その1
お待たせしました。
ワールドカップに合わせてライトニング・セカンドステージの開幕です。
投稿に多少時間(……なるべく早く頑張ります)をいただく事もあると思いますが、この作品を目にされた方はどうか今ステージの完結までお付き合い下さい。
ボールを持ったら僕は誰にも負けない
君だって圧倒してみせる
理由はよく分からないけど
とにかく君にだけは絶対負けたくない
そんな気持ちになるんだ
僕は一度で良い
君と……
君とサッカーで戦ってみたいんだ!!
待ってろ……
待ってろシマザキカイ!!必ずお前を倒してやる!!!
9月某日 某中学校グラウンド
クソッ、一体何者だよこの坊主!!
速すぎだろ………とても追い付けねえ!!
白いユニフォームに身を包んだ少年が、目の前で爆走する坊主頭の背中を必死になって追い掛ける。
彼がどれ程スピードを上げても、その距離はただただ開いていくばかり。
群青色のユニフォーム『背番号18』は、あっという間に単独でゴール前へと躍り出た。
誰もが舌を巻く彼のスピードだったが、目を引くのはそれだけではなかった。
圧倒的な強さで行われる激しいボールタッチ。
ドリブルで彼の足が触れる度、ボールは雑に扱われる事を拒むかのようにその足下から大きく離れていく。
結果、ゴール前へは飛び出したもののボールは爪先で大きく弾かれ、相手キーパーへの緩めのパスのようになってしまった。
「プッ!!」
一度は失点すら覚悟して身構えたキーパーだったがこの予想外の展開に思わず吹き出し、目の前のボールを大きく蹴り返すのがやっとの有り様だった。
「ぐああああああっ!!決定機がっ!!」
「小川キサマッ!!俺様のパスをぞんざいにしやがって!!」
ゴール前で坊主頭を抱えながら大騒ぎする颯太に、松山が鋭く目を吊り上げ激しく怒鳴り散らした。
「まったく!!あの子ったらどれだけ不器用なのよ!?」
ベンチにいた百合の表情も尋常ではないくらいに引きつっている。
新体制に入った静和中の練習試合。
スコアは現在5-0。
静和中が圧倒的にリードする形で、試合はすでに後半も残すところ後僅かとなっていた。
新体制での基本システムは4-2-3-1。
特徴的なのは藤波と大成のダブルボランチ、今日もっとも機能している二人でもあった。
だが、ほんの数分前、本日ハットトリックを達成した姫野と颯太が入れ替わり、そこから今までガッチリ噛み合っていた歯車が芸術的に狂い出したのだった。
「小川君!!下がりすぎだって!!」
大成が自陣深くどこまでもボールを追い掛ける颯太を諌めた。
「げっ!!そーなのっ!?」
「早く前に戻って!!!!」
驚きの表情を見せ急停止する颯太に向かって、大成が力強く最前線を指差す。
「おう!!!!」
颯太はそう言って素早く反転すると、抉るように大地を蹴り上げ瞬く間に先頭へと飛び出した。
「……ホントにあの加速だけは凄まじいな、おっと!!」
少しばかり見とれていた大成に、勇人からまったく遠慮の無いパスが届けられる。
小川君が引っ掻き回したせいでラインが大分下がってる……
残り時間も後少し……
……
俺が一人で運ぶ!!!!
「中野!!!!」
大成は横でボールを要求する藤波を無視すると、目の前に立ちはだかる敵二人をまとめて抜きに掛かった。
二人の間へ突破を試みようとする大成に対し、隙間を埋めるように3人目がカバーに入る。
3対1、この圧倒的不利な状況を前に、大成は一旦背中を向け素早くボールを隠す。
チャンスと見たのか、プレッシャーを掛けていた内の一人が壁を崩して大成の正面、ボール側へと回り込んできた。
『!!!!』
その一瞬を見逃す彼ではなかった。
体とボールを素早く反転させ僅かに出来た隙間を掻い潜り、あっという間に中央のスペースまでボールを運んでいく。
「……ホント目立ちたがりだなぁ」
一部始終を間近で見ていた藤波は、面白くなさそうにそうぼやいて渋々大成の後を追っていった。
(クソッ!!コイツ一人でどこまで持ってくつもりだ!?)
攻撃陣にベッタリだった相手DFも、大成圧巻のドリブルを前にやむ無くマークを外してその勢いを殺しにかかる。
「中野くーーーーん!!こっちこっち!!」
迫るDFの陰から颯太が大成に向かって大きく手を振り、自分はここだとアピールする。
ダメだ!!!!
小川君のマークが全然外れてない!!!!
それに、紅白戦の時のような得体の知れない迫力がまるでない……
そこで受けても今日の小川君には何も出来ない!!!!
大成は一瞬で颯太の状況を把握すると、今度は首を素早く振り、右サイドでフリーになっていた紘を見つけた。
稲葉が空いてる!!!!
……何で要求しないんだ!!!?
もしかしてさっきまでのミスを引きずってるのか!!!?
