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その1

 

「姫野っち」

「……何?」


「実は君にお願いがあるんだけど……」

「だから……何?」


 ある日の教室、休み時間での事。


 机の上でうつ伏せになって休んでいた姫野に、クラスメイトの小林真理子が何ともにこやかに話しかけていた。


「げっ!!真理子また姫野君に話し掛けてる……怖くないのかな?」

「ね、だよね?そう思うよね?私だったら絶対怖くて出来ない……」

「怖いもの知らずにも程ってもんが……」

 それを遠巻きに見ていた真理子の級友の女子達は、皆がそろって信じられないといったリアクションをとっている。


「で、でも同じ小学校だったみたいだし……もしかしたらアタシ達が知らないだけで実は凄い優しかったりして……」

 女子特有のヒソヒソ話に少しばかり罪悪感みたいなものを感じたのだろうか、その内の一人が姫野を擁護するとも取れる発言をした直後の事だった。


 ドガッ!!!!


 姫野が振り上げた拳を机に叩きつけ、喧騒を掻き消す程の強烈な衝撃音が鳴り響いたのだ。


『……』


 “もしかしたら本当は優しい人なのかも”彼女達が抱いた淡い期待のようなものはその一瞬で粉々に砕け散り、全員顔面蒼白になっていた。


「何で俺がそんな真似しなきゃなんねーんだ!!

 ふざけんじゃねえ!!!!」


 シーンと静まり返った空間に、姫野の怒鳴り声が轟く。


「何よ!!つまんない奴!!じゃーいいよ、友君にお願いするから、フンだ!!バーカ!!」

 だが、真理子はそれに臆することなく早口で言い返し、その美しい顔立ちをくしゃくしゃに歪めて教室から飛び出して行った。


「……チッ、最初っからそーしろよ」

「お、おい……姫野!!お前何小林さんに酷い事言ってんだよ!!!!許さねーぞ!!!!」

 そんな彼女を顧みる事もなく、姫野は再びうつ伏せになろうとするが、後ろの方で一部始終を見ていた勇人が何故だか泣きながら食って掛かってきた。


「あ?……ってお前何泣いてんだ?気持ち悪ぃ……」

「うぅ……くそ、俺も小林さんと一緒の小学校が良かった!!!!

 こんな冷酷な男なんかよりよっぽど俺の方が良い男じゃねぇか……」

「……ったくよ、じゃあお前がアイツの頼み聞いてやれよ」

「グス……え?頼み?」



「ね、ねぇ真理子大丈夫?」

「だから関わるなって言ったのに……」

「そうだよ、姫野君なんて爆発物と同じくらいに危険なんだから……」

 血相を変えて教室を飛び出した真理子に、友人達がワラワラと群がり一気に話し掛け始めた。


「うん……皆心配してくれてありがと、でもアタシが話し掛けるタイミングとかも悪かったかな……」

 当の真理子はすでに落ち着きを取り戻しており、姫野を気遣う様子さえ見せている。


「アンタが大丈夫なら……ねぇ?」

「う、うん、そうそう……」

「真理子泣いちゃうかと思ったよ」

 友人達はとりあえずでも彼女の無事を確認すると、ホッと胸を撫で下ろし安堵の表情を浮かべた。


「まぁアイツとは長い付き合いだからね……こんなのは慣れっこだよ」

 真理子はそう言って笑顔を見せたが、友人達の目にはそれがどこか寂しげで、酷く儚いもののように映り込んでいた。


「あ、あのさ……こんな時に何だけど真理子って……もしかして姫野君の事……」

 突然友人の1人が切り出した。


「……ってナイナイナイ!!!!

 アンタまた馬鹿な事言って……」

「真理子大丈夫だから!!!!

 アタシ達別に勘違いとかしてないから!!!!」

 直ぐ様残りの友人達が、それを取り繕うかのように慌てて否定する。


「え?好きだよ?フツーに……

 昔告白だってしてるし……フラれたけど……

 さっきも後輩ダシにして今度の記録会の応援に来てよって話したんだけどね、また断られちゃったな……」

 真理子はあっけらかんとしてそう答えた。


「!!!!……ふ、フラれたって……

 嘘!!嘘だよ!!嘘!!そんなの嘘だよ!!

