その3
『いい?私からは一切何も言わないわよ
自分達で考えるの……
今日の試合でアナタ達に何が足りなかったのかを』
去り際に百合が残した言葉だった。
足りないものか……
俺にだったら……度胸だけじゃない、そんなのいっぱいあるけど……
先輩達のプレーに足りないものって一体何だろう?
はっきり言ってメチャクチャ良い試合してたと思ったけど……
部室で一人、紘はTシャツ短パン姿に着替えながら昨日の試合を振り返っていた。
それでもどうしても答えは見つからない、分かるのは自分に足りないものばかり。
霞がかかったように頭はモンモンとしたままだったが、とりあえずスパイクの紐をギュッときつく締め駆け足で四人の元へ向かう。
「コーチは後5点は取れたって言ってたよね、まずはゴールをイメージしてさ……そこまで辿り着く経緯を遡っていけば答えが出るんじゃないの?」
姿を見せた紘にパスを出しながら高木が言った。
……高木先輩頭良いなぁ
優し目のパスを受けながら紘はそう思った。
特別理知的な事を言っている訳でもないのだが、このメンツではどうにもインテリジェンスを感じざるを得ない発言だった。
「おお、なるほど……」
高木の言葉には柳井もえらく感心したようだった。
「そりゃやっぱお前がバテなきゃ良かったんだよ、サイドからもっとボール入ってたら後1点は確実に取れてたぜ?」
薄ら笑いを浮かべた江藤が柳井にチクリと刺す。
「まだ言うかテメエ!!!!」
「頼むから仲良くやろうよ……」
「二人がそんな感じなら俺帰るよ?」
収集の付かない集まりであったが、紘を含めた五人は自然と新しい形の輪を作り、その中でパスを回しながらの様々な意見交換が行われ始めた。
……基本的には江藤と柳井のけなし合いだったが。
「ゴールをイメージって言ったのに結局二人ともお互いの文句ばっかりだな……
……稲葉、お前は?
お前が外から見てた時、俺達のプレーを見て何か感じた?」
江藤と柳井のやり取りにうんざりした顔で港が紘に振ってきた。
「え!?……先輩達のプレーッスか!?
あの、その……」
いきなりの質問に面を食らい、足下に転がってきたボールを後ろに逸らしてしまった。
「遠慮しなくていいよ?別に俺達への文句だって良い」
高木は優しくそう言うと、紘が逸らしたボールに大きく弧を描きながら回り込み、江藤と柳井を壁に見立てて二人の背後にあるゴールへと緩めのシュートを放った。
「あっ、くそ」
ゴール左上の隅を狙った高木のシュートは江藤と柳井の頭上を越えると、大きく左へ剃れてそのままボールは枠を外れてしまった。
「自取りだ自取り、下手くそめ」
「フリーキッカーのくせにこんな距離で外すんじゃねーよ」
江藤と柳井が走ってボールを追い掛ける高木を小馬鹿にするように笑いながら言った。
つーかエグい程ボール曲がってたな……
逆にこの距離で外せるとか……
まさに変態カーブだ……
紘は、外しはしたが気持ち悪い程よく曲がる高木のカーブシュートに思わず見とれてしまった。
「おい、ボケッとしてねーで早く何か言えよ」
柳井が高木のシュートの余韻に浸っていた紘に向けて言った。
うっ……
そ、そうだった……何か、何か言わねーと……
「あ……あの、もう少しみんな声を出した方が……」
「声!?声だと!?
声なら充分出してるだろーが!!!!
テメーにはそれが聞こえてねーってのか!!!?
