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その2

「お、おい!!だから黙ってろって……」

 隣にいた紘がギョッとした様子で直ぐ様止めに入る。


「ハハ、まぁまぁ……」

「あ?一体何だよ?」

 笑顔で紘をいなす颯太をギロリと睨み付け、勇人が食ってかかった。


「あの……俺は今まで陸上しかやってなくて、団体競技の事って実は未だによく分かってないんスけど……」

「だったらでしゃばって口挟むんじゃねぇよ!!」

 開口一番有無を言わさず、力でねじ伏せるように颯太の出鼻を挫いた勇人。


 彼がいつにも増して苛立っていたのは、そこにいる誰の目にも明らかであった。


「す、すいま……」

「いや、勇人ちょっと静かに……小川、俺はお前の話に興味あるよ?続けてくれ」

 勇人のあまりの剣幕に、思わず謝ろうとする颯太だったがそれを遮る者が現れた。


 藤波孝、彼だった。


「ほら、小川続き続き」

「え??あ……は、ハイ……」

 藤波は手招きして、呆気に取られたままの颯太に話を続けるよう促した。


「お前……本気かよ?

 こんな素人の話聞いたってしょうがねぇだろ……」

 勇人は藤波の意外な反応に驚いた表情を見せるも、ブツブツ言いながら引き下がるしかなかった。


 ま、マジで?……藤波先輩が颯太の話を……?


