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その1

「い、一ヶ月後って……マジかよ……」

「こんなに早く戦えるなんて……」

「あの上州だぜ?全国制覇した……」


 夕闇に覆われ始めた練習終了後のグラウンド。


 平日にも関わらず珍しく顔を見せた百合、彼女が告げた言葉に1年生達は驚きを隠せなかった。


 対照的だったのは姫野を始めとする2年生10人。


 誰一人として言葉を発することなく、各々に秘めた想いを押し殺すよう、百合の方をじっと見つめているだけだった。


 それまで興奮混じりにざわついていた1年生達だったが、2年生達のただならぬ様子に気付くと次第に口をつぐみだした。


 まったく空気の読めない約一名を除いて……


「こ、紘……聞いた?

 ジョーシューと試合だってよ!!試合!!」

「あ、あぁ……聞いたよ、聞いたけど颯太ちょっと静かに……」

 隣で大騒ぎする颯太に向かって、紘は慌てながら「シーッ」と自分の口に指を当てる。


「し、静かにって……これが黙ってられるかよ!!

 コーチ!!ホントっスカ!?ホントにジョーシューと試合できるんスか?」

 しかし興奮状態の颯太に紘の声など届くはずもなく、今度は百合にターゲットを変え滾る思いをぶつけ始めた。


「お、おい!!やめろって!!止まれこのアホ!!」

 周囲が騒然とする中、颯太は百合に向かってのっしのっしと歩み寄っていく。

 そうはさせまいと紘が颯太の腰回りにしがみつくが、その勢いはとどまるどころか増すばかり。


 ついには呆気に取られたままの百合の眼前にまで迫っていた。


「ちょ……ちょっと小川君落ち着いてよ!!

 興奮しすぎじゃないの?

 目が血走ってて怖いんだけど!!」

 多少の事では物怖じしない百合だったが、このプレッシャーを前にしては流石に目を反らさざるを得ない。


「だってコーチぃい!!ジョーシューっすよ!?

 あのシマザキカイと試合できるんすよ!?

 これが落ち着いてなんかフガフガ……」

「こ……この馬鹿力のウマゴリラめ……大人しく……」

「お、小川君!!待って、ちょっと待って!!

 は、鼻息が……鼻息が当たってる!!」

 紘の制止をものともせず、目をギンギンに見開いたまま百合に荒い鼻息を浴びせる颯太。

 あまりの恐怖に彼女が身をすくめたその時だった。


「オマエちょっと引っ込んでろ!!!!」

「ぬおっ!?」


 怒りの籠った声と共に、突然颯太の首根っこが何者かに掴まれたのだ。


 そうかと思うと次の瞬間、しがみついていた紘もろともフワリと体が浮き上がり、グラウンド隅の方へと豪快にふっ飛んでいった。


『小川君、稲葉ぁああーーーー!!!!』


 1年生部員達の悲鳴が上がる中、美しい放物線を描きながら宙を舞う二人。


「ゴヘッ!!!!」

「ンガッ!!!!」


 やがて彼等は情け容赦ないまま二人仲良く硬い地面へ叩きつけられ、日常生活では到底耳にすることのない奇妙な呻き声を発した。


「うっ!!!!」

「こ、これはムゴイ……」

「い……生きてる??」


 慌てて落下地点へと駆け寄った1年生部員達だったが、そこで目にしたのは使い古した雑巾のようにボロボロに変わり果てた二人の姿だった。


「あ、ありがとう……助かったわ」

 騒動の脇、百合は胸に手を当てホッと一息つくと、乱れた髪を整えながら礼を言った。


「ったくあのアホがよ……」

 そこにいたのは丸太のような豪腕の持ち主、低身長ながらチーム随一のフィジカルを誇る野沢勇人だった。


 彼は汚物にでも触れてしまったかのように、手をパンパンはたきながらそう吐き捨てた。


「まぁ、彼にも並々ならぬ想いがあるってことね、表現の仕方は最悪だけれど……」

 百合は額に手を当て、やれやれといった表情を見せていた。


「……なぁ、それってホントの話なんだよな?