「稲葉!!!!」
大成はゴール付近でピョンピョン跳び跳ねアピールする颯太ではなく、押し黙ったように気配を消していた紘の方へとパスを供給した。
「!!!!」
紘はそのパスに一瞬驚いたような反応を見せるとゴールとは真逆、明後日の方向へとトラップしてしまう。
慌てて前を向こうとするも、もたつく間に敵DFが猛然と進路を塞ぎにかかる。
自分よりもはるかに身体の大きなDFを前にした紘は、目の前のプレッシャーから逃げるように咄嗟に背を向けボールを隠した。
が、その体格差を前にあっさり懐に入られると、いとも簡単に大事なマイボールを奪われてしまった。
「まただ!!稲葉の奴、せっかくフリーだったってのに……完全にビビってるな……さっきからずっとあそこで潰されてるじゃねーか、情けねえ奴め!!」
柳井がベンチで目をギラつかせながら、紘のプレーにタラタラと不満を漏らす。
「……」
百合もそんな紘の様子を黙ったまま厳しい表情で見つめていた。
「5-0で静和の勝ち、挨拶して」
『アーシタ!!!!』
結局点差は最後まで変わらず、試合を終えた静和イレブンがぞろぞろとベンチへ引き上げてくる。
「はいお疲れ様ー、じゃあ今日のプレーを10点満点で自己採点してみましょう、まずは姫野君から」
戻ってきた彼等に開口一番百合がそう告げた。
~~~
「はい、ありがとう……」
各自の点数を聞いている間、百合は難しい顔をしながら両目を固く閉じていた。
「ハァ……
アナタ達、随分と自己評価が高いみたいね……
コーチ思わず笑っちゃったわ……
ハッキリ言って今日の試合で成長が見えた人なんて一人もいなかった、みんな夏休みの間ずっと何をやってたのかしら?
グラウンドでカブトムシでも探してたの?」
彼女がようやく目を開けたかと思うと、深い溜め息を吐いてから嫌味っぽくそう言った。
『……』
一同は百合の言葉とあからさまな態度に思わず下を向き、今日の試合を各々振り返っていた。
5-0で勝ったってのにこれかよ……
一体俺達のどこが悪かったんだ……?
さっぱりわからねえ……
つーかこの人体調崩したとかで夏休みの練習ほとんど来てねーし……
休みの間一体何してたって……
……
……
……!!!!
『アンタの指示したザックリ個人メニューこなしてたんじゃねーか!!!!』
「な、何よ急に……全員で……」
全員が声を揃えて一斉に抗議すると、百合はその迫力に圧倒され思わず彼らからプイッと顔を反らした。
「あんな格言書かれてどーしろっつーんだよ」
「もっと判断を速くしなさいって言われても……」
「軸足鍛えなさいとか……」
「オフザボールの動きを良くしなさいなんて……」
「……ちゃんと書いてあるじゃない」
次々上がる不満の声に、百合は顔を背けたままボソッと答えた。
『その為にどーしろって書けよ!!!!』
「しゃ、社会人は忙しいのよ!!!!
課題を幾つか挙げたんだから後はメニューくらい自分で調べるなりなんなりしなさいよ!!!!
アナタ達1~10まで人の指示待ってたら大人になって社会でやってけないわよ!!!!
この指示待ち人間!!!!」
本日2度目の総ツッコミであったが、すかさず百合が早口で言い返す。
いい大人がやる事とは到底思えない、見事なまでの責任転嫁であった。
「お、おい……開き直ったぞ……練習もろくに来なかったくせに……」
「冷え性なんだから仕方ないじゃない!!!!
あれもこれも全部エアコンが悪いのよ!!!!」
「何意味不明の事言ってんだ!!
文句言うならもっと練習に顔出してからにしやがれ!!!!」
「あ、あの本日はどうも……えっと……あ、あれ?」
相手チームの監督がひっそりと試合後の挨拶に来ていたが、大荒れの静和ベンチにはまったくと言っていいほど取り付く島がなかった。
「あ、どうも!!本日はありがとうございました」
すっかり名ばかりの監督と化した小林が騒動の脇をすり抜け慌てて対応する。
「と・に・か・く!!!!
いい?帰ったら各自今日の自分のプレーをよく振り返ってみなさい!!!!
ハッキリ言って今日の相手なら少なくとももう5点は取れてた筈よ!!!!」
「お、おい!!お前、今ご挨拶にいらしてるのに……ま、まったく……ハハ……本当に……ねぇ?」
相手監督の存在に気付かないまま本音をさらけ出す百合、小林は苦笑いを浮かべその場を取り繕うしかなかった。
「ハハ、後5点か……いやぁ、まいりましたな……
随分手厳しいお嬢さんだ、さすがは元プロ選手……」
それでも言われた当の本人はニコニコしながらそう返した。
懐の深い大人の対応を見せる、実にできた人間であった。
小林も彼のその様子にホッと胸を撫で下ろす。
これ以上彼に不快な想いをさせてはならない……
そう考えた小林が一刻も早く彼をベンチから遠ざけようとしたその時だった。
「何よ!!横からごちゃごちゃとうるさいわね!!」
『!!!!』
二人の男が見せた優しさやら気遣いやら、その何もかもを一瞬でブチ壊す彼女の一言だった。
「見たらわかるでしょ!?
今反省会してるじゃない!!
特に稲葉君!!
私はどっかの素人オジサン監督と違って戦う気の無い子にチャンスを与え続けるなんてマネしないわよ!!
肝に命じておきなさい!!分かったわね!?」
『はい……』
怒りのボルテージが上がり、最早手の付けようがなくなってしまった百合。
紘、小林、相手監督の三人はシュンと縮こまって素直に返事をするしかなかった。