 紘もその予想外の出来事に口をポカンと開き、ただただ驚くだけだった。


「実は俺もあいつの話にちょっと興味あるな……」

 姫野の隣にいた石川がキメ細やかな髪をかきあげながら独り言のように呟く。


 随分鼻に付くキザな仕草だったが、彼にかかればどんなポーズでも絵になってしまう。


「……」

 石川の声は間違いなく姫野の耳にも届いているはずだった。

 それでも彼は一言も発する事なく、いつものポーカーフェイスを固く保ったままだった。


 周囲に静かな衝撃が広がりどよめきが上がる中、颯太は軽く咳払いして再び話し始めた。


「コホン……あの、その……実は俺、レース前はとにかくビビってビビって……そこから逃げ出したくなってたんスよ、毎回」

「ハッ、そんなデケェ体しといて情けねぇ奴め」

「……勇人」

 すかさず勇人がにやけ顔で茶化したが、藤波が直ぐ様彼に冷たい視線を浴びせる。


「だ、大丈夫ッス藤波先輩!!」

 颯太は波風が立たないよう口早に言った。


「へっ、だとよ……」

「ハイハイ……それで?」

 藤波は隣で肩をすくめる勇人を適当にやり過ごし、それからは颯太にだけ意識を向けた。


「野沢先輩の言うとおりなんス……

 本当にそうなんスよ、自分でも昔からずっと情けないって思ってるし……」


 勇人にどれだけ笑われようとも、颯太はまったく気にする素振りを見せていなかった。


 それどころか笑った張本人に同調し、自分を卑下し始める始末である。


「フン、つまらねぇ奴め……」


 勇人はボソッとそう呟いたが、実の所微塵も憤りを見せない颯太にすっかり拍子抜けし、何とも釈然としない気分に陥っていた。


「それで……あの、それでも何とかレーンには入るんですけど、入ったら入ったで……そりゃもう緊張のピークで……

 足は震えて……変な汗まで出るし、お腹も猛烈に痛くなって……

 そう言えばビビり過ぎて勝手に涙が出てきた事もあったな……

 スタート直前だってのにカッコ悪すぎて本当嫌になるんスけどね……」


「全然ダメダメじゃねぇかよ……」

 何の気取りもなく自分と言う人間を語る颯太だったが、またも勇人が揚げ足を取るようにそうぼやいた。


 だが、彼自身態度は不遜なままではあったが、それでも少しずつ、ほんの僅かずつだが颯太の話に耳を傾けるようになっていた。


「で、でも……不思議なことにスタートのピストルが鳴ったらそんなのすぐに忘れちゃうんスよ……

 とにかく始まったらやるしかねぇってそういう気持ちになって……

 目の前にいるヤツらを全員抜いて……

 俺が1番になってやるって、始まると頭の中がそれだけになるんスよ!!」


「真の力の解放……いや、覚醒ってやつか……」

 仲間達とは少し距離を置き、一人部室の壁に寄り掛かっていた松山がそっと呟き不気味に微笑んだ。


「後は体が勝手に動いて……

 そのスイッチが入ったらもう怖いものなんて無くて……

 何でも出来そうな気持ちに……

 それまで一人でウジウジしてたのが本当嘘みたいに、ハハ……」

 そう言いながら颯太は少し照れくさそうに笑い、ワシャワシャと音を立ててその坊主頭を掻いていた。


「……」

 百合は腕を組んだまま目を閉じ、その表情を一切変える事なく颯太の話を聞いている。


 初めはまばらだった少年達の視線も、いつしか全員が颯太の方を真っ直ぐ見つめ、彼の話にすっかり聞き入っていた。


 普段からよく通る颯太の声だったが、この時はいつにも増してハッキリとその言葉を届け、一語一句もらさず全員の胸の奥底にまで響き渡たらせた。



「あ、あの……結局何が言いたいかよく分かんなくなったッスけど、とにかくこうなったら腹をくくってやるしかねぇってことッスよ!!

 それで……やる以上は勝つ!!勝ちに行く!!

 たとえそれが一度敗けた相手だろーと勝つ!!

 全国優勝したチームだろーと勝つ!!

 絶対に勝つ!!

 それッス!!それだけッス!!」



 途中で終着点を見失ったのか、颯太は最後に力強く勝ちというワードを連呼し、酷く強引な幕引きでこの話を終わらせた。



『……』



「あ、あれ?」

 語り終えた颯太は周りを見て一瞬困惑した。


 波が引いた後の浜辺のように彼だけがそこに取り残され、他の部員達は恐ろしい程静まり返っている。



 な、何かみんな変な感じだ……

 俺何かヤバイ事言っちゃったか??


 も、もしかして……

 もしかして俺……またやっちまったのか??



 人一倍鈍感な男だった。


 そんな颯太に他人の仕草や表情からその心情を察する事など到底出来る芸当ではない。


 のっぴきならない状況に頭の先から足の先まで寒気が走る。



「颯太……」



 彼がとてつもない不安に駆られ始めたその時、誰かが名を呼び背中を軽く叩いた。


「こ、紘……」

 振り向くと紘がそこにいた。


 彼は目を潤ませ何を言うでもなく、颯太の方をただジッと見つめている。


「……ありがとな小川」

 港が颯太に近づいて優しく微笑んでそう言った。

 彼の目もまた紘同様に潤んでいた。


「小川もたまには良いこと言うじゃん」

 高木が「意外」といったような表情で颯太に声を掛ける。


「あ……ハ、ハイ……アザッス!!」

 次から次へと仲間達から声が掛けられる。


 それも非難や叱責などの否定的なものではなく、感謝の意味合いが込められた言葉が多かった。


 今一状況の掴めていない颯太ではあったが、皆が自分に対して怒っているわけではない事が分かり一人密かにそっと胸を撫で下ろした。


「後輩がああ言ってるけど?」

「フン、小川なんぞに言われなくても当然勝ちにいくぜ」

 藤波に煽られた勇人が吐き捨てるように言う。


「ふぁ~あ……

 まぁ小川の言う通りか、やる前からそんなんじゃな」

 江藤はまるで寝起きのような大あくびをしながらさも気だるそうに言った。

 しかし、それが彼なりのスイッチの入れ方であったことは部員全員の知るところである。


「……小川、良い事言うなぁ……」

 それまで完全に柳井の陰に隠れていた栗田がポツリと呟いた。


 ナマケモノのようなボーっとした見た目で普段から喜怒哀楽の掴みづらい彼だったが、どうやら颯太の話には胸に来る熱いものがあったようだ。


「うおいっ!!

