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22. 追憶㉒

「――なので、もう回覧板は回さなくて大丈夫です。あと、戸棚の保存食とかは――」


 思考停止している周りをよそに、エテルナは淡々と事務的に今後の事を説明していく。


「ちょちょちょ……ちょっと待ってくれよ!!」


 今まで見た事が無い狼狽え方のジルマが、エテルナの話に水を刺す。あまりの驚きでまばたきが止まらない上に、身振り手振りばかりで思うように言葉が出てこない。


「…エテルナ、どうしてそう言い切れるんだい?その腕とあんたが死ぬ事に、何の関係があるって言うのさ?」


 立ち上がっておたおたとするジルマを見て、逆に冷静になるリオが言う。


「……触手に襲われた鶏の事を覚えていますか?」


 エテルナの言葉に、その場に居る人々の顔が一気に暗くなる。しばらくの沈黙の後、代表してリオが口を開いた。


「……ああ、あまり思い出したくはないけどね……」


「ジュソーの触手に噛まれると、死ぬか魔物化するのだと思われます。

 こうなってみて分かりました。私は、今こうしている間もゆっくりと、呪いによって命を侵食されています。

 そしてこれは、マルディシオンの効果が変質して現れたものと考えられます」


 エテルナはそう言ってマルディシオンの効果を説明するが、リオはまだ納得していない様子で食い下がる。


「そこだけが回復魔法で治らなかった理由は分かったよ。でも呪いなら解く方法があるじゃないかい?そんなあっさり諦めなくても……」


「そうですね、マルディシオンの元凶を断てば治る可能性はあります」










 エテルナが穏やかに言う。再び時が止まったかのような静寂が流れた。


 それは、封印した魔界の扉を再び開き、またレイヤカース達と戦うという事だ。人々はエテルナの事は忘れても、その戦争そのものを忘れ去った訳ではなく、今も心を深く傷付けていた。


 メガルダンドとリレーミアとエテルナ、そして数千という戦士達が数日に渡って戦い続け、ようやく封印までこぎ着けた相手。そんな相手と戦う気力など、もう誰も持ってはいなかった。


「私の為だけに世界をまた危険に晒す必要などないでしょう。私は成り行きに身を委ねようと思います」


 死の瀬戸際に立ってなお口元に笑みを浮かべているエテルナだが、一つだけ心残りがあった。マルディシオンとその製法が、アクストゥアの手にある事だ。

 マルディシオンをこの世から無くす事、それがエテルナの新たな目的となったが、それを成し遂げるまでの時間はもう残されていない。


 その願いは、マルディシオンの恐ろしさを間近で感じたロアンやジルマ達へと託す事になった。


「大変な事を押し付けてしまって心苦しいですが、後はよろしく頼みます。

 ……それと万が一、私が魔物化した時の事を考えて、私の死体は火葬にし、残った骨は跡形も無く砕いてください」


 それは大罪人の葬り方だった。今まで動き続けていたジルマの腕が、急に故障したかのようにピタリと止まる。













「……なんで、皆の為に戦ってくれた恩人の弔い方がこんな……」


 そして糸が切れた操り人形のように、ジルマは力無くドスンと椅子に座ると、両手で顔を覆った。


 せめてエテルナを手厚く見送る事で、恩を僅かながらでも返そうとしていた人々の想いまで、マルディシオンが踏みにじっていった。







「ロアン……、守護竜の巫女の息子として、あなただけに伝えたい事があります」


 悲しみに暮れるジルマ達が、エテルナの家を重い足取りで後にすると、エテルナはロアンに改まった言い方で優しく声をかける。

 しかしロアンは、これ以上嫌な事は聞きたくないとばかりに、背中を向けたまま無反応を貫くが、エテルナは構わずに話し続けた。


 レイヤカースの封印はいずれ解けてしまう事、そうなった時はエレノシュ山と呼ばれる聖域へ行く事。


「もしかしたら、ロアンがおじいさんになっても封印は解けないかもしれない。だから、ロアンの子どもや孫に、この事を伝えてほしいの。

必ず覚えて置いてほしいのよ」


「……僕、結婚なんかしないかもよ」


 ロアンは背中を向けたまま、素っ気なく答える。


 ふふふとまるで幼い子どもを相手するかのような、慈愛に満ちた笑い声が聞えると、ロアンは後ろからぎゅっと抱き締められた。

 いつもと変わらぬ暖かな母の匂いとぬくもりだった。右腕を除いて。


 ロアンの視界に、すっかり変色したエテルナの右腕が入ってきた。

 母の死がすぐそこまで迫っている実感が急に沸いてきて、振り向くと同時にしがみつくようにエテルナを抱き締め返す。


「ロアン、大丈夫。側に居なくても、母さんはずっとあなたを見てる。

 覚えていて、ずっとずっとあなたを大事に思ってるから……」


 エテルナはロアンに向き直ると、その首にそっと肌見放さず着けていた首飾りをかけた。今まで、我が子のロアンにも触らせようとしなかった物だ。

 感情がロアンの胸いっぱいに込み上げてくるが、それを誤魔化そうと無言で母の胸に顔を埋めた。


 ロアンはその晩、久しぶりに母の腕の中で眠った。


 そして昼前頃に目覚めた時、エテルナの身体は既に冷たくなっていた。


 ジルマやロアンに全てを伝えて満足したのだろう、その顔は良い夢を見ているかのような、穏やかで幸せそうな顔だった。


 エテルナの身体はその日の内に、遺言通り骨になるまで焼かれ、その骨は跡形も残さす砕かれた。

 雲一つ無い晴天だったが、村全体は曇天のように重苦しい空気が漂った。


 骨粉は村外れの墓地に散布され、主不在で形ばかりの墓が立てられると、ロアンは形見の首飾りをその下に埋めた。


「ロアン……いいの?首飾り、形見なんでしょ?」


 葬儀中ずっとロアンを見守っていたミリーが、遠慮がちに声をかける。


「大丈夫……、あれはお母さんのだし。あんなの無くたって僕はお母さんを感じられるから」


 真っ赤に腫らした目で無理矢理笑うロアンだが、頬にできた涙の跡を再び目から湧き出る水がつたうと、顔がくしゃくしゃに歪むのを堪えきれず、赤ん坊のように声を上げて泣きだした。


 ミリーは何も言わず、ただ側に寄り添い、ロアンの背中を撫でていた。













 すると、演劇が幕を下ろしたかのようにルークの見ていた世界が真っ暗になった。

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