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19.追憶⑲

 翌日、ヘルト一家が占領していた家はもぬけの殻になっていた。


「なんてこった、元々あった家具まで無くなってら……」


 様子を確認しに中に入ったミリーの兄達は、目の前のなんとも見通しの良い空間にただ呆れるしかなかった。





 その後の村での生活は、本当に平穏そのものだった。

 ロアンはあの後エテルナと無事に和解。内にくすぶる劣等感を完全に消し去った訳ではなかったが、あれから目の視えない母親を何かと気に掛け、積極的に手伝いをするようになった。


 


 そして例のあの一家というと、出て行って数ヶ月経ち、村で過ごした痕跡が薄れていってもなお人々に強烈な印象を残していた。






「仕事でどうにもムカつく人がいるんだよな」


「でもほら……あの人達よりはマシだろ?」


 こんな感じで、事あるごとに話のネタに使われていた。






「……おや?何か聞こえないか?」


 すると昼間から飯屋の軒先で愚痴を言い合う村の男二人の前を、顔から足の先まで覆う銀色の鎧兜を装備した人物が、重々しい金属音を鳴り響かせて横切って行った。


 穏やかな村の雰囲気に似つかわしく無い物々しい格好に、二人は口を閉じるのを忘れたまま目を離せすにいる。


 周囲の人々が注目する中、その歩く鎧人形はエテルナの石像の目の前で足を止め、直立不動で顔を眺めだした。


 ひとしきり石像を鑑賞すると今度は辺りを見回し、突然村中に響き渡る程の大きな声で話し始めた。


「私はアクストゥア様の直属の戦士、ジュソーと申す!!!人間に化け、記憶を操る魔物がこの村に居ると聞き、退治に来た!!!!誰か知る者は居るか!!」


 怒鳴るような話し方で、その場に居た住民達は驚きすくみ上がりながらも、心当たりが無い為に顔を見合わせ首を傾げる。


「隠し立てすると、タダではおかんぞ!!」


 そう言われても知らないものは知らない。

 詰め寄られた一人の住民は、必死に訴えるのだがジュソーと名乗る鎧兜は、乱暴にその胸ぐらを掴み、片手で軽々と持ち上げてしまった。


「乱暴は辞めてください!」


 騒ぎを聞きつけたジルマ、リオ、エテルナが慌てて駆け付ける。


 するとジュソーはエテルナの姿を見るやいなや、胸ぐらを掴んだ住民を投げ捨て、こちらに距離を詰めつつ腰に下げた長剣をエテルナ目掛けて振り抜いた。


 エテルナは殺気を感知した瞬間、ジルマとリオを突き飛ばし、魔法で小さな爆発を起こして剣の軌道を変えた。


 普段の物腰柔らかな雰囲気のエテルナしか見ていない住民達は、かつてのジルマとリオ達のように戸惑う。


「住民に取り入り、石像まで作らせているとは恐るべし……!」


 ジュソーは爆発の衝撃で震えが止まらない手を押さえながら、兜のバイザー部分に空いた暗い穴をエテルナに向ける。


「……何なんだあんたは?なんで城塞都市の貴族さんとこの人間がここにいるんだい?」


 ジルマが大事な村を荒らされた怒りを込めて尋ねる。それに対してジュソーはふんと鼻で笑う。


「お前達の田舎者は知らないだろうがな――」


 その話は驚くべき内容だった。


 彼が言うには、アクストゥア公は来たるべきフィグゼーヌとの戦争に備え、自身の領地を拡大しているのだという。そして、この村に居座る魔物を退治した後は、この村はアクストゥア公の領地となるらしい。


