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その4

「……ああ、そうだ……うん、何名かいるぞ……

 皆で話し合ってるんじゃないか?

 本当は休みだから駄目なんだけどな……

 勝田がグラウンド使わせてくれって言うから……」

 小林が3階の教室からグラウンドを見下ろしスマホで電話している。


「ふーん……

 しっかり休めって言ったのに皆馬鹿が付くほど真面目ね……

 でも、どうせ姫野君と松山君はいないでしょ?」


 電話の相手は百合だった。


「こっからじゃ誰が誰だか分からん……」

 全てお見通しのような百合の言葉に小林はその目を凝らしてグラウンドを凝視するが、豆粒サイズの人影を追ったところでどれが誰なのかまるで見当が付かなかった。


「フフ……まぁあの二人ならきっといないハズよ

 プライドと偏見の塊みたいな子達だし……

 それに……人の言う事を素直に聞くようなタイプでもないしね

 恐らく……今頃自分一人で答えを見つけようとムキになってるでしょうね」

 百合は見るまでもないといったように、軽く笑ってそう言った。


「ふぅむ……まぁ言われればそんな気もするな……

 ところで百合……その……俺にだけは教えてくれないか?

 彼らに足りないものってやつが何かを」

 小林はグラウンドを見つめたまま気後れしたように言った。


「叔父さんも分からないの?」

「正直まったく分からん……

 試合を見てても俺には凄く良い試合だったとしか……恥ずかしながら素人目にはさっぱりだ」


「……別にこれといって無いわよ」

 百合はサラっとそう答えた。


「え??無い??……無いって……何が?

 一応俺はあいつらの為にも答えを知っておきたいんだが……」

 小林は理解が追い付かず、キョトンとして聞き返した。


「だから……別に答えなんて無いわ

 昨日の対戦相手は決して弱くない……

 それなのにあと5点も獲ろうだなんて……きっと上州学園にだって厳しい筈

 各個人レベルで見れば、言いたい事は山ほどあるけれど……

 チームとしては上出来、不慣れな新システムで本当に良くやったと思うわ」


「???……じゃあ何だってあんな言い方……

 ん!?ひょっとして……あいつらはずっと見つからない答えを探してるって事か?」


「そういう事になるかもしれないし、ならないかもしれない……」


「……トンチはいい、お前は一体何がさせたいんだ?」

 押し問答のようなやり取りが続いたせいなのか、小林にしては珍しく、ほんの少しばかり苛立っている様子だった。


 そんな彼を特別気にかけるといった事もなく、百合はただ淡々と質問に答える。


「答えは無いと言ったけれど、それは私に限って言えばの話……

 昨日ピッチに立った彼等には、ベンチの私からは見えない景色が見えている……

 獲れない筈の後5点、無い筈の答えが……

 実際に戦った彼等なら見つけられるかもしれない……この年代の子達には可能性しかない


 彼等は間違いなくまだまだ伸びる

 重要なのは答えを見つける事じゃない

 考える事……


 今考える事を止めたらせっかくの成長もそこで止まってしまう……

 だから、良い試合をした時こそまだそこには先がある事を教えるの……

 全ては勝ち上がるためにやっている事よ」


「お、お前……

 そうか……何だか胸にジーンときたぞ

 とてつもなく理不尽っぽい感じもするが……」

 良くも悪くも振り幅の大きい、実に単純な男であった。


「一言余計じゃないかしら……

 で、話ってなんなの?」

「おおっ!!そうだ!!聞いて驚くなよ、決まったんだよ……フッフッフッ……」

「こっちは仕事で忙しいのに随分勿体ぶるわね……何が決まったのよ?」

「あぁ、すまんすまん……つい……ムフフ……

 さっき学校に連絡があってな、練習試合の申し込みがあったんだ……

 何とビックリ、あの上州学園からだぞ!!!!」



「……だから、あそこでお前がカバーリングしないからあの時縦を突破されて……」

「……じゃなくてよ、中野が一人で突っ込みすぎなんだよ、藤波がちゃんとブレーキ駆けてやらねえとアイツは……」

「……もう少し真ん中で溜めを作って欲しいよね、そうすれば攻撃に厚みが……」

「……どうしてもボールが右に集中するから左サイド側の攻撃が薄くなるんだよな……」

「……そこで……フリーになって……すれば……」


 少年達は時間もすっかり忘れ、ボールと戯れながら昨日の試合を振り返っていた。


 気付けば18時を少し回った所。


 日も沈みかけ、空はいつしか暗みのかかったオレンジ色に染まり、照明がつかないままのグラウンドはすっかり影に覆われていた。


 紘は2年生達の作る輪の中に入ってはいたが、口を塞いだままですっかり空気と化し、足下に転がってきたボールをただ蹴り返すだけの存在になっていた。


「……江藤のカットインと柳井のクロス……

 それと高木のミドルシュートをもってきたとしても1,2点獲れれば上出来って感じだな……

 もっと攻撃の精度を上げつつバリエーションを増やしてかなきゃとても後5点なんて……」

 藤波が足下でボールを止めて言った。


「ボールも見づらくなってきたし、とりあえず今日はもう終わりにして続きは明日にしようか……

 明日なら全員揃うしな」

 藤波の言葉を受けて港が切り出した時だった。


「ちょっと待て!!!!まだだ!!!!」

 柳井が港の声を掻き消すように大声で叫んだ。


「何だよ!?もう早いとこ帰ろーぜ!!」

 いきなりの大声に一同が驚いて静まり返る中、勇人はただ一人ウンザリしたような顔で口を開いた。


「まだもう一つあるじゃねえか、昨日の試合で後1点は獲れてたかもってシーンがもう一つだけ……」


「……もしかして小川のアレ?」

 高木が小首を傾げて尋ねる。


「違う!!あんなど素人のミスは論外だ!!そうじゃねぇ……なぁ稲葉、お前はもちろん分かってるだろ?」

 柳井が紘をギロリと睨み付ける。


 柳井のその言葉がスイッチとなったのか、2年生達の視線が一斉に紘へと注がれる事になった。


 うっ!!!!

 みんなが俺を見ている……白い目で……


 紘の背中にかつてないほどの戦慄が走る。


「そういやそうだった……

 小川の珍プレーの衝撃ですっかり忘れてた

 せっかくあの時ゴール前でフリーだったのに」

 前髪で隠れた両目を怪しく光らせ藤波が呟く。


 ヤバい……

 あの超温厚な藤波先輩が殺気を放ってる……

 俺、一体どうなっちゃうんだ?


 ジリジリと押し寄せる上級生のプレッシャー、紘はゴクリと生唾を飲み込み苦笑いを浮かべるしかなかった。


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