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8. 怒りの鉄槌

 ルークは魔球を全て撃ち切り、マルディシオーネとヴォーマを砂埃ですっかり覆い隠す。

 二人の戦いは苛烈さを増し、砂埃が蜃気楼のように二人の攻撃に合わせて揺らめいている。


 服装も相まって、鎧の騎士と貴婦人がカーテン越しに夜会のダンスでもしているかのように見えた。

 するとその砂埃の中から、ルークの方に向かって何か片手で掴めそうなモノが突き抜けて飛んできた。

 思わず両手で受け止めてみると、それは女性の青白い手であった。


「ひい!!!」


 つい反射的に放り投げてしまい、それはスケルトンの波の中に埋もれていった。


「うへー……びっくりした……」


 触れた瞬間感じた、ヘドロが詰まった革袋を掴んだような不快な感触がまだ手に残る。

 スカートで手を拭いながら飛んできた方を見ると、左手先を失ったマルディシオーネがその切り口を無表情でジッと見つめていた。


「……少し、油断してしまいましたかね……」


 その隙をヴォーマが見逃す訳がない。不気味な程静かに突っ立つマルディシオーネに、ヴォーマは迷いなく得物を振り下ろす。


 だがどうだろう、刃がその血の通わぬ肌に触れた瞬間、刀身部分が持ち手を残して粉々に砕けてしまった。


「な!?」


 振り下ろした勢いそのままに、バランスを崩して前によろけるヴォーマの顎を、マルディシオーネは思いきり掴み上げた。


「お忘れですか?このおもちゃは私が見繕って差し上げた物ですよ。解体するなど造作も無い事です」


 よく聞いておけとばかりにヴォーマの顔を、わざわざ自身の口元へ持ってきて言う。


「あがっ……!!」


 そしてマルディシオーネの手から魔力が放たれたかと思ったと同時に、ヴォーマの顔が苦痛に歪んだ。そして塞がっていた筈の腹部から再び血が滲み出す。


「貴方にはまだ生きていてもらいたかったですが残念です。ありきたりな台詞ですけど、部下たちの元へ送って差し上げましょう。お元気で」


「……!!」


 その時、ヴォーマの目がカッと開く。そしてありったけの力でマルディシオーネの顔を目掛けて拳を振りぬいた。マルディシオーネはヴォーマから素早く手を放し、首を曲げて拳を間一髪で躱すが、拳が通り過ぎた左の頬と肩周辺の皮膚が着古した服のようにボロボロになってしまった。


「これは……当たるのは何やら危ないようですね」


 これまでずっと余裕そうな態度だったマルディシオーネも、流石に警戒して距離を取る。


「あああああ!!!!」


 ヴォーマの全身が、感情の昂ぶりに合わせるようにして震える。魔力がすさまじい勢いで拳に集中。立ち昇る魔力のうねりが風となって周囲を舞う。

 そしてマルディシオーネに向かって大地を踏み抜かんばかりに駆け出した。地面に足が着く度に、ヴォーマの腹からポタリポタリと真っ赤な血が滴り落ちている。


「なんと、致命的な傷が開きかけの状況でそこまでの力がだせるとは……。やはり貴方は逸材でしたね。でもそんな大振りな攻撃、私に当てる事は――」


 余裕からか笑みを浮かべるマルディシオーネ。ゆっくりと移動しようとしたその時、マルディシオーネの身体が突然ガクッと重くなった。


「!?」


「ヴォーマぁぁぁぁぁ!!そのままいけぇぇぇぇ!!」


 なんとルークがマルディシオーネにおぶさるようにして背後からがっつりと締め上げる。


「な……!!エテルナの亡霊め!!」


 マルディシオーネはルークを振り払おうと髪を振り乱して藻掻く。


 ルークはそれに抵抗する為、マルディシオーネの骨を折るつもりでしがみつくが、腐った皮膚で覆われた石柱を締め上げているようで、まるで手応えを感じられない。

 加えて、マルディシオーネに密着すればするほど、全身の内側から幾千もの針で刺されているような、内臓や筋肉を何かに侵食されているような不快な感覚も襲う。

『良くないもの』だなと、ルークは本能的に感じた。


「ぐ……!」


「がああああああああ!!!!」


 苦しさに視界が霞みかけていたが、ヴォーマの拳がマルディシオーネの顎を深々と打ち抜くのが見えた。

 その衝撃は凄まじいもので、マルディシオーネを緩衝材にしているのにも関わらず、ルークの全身に全速力の馬車が激突してきたのかと思える程のものだった。

 一瞬、誤って自分が殴られたのかと錯覚する。


「ぐ……!」


 ルークの視界が火花を散らして反転する。全身の骨が軋み、肺にある空気がすべて絞り出された。

 二人の身体は絡まり合ったまま、遮るもののない荒野を数十メートルも転がり、土煙を上げながら地面を削り取っていった。







「カハッ、ゲホッ……! ……あ、が……!

 ヴォーマのやつ、俺もマルディシオーネごと殺す気かよ……」


 衝撃が納まり、そのまま大の字に倒れたルークは意識を繋ぎ止めるために土を掴んだ。いつの間にかマルディシオーネはルークの腕の中からいなくなっている上に、体のあちらこちらから再生された時に感じるむず痒さがある。それがヴォーマの思いと衝撃の大きさを物語っていた。


 くらくらと酩酊する頭をたたき起こす為、どうにかあがいて上体を起し、辺りを見回すと、自身の遥か後方に黒い霧が漏れ出ているぼろ布の塊を見つけた。


 やっとの思いで身体を引きずりながらにじり寄ると、ぼろ布の隙間から艶めかしい女性の身体一部が確認できたので、辛うじてそれがマルディシオーネだったと分かる。


「その状態では……もう何もできまい……」


 ハッと振り返ると、いつの間にかヴォーマも合流していた。開いた傷口からは血が滴っており、ヴォーマが歩いた跡を足跡のように残している。

 遠くまで続く道しるべを見るに、ルークはかなりの時間呆けていたようだ。


「ぐ……!」


「バッ……!何やってんだ!」


 ルークは慌てて立ち上がり、ヴォーマの傷口に手の平を押し付け、回復魔法を最大威力で放つ。


「く……ふぅ……!」


 安堵からかヴォーマは、膝から崩れ落ちるようにしてその場に倒れた。


「いけるか?」


「……ああ、世話をかけた。だがすまん、少しだけ休ませてくれ……。今は身体を動かせそうにない」


 そう言ってヴォーマは目を閉じる。

 ルークは一瞬ヒヤリとしたが、腹部が大きくゆっくりと上下しているのを見て胸をなでおろした。


「ヴォーマ、ごめん。ここで待っていてくれ。バァン達と合流して戻ってくるから」


 そう言ってルークは再び戦場へと駆け出していった。


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