6. 昨日の敵は今日の友
マルディシオーネは手駒を失ったこの状況を、焦るでも無く冷静に眺め、ブツブツと何やら考え込んでいる。
「飲んだ量が少なかったんでしょうか?それとも改良を加えた際に効果が落ちてしまったか……。
どちらにせよまたやり直しですか……」
ヴォーマは大剣を握り締め、足元に転がっている鎧の破片を静かに拾い上げると、それを棒立ちのマルディシオーネに向かって投げ付けた。
そしてそれと同時に懐へと飛び込む。傷の痛み等、もう完全に消え去っていた。
マルディシオーネは飛んできた鎧片を魔法弾で破壊し、大剣の薙ぎ払いを杖で受け流すと、ヴォーマの視界を塞いでしまう程顔を近付けて囁く。
「どうされましたか?部下が死ぬ事等慣れたものでしょう、ヴォーマ隊長殿」
「……私の近くで口を開くな。死臭が鼻についてかなわん」
ヴォーマは大剣の柄からぱっと手を離すと、全体重を乗せた渾身の力でマルディシオーネの腹部を殴り付けた。
マルディシオーネはその衝撃で後方へ飛ばされるが、すぐに浮遊の魔法で受身を取る。
普通ならば痛みと息苦しさで動けない筈だが、やはりと言うべきか、マルディシオーネは怯む事はなく、殴られた場所を手で押さえる事もしない。
「女性相手になんという迷いのない殴打。素晴らしいですね」
「この手応え……最早骨と皮だけという事か。化け物め」
ヴォーマは拳に残るぐにゅりとした不快な感触を消し去ろうと手を払う。
「腸など、とうの昔に捨てました。
毎回大変でしたよ、フィグゼーヌ王からの宴の誘いを断るのは」
「ほざけ」
再びマルディシオーネとヴォーマが間合いを詰め、技と技がぶつかり合おうというその時だった。
「おや?」
ルークがマルディシオーネの背後から斬りかかる。
「お前だけは絶対に許さない!!」
しかし、気配に気付いたマルディシオーネに攻撃は当たらない。
直前でかわされ、勢い余ったルークの攻撃はヴォーマの頬を掠め、ヴォーマの剣先はルークの大腿を深く斬り裂いた。
「いっ痛……!!」
皮膚が裂ける感覚と痛みに怯むルーク。ヴォーマは慌てて近寄るが、ルークの様子がおかしい事に気付く。
「……おい、何故立っていられる?今のは骨まで達していてもおかしくない手応えだったぞ」
「そ、そうなのか!?た、確かにちょっと痛かったけど……」
ルークが真っ赤になった大腿を慌てて手で拭う。だがそこには切傷どころか、虫刺され一つ無い。
少女の若々しい柔肌が見えるばかりだった。
「え!?じゃあこの血は何!?なんで!?」
事情を何も知らないヴォーマが逆に冷静になる程に取り乱すルークだが、聖域での事を思い出した。
そうは言っても、実際に現象を目の当たりにするとギョッとしてしまう。
「そうか……。お前もマルディシオーネと同類という事か」
ヴォーマが剣を構え、睨み付けてくる。その眼差しはマルディシオーネを見る目と同じだ。
「……こっちも色々あってね。でもマルディシオーネは俺達の敵だ。だから協力できる筈だ」
ルークは一呼吸置き、ヴォーマの目を真っ直ぐ見て答える。
「この状況で敵を増やすのは得策では無いか……」
ヴォーマはあまり納得していないようではあるが、苦々しい顔をしつつもマルディシオーネに向き直った。
「その色々あった事とやら……後で全て話して貰うぞ」
「もちろん!」
ルークはニッと笑うと、ヴォーマと並んで武器を構えた。
「おやおや、これは多勢に無勢ですね。そうとなれば……」
マルディシオーネが杖を高く掲げる。杖の先に閃光が走った瞬間、マルディシオーネの足元に魔法陣の絨毯が広がり、そこからスケルトンの軍勢が次々と湧き出てきた。
どれもなかなかに丈夫そうな鎧兜を着込み、当たればとても痛そうな剣や斧を持っている。
「なんか、前に見たのより強そうだぞ?」
「フフ、あの女……こちらが使うスケルトンを選別していたな」
ヴォーマが余裕無く笑いながら呟く。
「ルーク!大丈夫か!?」
ルークの死角から攻撃しようとしてきたスケルトンの首を、バァンが斧で叩く。
「ご無事ですの!?」
ラティエも急いでやってきた。ルークが負傷した事に気付いて駆け付けてくれたらしい。リレーミアはいつの間にか再び封印の修復に取り掛かっている。
ルークがホッとしたのも束の間、バァンに壊されたスケルトンから湯気のように魔力が立ち込め、元の姿を取り戻す。
「くそ……まあこうなるよな……」
「か、完全に消滅させるにはどうしたらいいんですの……?」
「そこの、弱気になる暇があったら持っている得物を振り回していろ。お前の武器がスケルトンに一番効果的なんだからな」
不安そうなラティエにヴォーマが高圧的な態度で話し掛ける。
「あ、貴方ね!ルーク様を二度も傷付けた事、後で謝っていただきますわよ!!」
「聞こえなかったのか?早くしないとそのルーク様が危ないぞ」
「――――――!!!!」
ラティエは髪の毛を逆立て、超音波のような金切り声をあげながら、怒りに任せて鎚をスケルトン達に振り下ろす。
感情的になるあまりに魔力を宿したその攻撃は、スケルトンの骨を鎧兜ごと砕いていく。
だがバァンの時と同じようにスケルトンの残骸は、元の姿を取り戻そうとしている。
「ちょっと!!言われた通りにしても何にも……」
ラティエがヴォーマに文句を言おうと振り返ると、
いつの間にかすぐ近くにいたヴォーマが、修復している最中のスケルトンの頭蓋骨を次々と粉々にしていく。
するとどうだろう、スケルトンは復活する事無くそのまま塵となって消え去ってしまった。
「あ……」
「これがスケルトンの倒し方だ」
消え行くスケルトンに目線を落としたままヴォーマが答える。
「できるのは魔力が立ち込めている間だけだ。そして打撃武器での攻撃は復活の時間稼ぎができる。これで分かったか?」
そのヴォーマの言い回しは高圧的な事に変わりなかったが、どこかに優しさが感じられるものだった。




