9. 魔界の扉
「オラァッ!!ラティエ、そっちにやったぞ!!」
「承知いたしましたわ!」
慣れた連携で流れ作業のようにスケルトンを処理していくバァンとラティエ。だが全くの無傷というわけには行かず、疲労と共にじわりじわりとダメージが蓄積されていく。
「くっ……!これ全部やるのは無理だぞ!」
「ええ、そうですわね……。
きゃっ!!」
疲れからか足が縺れてラティエが体勢を崩した。
「ラティエ!!」
反射的にラティエの状況に反応したスケルトンの群れが、武器を振り上げてラティエの方に向かってくる。
ラティエは現実から目を逸らすように顔を背け、涙が溜まる目を閉じる。
「うう……お母様……!!」
しかし、ラティエが覚悟しているような衝撃や痛みが中々やって来ない。
一瞬だけ凄まじい勢いの風が頬を撫でたかと思うと、直後に爆発音が聞こえた。
「……え?」
恐る恐る目を開けると、そこには何とも頼もしいルークの背中があった。
先程の衝撃でラティエ達周囲のスケルトン達は吹き飛ばされ、周辺を囲むようにしてスケルトンの小山が隆々と築かれていた。
「ルーク様!!ここに来てくださったって事は……!」
ルークが口角をニッと上げて力強く頷く。
「ルーク!なぁんだよ!兄貴と二人で十分だったってわけかよ!」
子どものようにはしゃぎながらバァンもやってくるが、すぐにルーク一人なのが分かった途端に顔が曇る。
「そういえば……兄貴はどこだ?まさか……」
「あ!いやいや!大丈夫!!
今は動けないみたいだから休んでるけど、ヒーリングで傷は全部治してるし安心してくれ」
バァンはホッと胸を撫で下ろす。
マルディシオーネからの魔力供給が無くなったからか、崩されたスケルトンは砕かなくても再び立ち上がる様子は見られなかった。
惰性で動いている残りのスケルトンも、仲間達でできた小山を登る事ができないようで、転んだ弾みで自身もその山の一部となっていっている。
そういえばリレーミアは、魔界の扉はどうなっただろうか。ルークが目をやると、すっかり髪の毛が乱れて砂埃まみれになっているリレーミアが、息も絶え絶えに扉を背もたれにして座り込んでいた。
「ルーク……」
「リレーミア!大丈夫か!?どこが痛む!?」
ルーク達は弾かれたように駆け寄り、ぐったりとするリレーミアを囲むようにして膝をついた。
「大丈夫、魔力が底をつきそうなだけだ……。少し休めば元に戻る」
その声は今にも消え入りそうなほど細い。
少し前まで凄まじい魔力を放っていたその立ち姿は見る影もなく、砂塵に汚れた地面に預けられた白い指先は小刻みに震えていた。その姿は、荘厳な扉も相まって素晴らしい宗教画のようにも見えた。
「よかったですわ……。それにしても、バァンさんならともかくリレーミアさんがそんな状態になるなんて……」
「そんだけヤバい戦いだったって事だよな……。よく勝てたよな、俺達」
バァンが、傍らに置いた斧を見つめながらしんみりと呟いた。
つい先日、リレーミアから貰ったばかりの、白銀に輝いていたはずの自慢の斧。だが今や、その美しい輝きと鋭かった刃はスケルトンの骨を砕き続けた衝撃で至る所が欠け、無惨に捲れ上がっている。
たった一日の、それも数時間の死闘。
しかし、目の前の斧は、まるで何十年も修羅場を潜り抜けてきたかのような年季の入った姿に変わってしまっていた。
「そういえば、扉の封印はどうなりましたの?」
ラティエが扉の様子を確かめながら尋ねる。
「……すまない、あと少し足りない」
「なんだ!あと少しなら大丈夫だな!!今はゆっくり休むといいぜ!」
悔しそうにするリレーミアを気遣っているのかそうではないのか、バァンが楽観的に声をかける。
「ああ……」
力無く微笑むリレーミア。
「ラティエ達だってへとへとですわ。ルーク様もバァンさんも休みませんこと?」
そう言ってラティエは、地面にとさっとお尻を付け、足を投げ出してその場に座り込んだ。
「それもそうだな」
続けてバァンも砂埃を軽く巻き上げながら豪快に座り込む。
ルークは、彼らが話すのを遠くに聴きながら、無意識に自分の胸元に手を当てていた。
マルディシオーネを打倒すれば霧散すると思っていた、この熱すぎるほどの魔力も、変質したこの身体も、変わらずそこにある。
そう、ルークは未だに元の姿に戻る様子が見られないのだ。
マルディシオーネらが言うように本当に元に戻る術が無いのか、ルーク達がそもそも呪いの元凶を見誤っているのか。
勝ったはずなのに、その不自然な自身の存在がルークの心に鋭い棘となって刺さっていた。
「ルーク様……?」
いつものラティエなら、ルークの近くに寄って気遣いの言葉をかけてくるだろうが、今は体力の限界なのだろう。
その場を動かずただただルークを心配そうに遠目に見ているばかりである。
(まさか、あれでまだ死んでない……?)