 俺の耳元でボソボソ囁くんじゃねえよ!!気持ち悪いっ!!」

 柳井は耳に吹きかかった生暖かい感触に身悶えながら思わず絶叫した。


 次から次へ少年達が声を上げ始める。

 もはや誰一人として下を向いている者はいなかった。


 その炎は確かに一度消えたはずだった。


 だが、颯太のどこまでも真っ直ぐな勝負に対する熱い想いが彼等に再び戦う意志を呼び起こさせたのだ。


 部員達が一丸となり闘志を燃やす中、姫野は1人その輪を抜け出し百合の方へと歩み寄って行った。


 そして部員全員を背にし彼女の真正面に立つと、振り向かずに背後の仲間達を親指で差して言った。



「……だとよ、アンタは一体どうなんだよ?」



 それは仲間達の想いを一身に背負ったような言葉だった。


『……』


 全員が息を呑んで百合に注目した。


 だが、彼女がすぐそれに答える事はなかった。

 軽く下唇を噛み、何故だが苦しそうな表情を浮かべている。


 答えられなかったと言った方が正しいかもしれない。


 少年達は彼女の様子を不思議に思ったが、その真相に気付くことは決してなかった。


 奇妙な空気感だった。


 沈黙だけの時間が刻々と流れていく。

 その最中、百合の右膝は酷く疼いていた。


 熱く激しく脈打つように、古傷から鈍い刺激が生まれ彼女の全身をゆっくりと駆け抜けていく。


 引退を迫られたあの日の事、うずくまって泣きじゃくるだけだったあの時の自分の姿が目に浮かび、それがどうしても頭から離れなかったのだ。


 苦しみのあまり、逃げるようにサッカーを遠ざけてしまったあの過去が。


 だが、目の前の少年達は自分と大きく違っていた。


 突き付けられた過酷な現実をしっかりと受け止め、そしてそれに立ち向かう勇気と強さを持っていたのだ。



 そうね……この子達なら大丈夫……

 何があっても……きっと乗り越えられる……



 自分が恐れていた弱き者などそこには1人もいない。


 そう確信するとあの日の幻影は穏やかに消え去り、胸の中は一陣の風が吹き抜けた後のように軽く爽やかだった。


 それから百合は全員の顔をゆっくり見渡した。


 少年達もそれに応えるかのように彼女の目を力強く見つめ返す。


 そしてほんの一瞬、彼女の口許が緩んだかと思うと次の瞬間急に肩を落として深い溜め息をついた。


『……?』


 百合の反応に少年達が戸惑いの表情を見せた直後の事だった。



「……あなた達、さっきから一体何言ってるの?」



 ようやく百合が一言発したのだ。


『………???』

 だが、全員その返答に理解が追い付かず、誰もが虚をつかれたようになっていた。



「何言ってるの?って聞いてるのよ!!」



 そんな状況を打破するかの如く再び百合が声を荒げた。

 先程よりもハッキリと強く、決して揺らぐ事の無い信念のようなものさえ感じられる。


『……は???』


 質問していたのはこちら側では?

 少年達はますます混乱した。



「私がコーチになった以上全部の試合勝ちにいくわよ!!

 そんなの当たり前じゃない!!

 たとえそれが全国制覇したチーム相手だとしてもね!!

 堂々と受けて立つわ!!」


『!!!!』


 ざわつき出した部員達を一喝するかのように、百合の張り上げた声が夕焼け色のグラウンドに響き渡る。

 唖然とする部員達へ更に追い討ちを掛けるように、またしても百合が激しく言い放つ。



「良い?アナタ達!!みっともない試合なんかしてごらんなさい、全員そこから走って帰らせるわよ!?」



 想像を遥かに超えるあまりの事態だった。


 耐えきれずに白目をむく部員達をよそに、百合はこの場でただ1人、実にスッキリとした爽快な笑顔を輝かせていた。


 そんな彼女の豹変とも言える変貌ぶりに、部員達は腹の底から沸き上がる感情を抑える事ができなかった。



『しれっと態度変えてんじゃねーよ!!!!』



 部員全員による壮大なツッコミであった。


「さっきまでそんなんじゃなかったじゃねーか!!」

「あからさますぎだろ!!」

「な、何よ!!そんなわけないじゃない!!

 変な言い掛かりはやめてちょうだい!!」


 次から次へと少年達が雪崩のような勢いで捲し立ててくる。


 たが、今の百合にはそれすらも心地好いものだった。



 小川君の言う通りね……

 最初から負けるつもりで戦うだなんてどうかしてた


 たとえ練習試合だろうと勝ちに行く


 必ず!!!!



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