それじゃねえ!!!!他!!!!」
「!!!!……ッスよね、ハハハ……」
やっちまった……
グラウンド一帯に響き渡る柳井の怒号、紘は苦笑いして誤魔化すしかなかった。
「声か……そういや俺のコーチングとかちゃんと聞こえてるのかなぁ?どうもあんまり聞こえてないような……」
「しっかり聞こえちゃいるけどよ、俺らだって自分で考えて動くからな、そりゃ指示通りに動けない時だってあるに決まってるじゃねぇか」
港が首を傾げて独り言のように呟いたが、柳井は当然だと言わんばかりの口調で寄せ付けない。
「そ、そうか、ごめん……」
「そうそう、分かりゃ良いんだよ……ってすぐに謝んじゃねーよ!!別にお前がどーのって言ってるわけじゃねぇだろが!!
肝心のお前がブレブレでどーすんだ!?
しっかりしろよな、このへっぽこキャプテン!!」
「そ、そうだな……俺がキャプテンなんだからしっかりしなきゃ……ごめん、悪かった!!」
「……だからよぉ」
呆れるばかりの柳井だったが「ごめん、悪い、姫野に聞いてみる」港にとってこの3つのワードは口癖と言うより最早酸素と同様、彼が生きる上で必ず必要とされる無くてはならないものであった。
キャプテン勝田港、ポジションゴールキーパー。
ゴールを背にした彼は誰よりも勇敢な男であったが、ピッチを降りた瞬間極度の小心者へと早変わりしてしまう。
そのえらい変わり様がチームで1,2を争う強メンタルの持ち主である柳井にとって、相当なストレスである事に間違いなかった。
「でも港が言ってるのは意思の疎通が出来てないって事でしょ?一人一人が勝手に動いてたら組織じゃなくなってるって事だよね?それってかなり重要な事なんじゃないの?」
ボールと共に戻ってきた高木が軽い口調で言って江藤にパスを出した。
「まぁ全体が連動してなかった場面が結構あったからな……結局昨日も真ん中の奴らだけで試合決めてた感じだしよっ!!!!……っと」
江藤はそう言ってパスに合わせながら体を反転させると、ノートラップのままゴールに向かって思いっきり左足を振り抜いた。
ボールは轟音と共にゴールネットを激しく揺らし、一同は彼の放ったシュートの威力にしばし言葉を失った。
「……あのな、お前らの言ってる事は確かによく分かる、もの凄くよく分かる、俺だってそれはちゃんと分かってる、分かっちゃいるがよ……
それより……やい江藤!!
何でテメーはそれが試合中にできねーんだ!!
普段からもっとゴール狙ってけよ!!」
度肝を抜く程豪快な江藤のシュート、それでも昨日の試合は不発に終わってしまった。
柳井はそれがひどくもどかしかったのか、涙目になりながら激しく江藤に詰め寄った。
「ハハ……スゲエ……」
高木のカーブシュートにも見劣りしない江藤の強烈な弾丸シュート、紘は目を丸くしたまま驚きを隠せなかった。
「昨日もそのシュートがあったら後1点は堅かったな」
『!!!!』
ゴールに釘付けだった皆が、背後から聞こえてきたその声に後ろを振り返る。
視線の先にいたのは声の主である藤波、そして何故だかしかめっ面の勇人だった。
「何だよ……来ないって言ってたくせに……
やっぱり来たじゃん……」
高木が嬉しそうに目をパチクリとさせ二人の元へと駆け寄って言った。
「ハハ……まぁ帰っても特にする事無いしね……」
「俺は帰りたかったってのによ……コイツが無理矢理」
笑顔で応える藤波とは対照的に、勇人は口先を尖らせて不満タラタラに言った。
「それで答えは出たの?俺達が後5点獲るための答えは」
藤波は自慢のマッシュルームヘアを風になびかせながら港の方を見て言った。
「答えになるかどうか分からないけど……
幾つか課題は上がったよ……
でもなぁ……課題なんてまだまだありそうな気がするんだよな」
港は難しそうな顔をして腕を組み、深く考え込むも首を捻りながら答えた。
「せっかくナミと勇人も来たんだし……こうなったらみんなでしらみ潰しに探してこうよ」
引っ掛かりを感じている港に高木が明るく声を掛けた。