合絶対に断って!!」

 百合は背中を丸めてデスクに置かれたパソコンのモニター画面に顔を隠し、ヒソヒソ囁いて小林にそう伝えた。


 両隣の女子社員達には丸見えの丸聞こえだったが……


「お、おい……馬鹿な事言うな!!

 もう受けた話だ、今さら断れんぞ!!!!」

「断れないって……どうして私に何の相談も無しに!!!!

 彼等と戦うにはまだ早すぎる、今戦っても力の差を見せつけられるだけ、それなのに……」


「うっ……ま、まぁ言いたい事は分かるが……」

「そう思うなら今からでも断ってよ!!!!」

「そ、それが……その……」


 とある河川敷のサッカーグラウンド。


 大量の羽虫が集うオレンジ色の照明が照らす中、社会人に混じって一心不乱にプレーする姫野の姿がそこにあった。


 自分の年代では恵まれた体格の部類に属する姫野だったが、流石に一回りも年齢の違う社会人の中に入ってしまってはそういったアドバンテージが一切掻き消される。


 それでもゴール前でパスを要求し、ピッタリへばりついたままのDFを鮮やかなフェイントで翻弄すると、ポッカリ空いたシュートコースへ力強く右足を振り抜きゴールネットを激しく揺らした。


「ナイッシュー!!!!」

「やっぱすげえよ、お前は……

 もうどっかのユースでも通用するんじゃないか?」

 たった今シュートを決めた姫野にチームメイト達が次々と群がってくる。


 姫野の方も彼にしては珍しく、少しばかりの笑顔を見せて喜びを表現しているようだった。


 ユースでも通用、か……

 悪ぃけど現実はそんなに甘かねぇ

 俺の目の前にはムカつく邪魔な奴が大勢いる

 まずはこの間の借り(・・・・・)をキッチリ返させてもらわねぇとな……


 それにあの女……

 後5点だと?ふざけやがって……


 なら……俺が全部もぎ取って黙らせてやる!!!!


「もっと俺にボールを集めてくれ!!まだまだ点取りに行くぞ!!」


 笑顔を見せたのは一瞬だけ。

 姫野は貪欲なまでに自分を奮い立たせると、さらに今度はチームを鼓舞して勢い付ける。


 ピッチ上では最年少の彼だったが、ゲームを支配していたのも間違いなく彼であった。


「おい!!このポンコツども!!

 中坊なんぞにやられてヘラヘラしてんじゃねえ!!

 ブチ◯すぞ!!」


 たった今失点したばかりだというのに、ダラダラ談笑しながらスタートポジションに戻っていくビブス組。

 そんな彼らの態度に堪忍袋の緒が切れたのか、ベンチに座る一人の男から激しいカミナリが落ちた。


「!!!!……お、おし!!取り返すぞお前ら!!」

「お、おおっ!!!!」

 その怒鳴り声にビブス組は一人残らず震え上がった。


 背筋がピンと伸び、緩みきった表情は消え失せ、代わりにそれまでの彼らにはまったくと言って良い程無かった緊張感というものが漂い始めた。


「まったくよぉ、チンタラしやがって……」

 年の頃は70に差し掛かったといったところだろうか。


 真っ赤なキャップに大きめの薄色サングラス、侍ブルーのユニフォームを身に纏い、清潔さを微塵にも感じさせない無精髭を蓄えたその男は、片膝を立てながら一人乱暴にベンチへと腰掛けていた。


 男の名前は中山廣和(なかやまひろかず)


 過去、実業団サッカーチームに所属していた経歴を買われ、地元商店街で働く若者中心に構成されるこのサッカーチームの監督を務めていたのだった。


 ……にしても優の奴、最近プレースタイルが随分と変わっちまったじゃねえか……


 確かに得点はした。


 だが、姫野のそのプレーを目の当たりした中山はどうにも納得がいかなかった。


 もっと泥臭い小僧だと思ってたが……

 このところ随分と見映えのある派手なプレーばかりするようになっちまったな


 今のだって無駄なタッチが多すぎる

 ゴールを最優先に考えてたプレーじゃねぇ……


 確かにテクニックはスゲェがあれじゃあ「どうぞボールを奪って下さい」って言ってるようなもんだ……


 あんなパフォーマンスみてぇなことばっかりしてたらきっと次はねぇぞ?


「優に持たすなって!!早く止めろ!!削れ!!」

「だから早く止めろって!!早く!!ファウルしろ!!」

「おう!!任せっ……あぁっ!!嘘!!!!」

「おおっ!!!!ナイッシュー!!!!」


 そんな彼の思いとは裏腹に、姫野は直ぐ様2点目を豪快に叩き込んだ。


 見事に当てが外れた中山はベンチでズルリと腰を滑らせ、文字通り天を仰ぐ格好になっていた。


「……」


 フフ、それでもうちのチームにゃアイツを止められる奴はいねえか……


 中山はずっこけたままの姿勢で満天の星空を見上げ、うっすらと嘆きの笑みを浮かべた。


「お疲れー」

「じゃあまたなー」


 時刻は19時30。


 練習後のトンボ掛けも終了し、皆がゾロゾロとグラウンドから引き上げていく。


 姫野も汗だくになった上着をサッと着替え、グラウンド脇に停めてあった自分の自転車へと向かった。


「おい優!!」

 ちょうどサドルに股がった姫野を中山が荒っぽい口調で呼び止める。


「……?何だよ中さん」

「お前ちょっとメシ付き合え、少し位なら良いだろ?親御さんには俺から言っといてやる」

「付き合えって……俺自転車……」


「そんなに大した距離じゃねぇ、トレーニングだと思って付いてこい!!」


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