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16. 追憶⑯

 ――呪いをかけた奴に頼むか、そいつを殺すかだ。

 どちらにしようが、腹の中から出るまではできない――


 エテルナはババ様から言われていた事を思い出していた。 

 ロアンをメガルダンドに会わせれば、解決するのだろうか。


「聖域に行かなきゃ……」


「何言ってんだ!親子で死ににいくつもりかい!?」


 エテルナの口からつい漏れた呟きに、リオは叱り付けるような口調で反応する。


 レイヤカースの脅威が去ってから、魔物の活性は落ち着きを見せていたが、一切の魔法が使えない聖域周辺は、依然として危険な場所であった。


 身体能力まで一般人と変わらない状態になった今のエテルナでは、一人でも進む事は難しいだろう。

 幼い子供を守りながらなど、到底無理な話だった。


「だけど……」


「それでもし、あんただけ生き残っちまったらどうすんだい!?」


 加護を失う前の感覚が抜けきれていないエテルナだったが、リオの言葉でようやく我に返る。そして、自分がなんと恐れ知らずな事を考えていたのだろうと背筋が震えた。


 以前であれば、多少の危険を承知で乗り込んでいっただろう。だが母となった今、自分の命より大事な宝物を失うリスクなど考えたくもなかった。


「ロアン……」


 我が子の行く末を憂い、心が押しつぶされてしまいそうな感覚がする。

 魔法が使えず、戦う力を封印されているロアンには今後、様々な困難が待ち受けているだろう。


 リオの声で再び泣き出しそうなロアンに優しく笑いかけてやりたいのに、口元が強張って表情がつい険しくなる。


「エテルナ、そんな顔しなさんなって。この子がもう少し大きくなる頃には、聖域周辺も状況が変わってるかもしれねぇさ」


 眉間にシワを寄せて黙り込むエテルナの肩に、リオ優しく手を置いた。


「そう……だといいんですけど……」


「例え聖域なんかに行かなくったって、きっとこの子は強く逞しく育ってくれるよ。何と言ってもエテルナの息子なんだからさ」


 その言葉で少しだ不安が和らいだエテルナは、ようやく表情を緩ませたのだった。










 あれからまた数年が経った。

 村は移住者が着々と増えていき、順調に発展していた。


 ジルマはいつの間にか村長のように扱われ、人々から頼りにされる毎日である。

 エテルナの息子も10歳になり、見違えるほどに成長したが、子供同士のいざこざに押し負ける日々の為、争いを好まない穏やかな少年になっていた。


 魔法が使えない事で、移住者の子供達から避けられたり虐められたりする事もあったが、幼馴染のミリーや従兄弟達が味方でいるお陰で、なんとか挫けずここまでやってこれた。


 だが、『他の人が当たり前にできる事を、自分はできない』というのは、確実に少年の心に影を落としていた。





「俺に指図するんじゃねえよ!!」


 ドンと勢いよく突き飛ばされ、尻もちをつくロアン。

 移住者の子どもが、飛んでいる鳥を魔法で撃ち落とそうとしていたのを注意した事がきっかけだった。

 親は元はどこかの国の地主だったそうで、普段から子どもに似つかわしくない傲慢な態度が目についていた。


「村長の娘と仲が良いからっていい気になってんじゃねぇよ!!」


「……僕は別にいい気になんかなってない……」


 ロアンは腰をさすりながら相手を睨みつける。

 反抗的なロアンの顔に気を悪くした少年は、側にあった資材置き場から薪を一本抜き取り、ロアン目掛けて振り下ろす。


「こらー!!」


 ロアンは目を閉じて身構えていたが、ミリーの声に驚き目を開くと、少年が藁山の中に頭から埋もれていくではないか。

 怒声に気付いたミリーが駆け付け、薪が当たる瞬間に思い切り突き飛ばしていたのだ。


「ロアン!!大丈夫!?」


「イテテ……何しやがる!服が汚れただろ!」


 少年は藁まみれのままミリーに詰め寄る。


「お前なんでこんな『イミゴ』の味方なんてするんだよ!?」


「『イミゴ』?なにそれ、分けわかんない」


「オレもよく知らねーけど、父さんと母さんが言ってた!こいつは呪われてるって!」


 声を荒らげてロアンを指差す。

 この場にいる三人とも、言葉の意味を正しく理解していないが、この『イミゴ』という言葉が相手を傷付ける言葉だというのは、子どもながらになんとなく感じ取っていた。


 そして少年はロアンに向けて、なおも聞くに耐えない悪口を吐き続けるので、ミリーは思わず頬を強く叩いてしまった。


 その際に爪が少し引っ掛かってしまい、少年の口元にはうっすらと血が滲む。

 流血に驚いたその目は、たちまち涙で潤みだした。


「コノヤロー……。母さんに言いつけてやるからな!」


 涙を拭いつつ、少年は二人に背を向けて走り去っていった。


「アタシだって、パパに言いつけてやるからなー!」


 少年の姿が見えなくなるのを見届けると、ミリーはロアンを家まで送ってやった。

 その間ロアンは、ミリーが話しかけているにも関わらず、始終口を閉ざしたままだった。




「おかえりロアン。……ロアン?」


 ドアの音でロアンの帰宅に気付いたエテルナがやってきた。


「……お母さん。僕って『イミゴ』なの?」


 やっと絞り出した声でロアンが尋ねる。


「っ!?誰が……そんな酷い事を!?」


「またガインだよ!どうせまた悪さしてたからロアンが注意したら、怒ってロアンを薪で殴ろうとしてたの!」


 付き添ってくれたミリーが、先程の一部始終をエテルナに報告する。










「そう……ヘルトさんの家の息子さんが……」


 エテルナは傷付いたであろうロアンの髪を優しく撫でようと手を伸ばすが、触れた瞬間ロアンはエテルナの手を払い除けた。


「お母さん、『イミゴ』ってどういう意味なの!?」


 ロアンは尋問するかのように詰め寄るが、それに対してエテルナは少し考えた後、素っ気なく答えた。


「……あなたはまだ知らなくていい言葉だわ」


 その顔は酷く悲しい顔をしていたが、そんな態度の母に対して、ロアンは苛立ちを隠しきれなくなってきた。


「じゃあ、どうして僕にはお母さんしかいないの!?僕のお父さんはどこにいるの!?」


「以前にも言ったでしょ。父さんは出稼ぎに行ってて……」


「ならどうして僕やお母さんに一度も手紙を送ったりしてくれないの!?」


「そ、それは……」


 エテルナはその問いかけに咄嗟に答える事が出来なかった。

エテルナは憎んで別れたわけでは無い愛するロウを、例え嘘でも死んだ事にしたくはなかった為、ロアンには遠い土地で働いていると言っていたのだ。


 だが母親のそんな態度に、ロアンはますます不信感を募らせる。


「き、きっと仕事が忙しくて……」


「嘘だ!!

 お父さんって本当は魔物なんでしょ?ガインが言ってた。だから僕は魔法が使えない呪われた身体なんだって」


 エテルナは心臓が破裂しそうな程の衝撃を胸に受けた。きっとガインの両親が彼の前で勝手な事を話しているのだろう。


「ロアンやめなさい」


 そう言うのがやっとだった。


「お母さんこそ適当な事言うのやめてよ!!僕には嘘をつくなって言うクセに!

 お母さんなんて嫌いだ!!」


 そう叫ぶと、ミリーを突き飛ばさんくらいの勢いで押し退け、外へ飛び出していった。

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