ふと嫌な予感がしたその時だった。
ギチィィィィィィン――
「うわ!」
扉の方からいきなり爆音と猛烈な黒い突風が吹き、ルーク達は吹き飛ばされてしまった。
「イテテ……」
「な、何ですの……?」
何が起きたか分からず、打ち付けた部分を押さえながら辺りを見回すバァンとラティエ。
「あ……あ……!」
その横で、リレーミアが今にも魂が抜け落ちてしまいそうな表情で扉を見つめている。
その視線の先には、地面に突き刺さっていた筈のエテルナの剣の欠片を握る人間の手首が。
そう、ヴォーマとの死闘の際に切り飛ばされた、マルディシオーネの左手首であった。
「そ……んな……」
ルークは最悪の事態が頭をよぎっていたにも関わらず、今の状況が理解出来ない。
心のどこかで「大丈夫」「そんな筈はない」と思っていたのだろう。
すると、あちらこちらに転がるスケルトンの残骸から漏れ出ている黒い靄のような魔力が、一斉に封印の楔を握る手首に吸い寄せられるように集まっていく。
どんどんと密度が濃くなってくると、それは液体のようにうねりを上げ、人の形を取り出す。
その姿はまさに異様であった。
顔や上半身の殆ど、恐らくルークとヴォーマとの戦いで失ったと思われる部分は、肉の代わりに黒い霧が脈打つヘドロのように蠢いている。
僅かに見えるドレスの切れ端で、どうにかマルディシオーネであると分かる。
その蠢く霧の中に、なんとヴォーマの姿が。
霧が触手のように意識のないヴォーマの身体を無慈悲に縛り上げ、その身を強引に引き寄せていた。
「ヴォーマ!!」
「テメェ!! 兄貴をどうするつもりだ!!」
二人が叫ぶが、マルディシオーネからの返答はない。
口があるべき場所は、ただどす黒い靄が激しく渦巻いているだけだった。
彼女は顔の部位の中で唯一残った右目を、三日月のように歪めた。
それは言葉よりも饒舌に、ルークたちへの嘲笑と略奪の愉悦を物語っていた。
「……ッ!」
「ダメだ!! それ以上行ってはならない!!」
駆け寄ろうとするルークとバァンだったが、リレーミアの怒号のような叫びがそれを阻む。
「リレーミア! どうして!」
八つ当たり的に怒鳴るルーク。
「気付かないのか!? 扉から流れてくるこの馬鹿みたいに淀んだ魔力が!! これ以上進むとバァンやラティエは命に関わるぞ!!」
「な……!」
「ルーク、お前だってそうだ! 前みたいに正気を保てなくなってもいいのか!?」
「……!」
ルークは悔しさに肩を震わせながら手を握り締める。
マルディシオーネは、もはやルーク達など眼中にないかのように、ゆっくりと開かれた魔界の深淵へと向き直ると、ヴォーマの首筋に指先を愛おしそうに這わせた後、そのまま吸い込まれるように扉の中へと消えていった。
「兄貴! 兄貴ぃぃぃぃ!!!」
バァンの悲鳴にも似た叫びが荒野に響き渡った。




