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その2

 

 ~翌日


「ハァー……」

「何だよ?こんなに気持ちの良い朝だっていうのにそんな深い溜め息ついちゃってさ」


 月曜日の登校時の事だった。


 颯太は隣で魂の抜けたようになっている紘に、いつも通り明るく尋ねた。


「昨日の練習試合……」

 ボソッと紘が呟いた。


「昨日の?それがどうしたんだよ」

「俺に付いてた相手DFかなり大きかったろ?

 俺、ビビって何も出来なかった

 昔からずっとそうなんだ

 デカイ奴が目の前にいると足がすくんで……


 昨日コーチにも……

 戦う気が無いって言われたし……」


「……」


「もうちょっとだけ、ほんとにあともう少しだけで良いから俺に身長があったらな……

 そしたらきっとビビったりしないのに……」


「紘……」


 135cm、中学1年生にしてはやはり紘の身長は決して高くないと言わざるを得なかった。


 そう嘆いてトボトボと肩を落としながら歩いていく紘に、図らずも恵まれた体格に生まれた颯太が掛けて良い言葉などどこにも見当たらなかった。


 ~放課後


「えっ?練習してくのか!?部活休みなのに!?」

「うん、悪いけど今日は颯太一人で帰ってくれよ」


「……そうか、分かった!!

 よし!!紘がやるってんなら俺も帰ってリフティングの練習でもするか!!

 程々に頑張れよ紘!!じゃあな!!」


 帰りの下駄箱、紘は颯太と別れ一人グラウンドへ向かって行った。


 デカイ奴にビビっちゃうなんて練習でどうにかなるもんでもないけどな

 背が伸びる練習でもあれば良いのに……


 あれ?誰かいる……


 運動部は全般休みのはずだった。


 紘が階段を登りきってグラウンドに入ると、誰もいない筈のそこでボールを蹴る数名の人影が目に入った。


 目を凝らさずともそれが誰かはすぐに分かった。

 港、江藤、柳井、高木の2年生4名だ。


 彼等はゴール前で小さなグリッドを作り、何やらワイワイ騒ぎながら賑やかにパス回しをしていた。


 うっ……柳井先輩がいる

 あの人結構キツイんだよな……


 紘は柳井の姿に気付くとグラウンドに入る事を一瞬ためらった。


 実は紘にはサッカー部で苦手な人物が3人いる。


 姫野、松山、柳井の3人だった。


 先輩として勿論尊敬はしているのだが、ただ単純にこの3人が苦手なのだ。


『お前みてーなチビは持ちすぎないですぐにパス回せ』


 入部したての時、柳井に言われた言葉。


 柳井にしてみれば別段傷付けるつもりなどサラサラなく、プレーにスピード感を持たせたくて言った一言だったのだが、コンプレックスをつつかれるように言われた方はたまらない。


 紘はそれ以来、なるべく柳井を避けるように部活動を続けてきたのだった。


「柳井……お前このままじゃ1年にレギュラー獲られちまうぜ?角とか笠原の方がよっぽど良い仕事してたじゃねぇか、すぐにへばるサイドバックとかよ……」


 気だるそうな表情の江藤が、まるで力の無いパスを柳井に出しながら言った。

 スリムなシルエットに無造作なボサボサヘアがズボラな彼によく似合っている。


「あ!?あんな10分やそこら出ただけの奴等と比べんじゃねぇ!!

 お前だっててんで駄目だったじゃねーか!!ちょっと当てられたくらいで簡単に倒れやがって!!

 寝ぼけた面してねーで試合中ぐらいもっとシャキシャキ動きやがれ!!!!」


 柳井はその言葉が酷く気に触ったのか、転がってきたボールを足下で踏みつけ江藤に向かって声を荒げた。

 江藤とは対照的なスッキリした短髪、黒々とした太い眉にギラついた視線、まさに男性ホルモンの塊のような男だった。


「お、おい……せっかく自主練しようってんだから仲良くやろうよ」

「喧嘩するってんなら俺、帰るよ……」

 港は情けない声で睨み合う二人を止めようとするが、一見女子とも見間違うようなアイドルフェイスの高木は我関せずとどこ吹く風だった。


「……キャプテン様の前で喧嘩なんてするかよ、ディスカッションってやつだよ、ディスカッション……ん?おい、あれ稲葉の奴じゃねーか?」

 柳井はそう言って港をやり過ごすと、グラウンドの入り口に突っ立ったまま固まっている紘の姿を見つけた。


「あ、ホントだ……オーイ!!稲葉どーした?帰らないのかー?」

 港がグラウンドに踏み入る事を躊躇していた紘に声を掛けた。


 ゲッ!!見つかった……


 うぅ、仕方ない、行くか……ここは適当に何か言ってすぐ帰ろう

 自主練はどこか他でやるか……


 見つかってしまっては先輩を無視して帰るわけにもいかない。

 紘はそう考えて四人に近づいていった。


「チ、チワッス!!」

「何だよ、もしかしてお前も練習しにきたのか?

 まぁ、昨日みたいに情けねえプレーばかりしてたら当然だけどな……」

 紘がうわずった声で挨拶すると、江藤は少しも悪びれずにそう言った。


 うっ……

 そういや江藤先輩も結構キツイんだった……


「あ、いや……その……」


「ったりめーだろ!!

 あの女に言われっぱなしで黙ってられるかってんだよ!!!!

 なぁ稲葉!!お前も勿論そーなんだろ!?」


 まごつく紘を遮って柳井が熱く問い掛ける。


「……ハハ、まぁ……そうッスね」


 あまりの勢いに引きつったままの笑顔で紘がそう答えると、柳井は「ほら見ろ」と言わんばかりに鼻を鳴らして得意気な笑みを浮かべた。


「そうか……じゃあせっかくだからお前も混じれよ、着替えがあるなら部室行って着替えてこい」

「……ウッス」


 港にそう促され、紘は部室へと向かった。

 しかし彼の足取りは随分と重く、まるでタイヤ引きでもしているかのようであった。



 やっちまった……


 違うんです、ちょっと部室に忘れ物があって……

 何故その一言が言えなかったのか……


 メンタルの弱い俺



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