8.追憶⑧
エテルナは地面に落とした剣を拾い上げると、すれ違う魔物達を全て一撃で仕留めながら、一目散にマルディシオーネに向かっていった。
そして、そのまま一太刀で斬り伏せるべく、刀身に魔力を纏わせ、マルディシオーネの首目掛けて大きく切り払う。
マルディシオーネは受け止めるのも危険だと察知したか、身を翻してその一撃をかわす。エテルナ達と対峙して以来、始めてその場から動いた瞬間だった。
だが僅かに剣先が掠めたその胸元には、真横一線の切り込みができていた。不思議な事に、血は一滴も出ていない。
「く……、避けたと思ったんですがね……」
マルディシオーネは傷口を押さえ、片膝をついた。
「巫女様が魔物のリーダーを追い詰めているぞ!!」
「この調子で我らも続け!!」
この状況を見て士気が上がったエテルナの軍は勢いを取り戻し、次々と魔物を討ち取り出した。
「どうだレイヤカースよ、人間達の底力は!このまま滅してくれようぞ!」
メガルダンドは長い身体をレイヤカースに隙間無く巻き付けて拘束し、ギリギリと圧縮していく。まだまだ余力がありそうな物言いだが、数日間に及ぶ交戦は流石の守護竜であってもかなり消耗していた。
するとレイヤカースの身体の一部が、地面にコップ1杯の墨を垂らしたようにぼたりと千切れ落ちた。
ドラゴンの形を保ってはいるのだが、不定形の生物のような身体のせいで、何処が落ちたのか全く判別がつかない。
それはひとりでに動きだし、メガルダンドを無視して、水面を逃げ回る魚のように猛スピードで地面を這い進む。
そして人間と元人間達が、餌に群がる獣のように入り乱れる中をスルスルとくぐり抜け、マルディシオーネと交戦するエテルナへと一直線に向かっていった。
エテルナを捉えたドス黒い液溜まりは、針のように細長く形を変えエテルナの心臓目掛けて飛び掛かる。
マルディシオーネとの戦いに集中していたせいで、エテルナはこの動きに気付かなかった。
「エテルナぁぁぁぁ!!」
液溜まりが貫いたのは、エテルナではなくロウの右肩だった。
「え……?」
エテルナが振り返ると、ロウがスローモーションでその場に崩れ落ちているではないか。
ただならぬ気配を感じたロウが、エテルナを思い切り突き飛ばしていたのだ。
エテルナは咄嗟に駆け寄り、地面に倒れる寸前に抱きとめたが、ロウの意識は朦朧としている。
「なに……?なんで……え……?」
何が起きたのか分からす、肩や身体をどんどんと真っ赤に染めていくロウに、エテルナは酷く狼狽える。ロウを貫いたものは雲散霧消、既に跡形も無く消えてしまっていた。
慌てて回復魔法を施すが、動揺のせいで上手く発動しておらず、傷口を塞ぐどころか流れ出る血を止める事も出来ていない。
青白い顔のロウは、微睡みに身を委ねる様に瞼を閉じようとしている。
「やだ……どうしよう……。いや……」
視界が揺らいでしまい、ロウの顔どころか目の前の景色もまともに見えなくなっている。
「これは……、レイヤカース様が作ってくださった隙を無駄にするわけにはいきませんね」
「……!!」
今のマルディシオーネの言葉で、魔法は完全に発動しなくなった。
「どけ!」
突然、真珠色に輝く珊瑚のような手が伸びてきてエテルナを押し退ける。異変を感じたリレーミアが駆け付けてくれていたのだ。
リレーミアの回復魔法のお陰で、みるみる間にロウの顔には血色が戻ってきた。
「エテルナ、ロウは無事だ!今は眠っているが問題ない!」
エテルナは安堵感から込み上げてくるものを必死に押さえ、マルディシオーネとレイヤカースを睨み付ける。
魔法の詠唱を始めようと杖を構えるマルディシオーネ。エテルナはたった一回地面を蹴ると、まるで空中を高速で低空飛行するようにマルディシオーネに近づいた。
そしてその勢いのまま、マルディシオーネの胸を剣で貫いた。
「やった……!」
周りの誰もがそう思ったが、マルディシオーネは詠唱を淀みなく続ける。まるで少々虫に刺されたかのように、まるで意に介していないようだ。
そして、逆に好機だと言わんばかりにエテルナの首へと手を伸ばす。
魔法が発動する前にどうにかしなければ。
「あああああ!!!!」
エテルナは魔界の扉へ向かって串刺しのマルディシオーネを押し込んでいく。その近くではもちろん、メガルダンドとレイヤカースが戦っていた。
「ぐう……!!」
ついにレイヤカースがメガルダンドを押し退け、拘束から抜け出した。不定形のような身体はだんだんと形を保てるようになっており、顔と思われる部分には魔法陣のように規則的な円形に並ぶ8つの真っ赤な宝玉のような目玉があった。
エテルナはその円の中心部分に、マルディシオーネごと剣を突き立てた。
レイヤカースは不気味な唸り声をあげながら身体を攀じる。
主の危機に気付いたハンドレッド、モノ、メガウスが加勢しようとエテルナに向かってくるが、それをリレーミアと生き残りの戦士達が阻止する。
「エテルナよ、このまま扉へ押し込んでしまうのだ!」
メガルダンドがレイヤカースに向けて、聖なる力が籠められたブレスを吐く。レイヤカースの頭には、剣を突き立てたままのエテルナもいたが、メガルダンドの加護を受けたエテルナにとっては救いの光である。
ブレスの後押しもあり、ズルズルとレイヤカースとマルディシオーネを扉へと押しやっていく。
そしてとうとう、レイヤカースの全身が扉の中に入ろうというその瞬間、まるで何かを手当たり次第に掴もうとするかのように、どこからか何本もの触手が伸びていき、周りの生き物を次々と捕らえいった。そこにはハンドレッドやメガウス、モノ、そして魔物達も含まれていた。
エテルナ達も触手に捕まるが、すぐに振り払えたのに対し、魔物達は抗えないのか、そのまま一緒に扉の中へと引きずり込まれてしまった。
「な、なんだ!?」
「レイヤカース様ぁぁぁ!!」
扉はレイヤカースと魔物達を完全に飲み込み、真っ黒な雲や赤い空も同時に吸い込んでいくと、地響きのような音を立てて閉じた。
呆然と立ち尽くすエテルナ達の目に、真っ白な夜明けの光が入り込む。
「や、やった……!!」
「我らの勝利だ!!」
まばらな歓声があがる。今回の戦いに集まった数千人という戦士達は、気付けば100人余りまで減っていた。紙一重の勝利だった。
そしてもう二度と扉が開く事が無いように、メガルダンドとリレーミアで幾重にも扉に封印を施すと、それを固定する為の楔として、エテルナの剣を扉の前に突き立てた。




