4. 生ける屍
「隊長殿を守れ!召喚まで持ち堪えるんだ!」
ヴォーマの取り巻き兵士達が一糸乱れぬ動きで剣を構え、目の前にバリアを貼る。
複数人で築き上げたその壁は幾重にも重なり合い、リレーミアが作り出した光槍の雨を防いでゆく。
ルーク達は、リレーミアのその規格外の魔法を間近で見て呆然としている。
その隙を縫って一人の兵士が扉に近付いていた。ルーク達が気付いた頃には、既に楔の破片を取り除く為に手を伸ばす所だった。
「しまった!!」
「ダメ!!間に合わない!!」
ラティエが大急ぎで風魔法を放つが、それよりも兵士が楔の破片に触れる方が早かった。
「がああああ!!!!」
だが破片に触れた途端、兵士は断末魔をあげその場に倒れ込む。トラップ型の攻撃魔法だ。
「愚か者め。私が無防備なまま大事な場を離れると思うか?」
「な、なあ……まさか死んでないよな?」
ルークが恐る恐る尋ねるが、リレーミアは目も合わせずフンと鼻を鳴らす。敵とはいえ、同じ人間が目の前で死んでいくのは良い気分ではないが、今のリレーミアにやめてくれと言う勇気は出そうにない。
リレーミアは再び光の槍を作り出し、もう一度無慈悲な雨を降らせようとしている。
その無尽蔵とも思える魔力に、歴戦の兵士達も動揺を隠し切れない。
「た、隊長殿まだですか!?次は防ぎきれません!!」
「く……おかしい、なぜ召喚出来ない!?」
靄が溢れるばかりで中々現れないスケルトンに、ヴォーマ達が焦りを感じ始めた時だった。不意にヴォーマの背後から声がした。
「非道いじゃないですか、女性の首を躊躇なく切り落とすなんて」
「何!?」
それはヴォーマが振り向くと同時だった。
棒状の物が、前にいた兵士ごとヴォーマの腹部を貫いた。そこには、首を切り落された筈のマルディシオーネが、杖を握り締めて立っていた。
自身の頭部を小脇に抱えて。
「ぐ……!?」
ヴォーマは杖が刺さったままの血の滲む腹部を押さえ、目玉を溢れ落とさんばかりに開いてマルディシオーネを見る。それは驚愕の表情なのか、鬼の形相で睨み付けているのか、あるいは両方なのだろうか。
ルーク達はというと、ルークの姿が変わらない時点で「やっぱりな」と思いつつも、マルディシオーネの状態には流石に驚かされる。
「『どうして?』とでも言いたげですね、何故だか教えて差し上げましょうか?」
マルディシオーネは杖から一旦手を離すと、自身の首を元の位置に両手で丁寧に戻す。そして、何度かぐりぐりと切り口同士を押し付けた後、準備運動するように首を傾けたりぐるぐると回してみる。
なんと、ヴォーマに付けられた痛々しい切れ目はそのままに、元通りくっついてしまっていた。
その異様な状態に周りの兵士は狼狽え、ルーク達もつい口を閉じるのを忘れる。
そんな周りの反応をよそにマルディシオーネは、ヴォーマの身体から乱暴に杖を引き抜くと、接着具合を確認するかのようにケロイド状のように盛り上がった首の切れ目へ手をやる。
「ああ、どうしてくれるんですかね。もう元通りにならないんですよ?これ」
その場に膝をついて崩れ落ちるヴォーマ。胸を刺された兵士の方はそのまま、足元にできた血溜まりの海に身を沈めた。
「リッチ……、不死を求め邪法に手を染めた者の成れの果てか……」
汚れた物を見るような眼差しで、リレーミアがマルディシオーネを睨む。
「ほう、流石メガルダンドの狗ですね。御名答です」
「……えっと、つまりどういう事なんだ?」
話がつかめないバァンが、キョロキョロと教えてくれる人を探しているので、ラティエがそっと耳打ちする。
「マルディシオーネは不死者って事ですわ、バァンさん」
「おお、あいつゾンビなのか!!」
「そっか……だから血が出てなかったのか」
バァンが迷宮の出口を見付けたかのような晴れやかな顔になる。ルークもエテルナの追憶で感じた疑問が解消したお陰様で、多少は冷静になれた。
「そう、スケルトンは私の可愛いコレクション達。それを貴方達に貸してあげていただけなんですよ」
リッチはスケルトンやゾンビ等、他の不死者系の魔物を操る能力がある。マルディシオーネは靄を生み出す魔導具と組み合わせ、道具によって魔物を使役しているように見せていた。
今までの事は、ヴォーマが魔導具を使用した際に漏れる魔力を感じ取り、マルディシオーネが遠隔でスケルトンを召喚していたのであった。
「実に滑稽でしたよ。まるで自分が強くなったみたいに皆さんはしゃいでおられて……」
「き……さま……!」
マルディシオーネはヴォーマの頭を鷲掴みにし、無理矢理目を合わさせる。それに対してヴォーマは、噛み砕いてしまいそうな程の歯ぎしりをして睨み返す。
「兄貴危な……あっつ!?」
バァンが飛び出そうとした時、直ぐ側を何か熱い物が通り過ぎた。来た方を見ると、リレーミアがマルディシオーネに向けてファイヤーボールを放っていた。
それはマルディシオーネの身体に直撃し、大きく吹き飛ばされ、そのまま全身を青緑の不気味な炎で包まれた。
「危ねぇじゃねーかリレーミア!」
「死体は火葬がお似合いだと思ってな」
あっけらかんと答えるリレーミア。
危うくヴォーマも巻き込まれそうだったが、他の兵士が間一髪で助け出し、今は倒れた兵士とともに回復魔法を施されている。
ルーク達が安堵したのも束の間、マルディシオーネを包む炎の勢いが急に弱まってくる。完全に鎮火すると、適当に置かれた操り人形を動かすように、でたらめな関節の動きで起き上がった。
上品な美女の見た目とのギャップで、凶暴な魔物と対峙する時とは別の恐怖感が湧き上がる。
「ある程度は覚悟していたが……まさか無傷とはな……」
悠々と自身に付いた煤を払い落としているマルディシオーネを見て、リレーミアは笑みを浮かべるが、その表情に余裕があるようには見えない。