 当然、ジルマ達はそんな話など知らない。


「何を勝手な……。一体誰がいつそんな話をしたって言うんだ!?」


「それは私達です」


 声のする方を見ると、なんとそこにはガインとその母親がどこぞの王族かと見紛うほどの尊大な態度で立っていた。

 父親の方はと言うと、二人と同じポーズを取っているにも関わらず、その影に隠れてしまって気配がすっかり消えている。


「あ、あんた達は!!なんでこんな……!」


「ジュソー様、随分と早いお着きですこと。それでその……あの件はどうなりまして?」


 ガインの母親はジルマの声をまるで無視し、大袈裟な程に腰を低くしてくねくねとジュソーに話しかける。


「ああ、この村が領地となった暁には、君のご主人を村長とし、管理を任せると我が主はおっしゃってくださったぞ」


 まるで家畜が数日振りの餌をもらったかの如く喜ぶヘルト一家。その様子をジルマ達はジッと睨み付けていた。


「ジュソー様、それであれが例の女なのですが……」


 するとガインの母親は、何やらジュソーに耳打ちをする。

 ふんふんと何度か相槌をうつと、ジュソーは身構えつつエテルナに向き直った。


「やはり油断ならぬ相手のようだ。一気に片を付ける」


 そう言って、腰に下げた革袋から何かを取り出した。

 ポンと軽快な音が響いた後、エテルナにとって嫌な記憶を呼び起こす臭いが鼻を刺激した。


 煮詰めた薬草が腐敗したような香り。そう、マルディシオンであった。


「それを早く捨てなさい!!!!」


 エテルナの剣幕に周囲は息を呑む。ジュソーも一瞬怯むが、当然素直に聞くわけがない。


「そのように激昂するとは。これは貴様にとって都合の悪い物と見える」


「そうではありません!!

 どうして……あなたがそれを持っているんですか!?それが何か分かっているんですか!?」


 感情を抑えきれず、目に涙を浮かべるエテルナを見て、ジュソーはますます悦に入る。


「これはレイヤカースに関する跡地を、アクストゥア様が視察された時に見付けた物だ。製法が書かれたメモもある。

 これを使ってアクストゥア様はフィグゼーヌとの戦いに必ずや勝利し――」


 エテルナが隙をついて距離を詰め、手に持っている瓶をはたき落とそうと手を伸ばす。

 だが、ただの村娘となった今のエテルナの能力では、戦士であるジュソーに叶うはずがなかった。


 すぐに動きを見切られ、いとも簡単に腕を掴まれると、そのまま後ろ手にして地面にねじ伏せられた。


「なんだ?思ったより弱い気がするが……。まあ念には念を入れておくか」


 瓶を握り締めた方の手を口元に持っていく。その動きを察知したエテルナが、力いっぱい暴れつつ号泣しているかのように叫ぶ。


「ダメ!!お願い!!皆、誰か止めて!!!!」


 すると、唖然として立ち尽くす群衆の中から、小さな影が飛び出した。


「お母さん!!」


 だがロアンの勇敢なる突撃も虚しく、ジュソーの無慈悲な肘鉄に吹き飛ばされた。

 無事にジルマに受け止められたが、歯が折れたのか口からは血が流れている。


「ロア……!!」


 その時、エテルナを取り押さえている手の力が突然抜け、覆いかぶさるように銀色の身体が倒れ込む。

 急いで抜け出すと、今度はジュソーがガシャリと地面に突っ伏してしまった。


「……誰か!!武器!!何か切れるやつ!!」


 それにただならぬ様子を感じたエテルナは、野次馬をしていた木こりの住民から斧を受け取ると、魔力を込めてそのまま思い切りジュソーの首目掛けて振り下ろした。


「エテルナさん!?」


「あ、あんた何てことを!!」


 周りがエテルナの、突然の残虐な振る舞いに絶句するが、その行いは正しい事であったとすぐに理解した。


 振り下ろした斧は鎧を切り裂くものの、半分の所で止まり、その隙間から血が乾いたような色の皮膚が溢れ出て、斧を取り込んでいく。


 エテルナが距離を取ると、ジュソーが不規則な動きで立ち上がる。顔を見ると、兜にある隙間という隙間から赤黒い触手が生えており、その先端には眼球や鋭い歯等が付いていた。

 辛うじて人間の姿を保つ身体とのアンバランス差が、不気味さをより強調させている。


「ま、魔物だあぁぁぁ!!」


 瞬間にして、この場は戦場となった。

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