 上州は県内のチームと練習試合はしねぇって聞いてたんだけどよ?」

 勇人が後頭部のあたりをポリポリと掻きながら尋ねた。


「私もそう聞いていたけれどね……でも小林先生に直接申し込みの電話があったそうよ、嘘じゃないわ」

 腕を組んで百合が淡々と答える。


「そうか、ホントなんだな……」

 それだけ言うと勇人は再び固く口を閉じ、握り込んだ拳をジッと見つめていた。


「……」

 あれだけ動いてヘトヘトなはずなのにもう目に力が宿ってる……


 百合は一見穏やかな勇人の瞳の奥底に、メラメラと激しい炎が燃え上がるのを見た。


 内側に抑えきれない程の熱量で、離れていても息苦しさを感じる程だった。


 だが、それは勇人だけに限った話ではない。


 そこにいる2年生全員が皆、異様とも言える程の熱を放っていたのだ。


 やっぱりこの子達が抱える上州学園へのコンプレックスは生半可なものじゃないわね


 けれど、正直今のままじゃこの前の二の舞になるだけ……


 本来であれば頼もしいまでの闘争心であったが、相手は彼等にとって最も因縁深いあの上州学園。


 それ故、彼女にはどうしても拭いきれない不安があった。


 あそこと対等に渡り合う為には並大抵のポゼッションじゃ話にならない……


 圧倒的なまでにボールを支配できなければ、彼等はすぐに牙を向いてゴールに襲いかかってくる


 どの距離、どのポジションからでもゴールを狙える高い攻撃力


 ずば抜けたキープ力に加え、まるでフィールド全体を見下ろしているかのような広い視野を持つ長身の司令塔


 そして無敵のスピードスター島崎海……


 ボールがハーフラインを越えた時点で安全な場所なんて何処にも無い……


 一番恐ろしいのは力の差だけ見せつけられて得られるものが一つも無い事……


 そうなった時……この子達はまた立ち直れる?


 今よりもっと強い気持ちでもう一度立ち向かえるの?


 やっぱりまだ早すぎる……今からでも断って……


 形は違えど心が折れる辛さは彼女自身が身をもって知っている。


 そして、また立ち上がりそこからもう一度歩き出す事、それが決して簡単ではない事も彼女は痛いほど知っていた。


 そんな彼女が「自分が味わった苦痛を彼等にも?」と考え、この話に消極的になってしまうのも無理のない事であった。


「おい、自分から話振っといてさっきから何て顔してやがる」


「!!!!」


 何を発するでもなく深く考え込んだままの百合に柳井が強い口調で言った。


 彼女は一瞬ハッとしたが、その険しい表情が崩れる事はなかった。


「……まさかとは思うが俺らが勝てねーなんて思ってんじゃねーだろな?」


 口には出さずとも彼女の考えている事は何となく分かる。


 それが我慢ならなかったのか、柳井は語気を強めて再び尋ねた。


「……ハッキリ言って良いなら言うけれど」

 少しばかり間を空けたが、何のためらいもないように百合はそう答えた。


「あ!!ヒデェ!!やっぱそーじゃねえか!!なんて女だ!!」

「マジかよ……信じられねぇ……」

「指導者がそんなんでどーすんだよ!!」


 まるで忖度のない百合の発言に2年生部員達は次々と非難の声を上げ、この内のヒートアップした何人かは声を荒げて百合に突っ掛かっていった。


 このままいつものように醜い口喧嘩が始まり収集がつかなくなるかと思われた矢先、江藤のある一言がその勢いにブレーキを掛けた。



「……でもよ、現実そーだろ?

 俺達まだそんなに成長してないぜ?

 ボロ負けしたのだってついこの間……昨日の今日って話なのによ」



『……』


 まさに核心をつく一言だった。


 皆は我に帰ったように黙り込み、どうしようもなくその場に立ち尽くした。


 それまでの空気がガラリと変わり、誰の表情にも暗い影が落ちている。


 重く苦いあの敗戦が、皆の脳裏を明確に過っていたのだ。


「あの皆……ちょっと良いッスか?」

 そんな空気を裂くように、いつの間にか復活していた颯太が突然切り出した。



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