 絶対無いって!!!!」

「あ、あんな冷酷な人間のどこが良いの???

 あんなの人じゃない!!

 人の皮を被ったマシーンよ、殺人マシーン!!

 きっと何人か殺めてるはずよ!!」

「そう!!そうだよ!!それにサッカー部ならもっと素敵な人いるじゃん、

 友君に藤波君、あと高木君とか……アンタならきっと誰でも選び放題だよ?

 いくらなんでも姫野君は無いでしょうが!!!!」

 真理子の返答があまりの衝撃だったのか、友人達は廊下で声を大にし喚くように騒ぎ出した。


「タハハ……まぁ良いじゃん、別に……

 私が勝手にアイツを好きなんだからさ、でも皆が言ってる事はよく分かるよ……

 アイツだって昔はもうちょっと笑ったりしてたんだけどな……」

 真理子は照れくさそうに笑って答えたが、姫野の事を口にするとその笑顔は少しずつ心許ないものになっていった。


 それから彼女は友人達に背を向け、一人窓の外を見上げていた。


 ズズッ……


 休み時間の騒がしい中でも、そっと鼻をすするような音が聞こえた。


『真理子……』


 姫野を想う彼女の一途で切なすぎる想いを知り、友人達はそれ以上何も言えなくなってしまった。


 真理子が窓から見上げた空を流れる雲がゆっくり千切れて飛んでいく。


 包み込むような柔らかい日射しが心地好い、とある午後の日の出来事だった。



「ってわけだ……良いな?今週の日曜日は空けとくように」



 席に着いたままの颯太を見下ろす格好で、勇人が偉そうに言った。


「は、はぁ……話は分かりましたけど……

 でも夏海に内緒だなんて

 不安が脳裏をよぎりまくるんスけど……

 う~ん、どうしたもんか……」

 颯太はイマイチ納得のいっていない様子でそう答える。


「はぁ……まったくよ……」

 勇人はガックリと肩を落とし、大袈裟な溜め息を着いた。


「え?いや……あの……」

 すっかり困り果て、やりようもなく坊主頭をポリポリ掻く颯太。


 すると勇人がクルリと背を向け、そして静かにこう尋ねた。


「いいか小川よ……

 前に教えたよな?

 お前にとって先輩とは一体どんな存在だ?」


「ウッス!!先輩は神様ッス!!」

 勇人の問いに、颯太は歯切れ良くそう返す。


「おぉ、素晴らしい……良いぞ小川、完璧だ」

「アザッス!!!!」

 百点満点の解答に満足気な笑みを浮かべ、再び颯太の方へと向き直した勇人。

 颯太もそんな彼の笑顔に応えるよう、得意気に笑って見せた。


 お互いにこやかに笑い合い、和やかムードになったと思われた次の瞬間、勇人は突然机の両端をガッと掴んで、颯太の目と鼻の先に自分の顔面を突き付けた。


「な、なな、な……なんスカ先輩!?」


 ドアップで迫る顔面の迫力に、思わず颯太の腰も引ける。


「なぁ小川、お前にとっての神様が困ってるんだ……お前はそんな冷たい人間だったのか?

 困ったままの神様を放っておくのか?

 神様は悲しいぜ?」

 勢いとは真逆、勇人の眉は情けなく垂れ下がり、懇願するような表情で颯太の心に訴えかけた。


「う、う~ん……神様が困ってるんスよね?

 でもなぁ、アイツに隠し事なんてなぁ……」

 颯太が顎に手を当て深く考え込んでいると、トイレに行っていた紘がひょっこり教室へと戻ってきた。


「あ、紘!!ちょっと相談に乗ってくれよ」

「え?何?……あ、チワッス、野沢先輩どーしたんスか?」


「おう稲葉、お前からも言ってやってくれよ……

 大場っていったっけ?

 今度の日曜、彼女の記録会の応援に行ってやれってよ」


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