9. 追憶⑨
戦いの後エテルナは、ロウと共にあの城塞都市に身を寄せた。ケガをしたロウの看病という名目で毎日のように家を出入りしていたが、やがて生活を一緒に営むようになっていた。
城塞都市は住民が突然居なくなってしまったせいで、様々な物や設備が生きたまま残されており、復興にそこまで時間はかからなかった。
人々の生活が落ち着いてくると、エテルナの功績を後世に伝えようと、広場には天使の翼を生やし、魔法の杖を左手に持ち、自分の身長の半分はあろうかという剣を右手で勇ましく掲げているエテルナの像が建てられた。
『記念碑』と聞いていたエテルナは、顔を真っ赤にしてうつ向くしかなかった。
「エテルナ様すみません。職人がリレーミア様の事を知らなくて、リレーミア様はいないわエテルナ様に翼が生えるわで……」
お披露目演説の前に、代表で発注をかけた商人がエテルナに平謝りする。
「い、いえ……。リレーミアはこっちの方が喜ぶと思いますよ……」
エテルナは、両手で赤くなった顔を隠しながら小さな声で答えた。
だがその石像には不思議な魅力があったのだろう。1、2年経つ頃には、周辺の国や街も示し合わせたようにあちらこちらに同じものを建てていった。
都市の暮らしが安定してくると、今度は別の問題が浮上してくる。
政だ。王族がまでもが居なくなってしまったので、政治の実権を握る席がまだ空白になったままだった。
都市の中で何か問題が起きたときや、他の街や国と対等にやりとりをする為にも、統治者を決定する事が急がれた。
人々は、世界を救ったエテルナに是非にと頼みに行くが、エテルナは元はただの村娘。政治など分かるはずもない為、誰かが依頼する毎に丁寧に断っていた。
するとある日、やたらと身なりの良い二人の人物がエテルナの家を訪ねると、かまどで料理中のエテルナの側で跪いた。
「守護竜の巫女様、どうか私めをこの国の王に推薦していただきたい」
「いえいえ!彼ではなく、是非私に……」
良い年をした中年男性が二人、助けを求める仔犬のように上目遣いで見つめるので、エテルナはたじろぐ。
「あの……、えーと……」
「「はい!」」
エテルナが次に何を言うのか、二人の目は期待に輝く。
「……そこに居られるとお料理の邪魔なので、こちらに座ってもらえますか?」
男二人は木製のシンプルなダイニングテーブルに座らせられると、守護竜の使いである女性が質素なキッチンでテキパキとスープを作る様子をただただ眺めていた。
スープが完成すると、それがお茶の代わりに目の前に出された。
そしてエプロンを脱ぎながら、エテルナは男達の向かいに腰掛けた。年若い女性から予想とは別方向の注意をされて、居心地が悪そうに目線を泳がせる二人に、エテルナは改めて話をするように促す。
話によると、二人はそれぞれ貴族の家の者で、城塞都市の次期統治者を二人の内のどちらにするのか、エテルナに選んでほしいという事だった。
一人は、代々ここの王族の補佐を務めていたフィグゼーヌ家。もう一人は、フィグゼーヌ家より格下ではあるが、様々な仕事ぶりを王に認められ、娘が第一王子に嫁ぐ事になっていたアクストゥア家である。
どちらも例の戦いの前にいち早く国外に避難していた為に、住民からの印象は最悪であるが、エテルナが上に立たない以上、人々は実績のあるこの二人のどちらかにこの国を委ねるしかなかった。
だからこそ、エテルナの推薦がある事でイメージの回復を図りたかった。
しかし、そんな重要な事を自分だけの意見で決める事など、エテルナにはできない。当然断るが、男二人は必死に食い下がる。
「お願いします!そこを何とか!」
「正直、私達には貴女様の後ろ盾がどうしても必要なのです!」
あまりに必死で頭を下げるので、スープで頭が濡れてしまいそうになっている。
「……必ずしもどちらか一人に決める必要など無いと思います。お二人で協力して統治を進めてはどうですか?」
それがエテルナの答えであった。
フィグゼーヌとアクストゥアは驚いた顔でお互い顔を見合わせる。だが、それが巫女の意向である以上、二人は従うしかない。広場の石像の下で人々を集めて大々的な演説を行い、締め括りにお互い手と手を取り合ったが、その表情は実に硬いものだった。
その様子に皆違和感を覚えるが、エテルナが間に入るというので、その違和感を無理矢理飲み込んだ。
『共同統治』と聞くとどんなイメージが浮かぶだろうか?世界中の歴史を辿れば、上手く行った例も沢山あるだろう。
だが、今回は直前まで覇権を争った者同士。エテルナの執り成し無ければ、まず有り得ない二人での共同統治である。人々が予感した通り、やはり早々に歪みが出てきてしまった。
一年足らずで意見がまとまらなくなり、二人の言い争いをエテルナが仲裁するというのが続いた。
民衆の前だろうと、構わずに口喧嘩をする為に人々の心は離れ、フィグゼーヌとアクストゥアの言葉には誰も耳を傾けなくなったので、結局エテルナが代わりに人々の前に立ち、統治者の言葉を伝えるようになった。
そうなるとこの二人は、エテルナの機嫌を損ねないように、あわよくば自分を贔屓してもらえるように隠れて貢ぎ物を差し出すようになったが、エテルナはそれを拒否した。
思いどおりにならないエテルナに苛立ちを募らせる二人。最初に行動を起こしたのは、アクストゥアだった。
ある日、アクストゥアがエテルナの家を訪れると、
「巫女様、いつも我らをお守りくださっている守護竜様に祈りと感謝を伝えとうございますので、これをお渡し頂けますか?」
そう言って、宝石と金で装飾された小さな宝箱をエテルナの腕の中に無理矢理捩じ込むと、あっという間に走り去って行ってしまった。




