1. エテルナとの邂逅
気が付くとルークは、暗闇と光が入り交じる不思議な空間に居た。熱に浮かされているような、地に足着かない感覚がする。
過去の世界に行く直前の場所に戻ったのだろうか。
(俺の身体が……!)
ルークの身体は、半透明の朧げな姿になっていた。エテルナの記憶を辿る時とはまた違う感覚がする。
一人ぼっちの空間の中、さらに自身の存在が今にも消えてしまいそうな焦りと動揺で、身体全体に暑さを感じていると、目の前に優しく輝く光の球が現れた。
恐る恐る手を伸ばすが、見えない壁のようなものに遮られて触れることができない。
「……エテルナ?」
ルークの口からひとりでにその言葉が出てくる。どうしてだか、その光をエテルナだとルークは認識した。
光の球は、それに答えるように輝きを強めたり弱めたりする。
「教えてくれ!あんたは……どうして他人の為にそこまでできるんだ?もっと自分やロアンの事を一番に考えても良かったんじゃないのか?」
ルークは不安な気持ちを紛らわせるように、光の球を思いのまま責め立てる。
「ルークよ、どうかエテルナを責めないでやってほしい。元々は我のせいなのだ」
予想とは違う声が聞こえてきてルークはぎょっとした。気が付くと、いつの間にか背後にメガルダンドが居た。
「メガルダンド様……?」
「加護の封印を施す際、エテルナに宿る生命に気付いていれば、お主にもエテルナにも辛い思いをさせずに済んだのだ」
封印の呪いのからくりは、エテルナの追憶の中で婆様が言った通りなのだが、その影響でメガルダンドも必要以上の魔力を消費してしまい、予定の何倍もの年月、眠りにつく事になったのだそうだ。
「そ、そんなメガルダンド様のせいじゃ……!元はと言えばレイヤカースが……」
「そう、人類の存続を脅かすレイヤカースを完全に倒し、マルディシオンをこの世から消し去ること。それがエテルナの強い願いとしてルークの魂に残されている。もちろん、ルーク達子孫の幸せも、エテルナは願っているがな」
「それでも……俺にはわかりません。どうして……エテルナは他人の為にそこまでできるんでしょうか……」
「それはな、エテルナには才能があったからだ」
ルークには正直理解できなかった。
言っては悪いがエテルナは、メガルダンドの加護がなければ、障害持ちの非力な田舎娘である。メガルダンドの眼鏡にかなうような才能など、何があるというのか。
「才能……?」
「そうだ。いかなる場合も、何があろうと誰かの事を思いやれるという才能が」
「ええ~……そんな……」
それを才能と言ってもよいのか?という気持ちから、ついつい不満げな声が漏れる。
「エテルナは誰に教わるでもなく、自身で考えた末にその答えにたどり着いた。幼少期のあの環境にも関わらずだ。これを才能と言わずに何と言おうか」
そうだった。
エテルナが生まれ故郷の村で嫌というほど虐げられていたことを、ルークは改めて思い出した。
そう考えると、メガルダンドの言う事は正しいのかもしれない。むしろあのような環境なら、エテルナがレイヤカースの様な存在になっても不思議ではない。
「結果的に我は、エテルナのその才能を都合良く利用してしまい、判断を誤り、ルークに重荷を背負わせてしまったのだ。封印の呪いも、すぐに解いてやりたいがそれも今は叶わぬ。力及ばず、本当に申し訳ないと思っている」
「メガルダンド様……」
神に近しい存在の守護竜メガルダンドに、エテルナはこんなにも信頼されているのか。自分の祖先だと思えば、多少誇らしげな気持ちになる。
「エテルナ……スゴい人だったんだな……」
「そう、元々人間を好いていないリレーミアでさえ、エテルナには心を許していた」
確かに、追憶の中で見たリレーミアは、ルークに対する態度とは違い、冷静ながらも暖かさを感じるものだった。
偉大なご先祖様の功績に気持ちがじわじわと掻き立てられつつも、エテルナへの対抗心も湧き上がってくるのを感じた。
「俺……レイヤカースを倒します。そうしたら、俺はエテルナを超えたって事ですよね!?」
ルークはメガルダンドの瞳をジッと見つめた。
メガルダンドは優しげな眼差しをルークに向ける。
「ありがとうルーク、エテルナを認めてくれたのだな……」
「……俺、思い出したんです。剣と魔法の達人になりたい。エテルナの石像を見て、あんな風になりたいって頑張っていた事を。
……まさか、本人と同じ姿になれるとは思ってなかったですけどね」
ルークは自虐的にそう言って笑う。
「これってある意味チャンスですよね、きっと。だって、そんな凄いエテルナさえも成し遂げられなかった事に、俺は挑戦できるんですもんね」
ルークは自分に言い聞かせるかのように言いながら、自身の手のひらを見つめた。
するとどうだろう。今まで優しげな光を放っていたエテルナが強く光りだし、ルークの胸の中に吸い込まれていった。
眩しさに目を閉じていたルークが、再び目を開くと、朧げだった自身の姿はハッキリと存在感を放つようになった。
だがルークは自身の姿に戸惑いを隠せない。手に入れた覚えの無い鎧を着込んでいたからだ。
「砕けたお主の鎧を、我の魔力を混ぜて練り直した。見た目が少々時代遅れになっているが、許してほしい」
そう言われルークは、不思議な紋様が描かれた装備品を複雑な表情で見つめた。
「やっぱり下はスカートか……」
「我の持つルークとエテルナのイメージが強く出てしまったのでな。だがよく似合っている」
満足そうに笑うメガルダンドを、ルークは悟りを開いたような顔で見る。
「さあ、そろそろ戻ろうか。皆お主が戻るのを心待ちにしている」
その瞬間、ルークの視界は歪み、身体は光の方へ引き寄せられるように押し上げられた。




