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その3

「あ、そう言えばコーチ、そろそろあれについて教えて下さいよ」

 騒動の脇から高木がちょろっと口を挟んだ。


「……おお、あれか……そうだよな、いくら考えても2、3点なんだよな……5点なんてどうやったら」

「そうそう、漫画みたいな必殺技でもないかぎり後5点なんてな……」


 高木のセリフを皮切りに少年達の勢いは沈静化し、あれについて口々にし始めた。


「??……あれ?……あれとは?」

 百合がキョトンとして小首を傾げる。


「またまたすっとぼけちゃって……

 あれだよあれ、この間の試合の後に言ってた……」

 江藤がヘラヘラと笑いながら軽口を叩くように言った。


「え~っと……あれ……あれ……あれ……」

 百合はこめかみの辺りを指でトントン叩きながら、部員達が口にする「あれ」について必死になって考え込んだ。


『……』

「……ハッ!!!!」


 部員達が固唾を呑んで見守る中、彼等の言う「あれ」を思い出すと同時に、百合の背中には稲妻のような衝撃が走った。


「あ、あぁ、あれね、あれはそう……その……何て言うか……あの、それって今じゃなきゃダメかしら?」


 ま、マズイ……

 上州学園との事で頭が一杯になってすっかり忘れてたわ……


 しどろもどろになりながら何とか返すが、部員達は当然それに納得しない。


「今だよ今、どーしたんだよ?もったいぶってねーで早く教えてくれよ」


「皆あれから死ぬほど考えたんですよ、でもどうしてもぼんやりとしたイメージしか見えてこない……コーチ、お願いします!!俺たちに答えを教えて下さい!!」


「なぁ、もういいだろ?早く教えてくれよ!!」

「あ……あの、あれは何て言うかそのアナタ達を成長させるための……その……答は無いというか……ゴニョゴニョ」

「何ゴニョゴニョ言ってんだよ?全然聞き取れねーぞ?」

「そうですよコーチ、俺達脳ミソが筋肉痛起こすほど考えまくったんですから」


「だ、だからその……そうやって自分達で考える事が成長に繋がるというか……ゴニョゴニョ……」

 一向に引く気配を見せない少年達、それに対して百合はただ縮こまって口ごもるだけだった。


 用意された答えなど最初から無いのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが……


「あーもう、何言ってるか全然聞こえねーよ!!」

 いつまでも煮え切らない百合の態度に、勇人がイライラとした口調で叫んだ。


「……何かさっきから変じゃねえか?

 まさかとは思うがよ……ホントは答えなんて最初っから無くて、俺達がもがき苦しんでる様をどっかから見て楽しんでたんじゃねーのか?」

「え!?ハハ、何言ってんだよヤナ、そんな馬鹿な話あるわけが……ですよねコーチ?」

 百合の態度を不審に思った柳井がそう言って詰め寄るが、港は笑顔で彼の肩を叩き何とかその場を落ち着かせようとする。


「え?……えーっとまぁ……その……概ねあってます」


 港にフォローされた形の百合だったが、恩を仇で返すかのようにあっさりと柳井の言う通りだと認めてしまった。


『……』


 百合の返答にまたも脳の処理速度が追い付かず、少年達は思わず静まり返ってしまう。


「な、ほら言った通りだろ?概ねあってるだってさハハハ…………って最悪じゃねーか!!!!」

 そんな一瞬の静寂を切り裂くように、港のノリツッコミが炸裂した。


「ま、まじかよ!?……信じらんねえ!!あっさり認めやがった!!嘘だろ!?」

「何だそれ!!すざけんな!!俺達の貴重な青春を返しやがれ!!」

「な、何よ!!男のくせにゴチャゴチャとうるさいわね!!普段使わない脳ミソたっぷり使わせてあげたんだから良いじゃない!!それにそのおかげでサイドからの連携も良くなったんじゃないの!?」

「げっ!!また開き直りやがったぞ!!卑怯だ卑怯!!」


 少年達のボルテージは一気に上がり、本日2度目となる口喧嘩が勃発した。


「くっだらねえ……」

 姫野は吐き捨てるようにそう言って1人部室へと向かって行った。


 彼の後を追うように、石川と藤波の二人もやれやれといった表情を浮かべながら部室へ引き上げていく。


 残された者達による低レベルな言い争いは続き、静和中のグラウンドには大人の女と少年達の怒号が響き渡っていた。


「ど……どーすんだ?これ……」

「どーするって……こんなの俺たちの手に負えるはずが」

「うぅ……もうウチに帰りたい……」

 1年生部員達は収拾のつかないこの状況に慌てふためき、これ以上事が大きくならないようただただ祈るだけだった。



「アナタ達聞くタイミングが悪すぎるのよ!!私から切り出してたらもっとこう……感動的に終わる話だったのに!!!!」

「こっちだって感動させてほしかったぜ!!!!」

「いい大人のクセにガキみてーな事ばっか言ってんじゃねえ!!」

「素直に自分の非を認めて俺達に謝りやがれ!!」

「そーだ!!そーだ!!謝罪しろ、謝罪!!」


『謝罪!!謝罪!!謝罪!!謝罪!!』


 健気な1年生部員達の願いも虚しく、ついには2年生部員達による謝罪コールが巻き起こるまでの騒ぎに発展してしまった。


「あー、もう……分かったわよ、収拾がつかなくなっちゃったし……私が謝れば良いのね?私が謝ればそれでアナタ達はスッキリするのね?」

 集団デモさながらの大騒ぎの中、渦中の百合が急に一歩引いたような態度を見せた。


「お?……あぁ、そうだな……まぁ謝ってくれれば……でも別に謝ってくれなくても……その……」

「い、いや、まぁ謝るとかってのはその……言い過ぎたっていうか……」

「あぁ、俺達もちょっと悪ノリしすぎたな……」

「う、うん、そーですよ、コーチ……謝ってもらおうだなんて、なんかその……ゴメンナサイ」


 決してしおらしいわけでもなかったが、それでも意外な反応を見せた百合。

 それまで我を忘れ荒ぶっていた2年生部員達だったが、この急激な落差を目の当たりにし、流石にやりすぎたと冷静さを取り戻したようだった。


「ダメよ!!こっちはもう謝る気満々なんだから!!」

「いや、だから……その……」

 だが時すでに遅し、百合の方には頑として聞き入れる様子がない。


 同時に2年生部員達は、とてつもなく嫌な予感に襲われ始めてもいた。


「良い??

 私が頭を下げる姿なんて滅多にお目に掛かれないわよ!!

 皆そこでよく見てなさい、そして聞きなさい!!

 私の謝罪の言葉を!!!!」


 そう叫んで謝罪の体制に入った彼女は、まず両足をピンと伸ばして肩幅程に広げ、それから腰の辺りに力強く片手を添えた。

 ファッションショーのランウェイなどでよく見るあのポージングのようだった。


 ポカンと口を開き言葉を失うだけの少年達を前に、彼女は空いた片手で髪を掻き上げ、その目をカッと見開き言い放った。



「フン、私が悪かったわ!!!!」



『……』


「どう満足した?したの?もちろんしたわよね?

 なら今日はもう解散!!さっさと帰りなさい!!」


『……』



 そういえば……

 この人の謝罪はこうだった……


 頭を下げるとは一体なんだったのか?

 ただ並べられた言葉だけの謝罪に、部員達は初めて百合に会ったあの日の事を鮮明に思い出していた。



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