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7. 追憶⑦

「これはこれは、守護竜の巫女様もお揃いで……」


 エテルナ達の進路を妨害するように立っていたのは、マルディシオーネであった。

 その背後には、集落で見かけたのとよく似た雰囲気の魔物が何千という群れをなしている。


「貴女は確か、薬を配っていた……。

 ここは危険です、早く離れてください!」


「嗚呼、エテルナ様はなんと慈悲深い。目が少し合っただけで恐ろしいと思う相手にも、そのようにお優しい言葉をかけてくださるとは。敵ながら天晴あっぱれと言うしかありませんね」


 マルディシオーネはあの時と同じように冷やかな目線を送る。やはり城塞都市での事は気付いていたらしい。


「『敵』……?では何故私達に有利になるような事を……」


「今に分かりますよ……」


 口元に手を添えて不敵に笑うマルディシオーネ。エテルナ達が辺りを警戒していると、後方がやたらと騒がしい事に気付いた。


「おい、どうしたんだ!?」


「リレーミア様!突然魔物が……!!」


 見ればいつの間にか異形の魔物との戦闘が始まっているではないか。戦士達の数も半数近くに減っている上に、置き換わるように魔物達が暴れている。


「エテルナ!今はそいつは放っておけ!」


「わ、分かった!でもいつの間に……」


 動く様子が感じられないマルディシオーネを後回しにし、エテルナとリレーミアは、急いで加勢へ向かう。一体の魔物に狙いを定め、エテルナは胸の中心を剣で一突き、リレーミアは魔力を纏わせた手刀で首を落とした。


「エ……テル……さ……」


「え……?」


 消える瞬間に、魔物から名前を呼ばれた気がしたエテルナ。頭と胸にドス黒いもやが、びっとりとこびり付いたような感覚がする。


「おやおや、そんな事をしていいんですかねぇ?」


 マルディシオーネが意味深に微笑むので、リレーミアは肉食獣が威嚇をするように睨む。


「貴様、扇動のつもりか?」


「いえいえ……、まだ分かりませんかね?

 さあ皆さん、加勢して差し上げましょう」


 マルディシオーネが、自身の後方にいた魔物の大群をこちらにけしかけてくる。


 そしてエテルナは気付いてしまった。魔物の身体に埋まり込むように一体化した鎧。

 それには城塞都市の印が刻まれており、そこの兵士達が身に付けていた物で間違いなかった。


「それ……は……!」


「気付きましたか?

 あの薬……マルディシオンっていうんですけど、あれを飲むとこうなってしまうんですよね」


 マルディシオーネが、近くを通った一体の魔物を愛おしそうに撫でながら言う。


「臭いは酷いですが、効果は一級品ですよ」


どの魔物も、人間に対しては残忍な程に凶暴だが、マルディシオーネに対しては躾の行き届いた犬のように大人しい。


「あ……あ……」


 エテルナの手に握られていた剣が、力無くカツンと地面によこたわった。

 少し前まで親しく会話をしていた人々の、あまりにも変わり果てた姿を前にして、エテルナは何も考えられなくなっていた。


「ふざけた真似を……!!」


 リレーミアが魔法を唱えつつ、マルディシオーネを撹乱するように飛び回る。魔法に疎い者でもジリジリと感じ取れる程に強大な魔力が、リレーミアの両手に集まっていく。

 一撃でマルディシオーネを仕留めるつもりのようだ。


「言っておきますが」


 マルディシオーネは縦横無尽に飛び回るリレーミアを、しっかりと目で追いながら言う。


「私を倒したところで元に戻るとは限りませんよ?」


「実際に試せば分かる事だ!」


 マルディシオーネの言葉に臆することなく、リレーミアは集めた魔力の球をマルディシオーネに向けて放つ。


 だがその時、何百という魔物が突然マルディシオーネに群がりだし、それが幾重にも折り重なった盾となりその攻撃は防がれた。


 太陽が落ちてきたのかと思う程の眩い光が落ち着くと、魔物の山は跡形も無く消え失せ、マルディシオーネただ一人が佇んでいた。


「あ……ああ……」


 それを見たエテルナは、ついにその場にへたり込んでしまう。


「なんとも素晴らしい威力ですね、あの都市の人間約半数を壁にしてどうにか防げました。

 お陰で大事な髪の毛が一本焦げてしまいましたよ」


 マルディシオーネが枝毛を手入れするように髪の毛を弄ぶ。


「く……、今度こそ……!!」


 リレーミアがもう一度同じ魔法を唱えようするが、それをエテルナが抱き付くようにして止めた。


「エテルナ、何故!?」


「このままじゃさっきと同じ方法で防がれるよ……。

 そしたら……また人がたくさん……」


 肩を震わせるエテルナの大粒の涙がリレーミアの衣を濡らす。


「だが、このままだとこちらが危険だ!

 メガルダンド様だって、いつまで持つかわからないんだぞ!」


「でも……もう人が死ぬのは嫌だ……!」


「こんな時に駄々をこねるな!!」


 リレーミアはエテルナを叱咤するが、冷静に見ればエテルナは10代半ばの少女。この時代では一応成人という扱いをされてはいたが、まだまだ経験未熟な若者であるのは今も昔も変わり無い。


 そんなエテルナが、周りから巫女様聖女様等と担ぎ上げられ、矢面に立っている重圧はどれほどのものだろう。


 リレーミアも頭では理解しているが、あまりにもタイミングが悪すぎる。エテルナの顔を強引に持ち上げると、頬を一発平手打ちする。

 この刺激で冷静さを取り戻すかと思われたが、エテルナの目は相変わらず光を失っている。

 どうしてくれようかと思っていたその時だった。


「エテルナ!無事か!?」


 ロウが魔物と人間が入り乱れる中から飛び出して来た。


「お前、ちょうど良かった。エテルナをどこかに移動させておいてくれ。こいつはもう無理だ」


「え……、それはどういう――」


 戸惑うロウにエテルナを押し付けると、リレーミアは戦いの渦中へと飛び込んでいった。


「リレーミアやめて……!やめてよ……」


 フラフラと力なく追いかけようとするエテルナを、ロウは慌てて止める。ロウに抱き締められ、エテルナはどうにか多少の落ち着きを取り戻した。


「敵は魔物だけのはずなのに……、どうして人間同士で戦わなければならないの……?」


「そうか……エテルナも知ってしまったんだね」


 ロウもつい最近、偶然マルディシオンの副作用を知り、エテルナに伝えるべく今回の戦争に参加したそうだ。


「ごめんなさい。あの時、貴方の話をきちんと聞いていたら……」


 エテルナは悔やむが、そうしていたとしてもやはり衝撃で冷静さは失われていただろう。なにせ、都市の人間全員が魔物となっているのだ。


「ロウさん、皆を元に戻す方法は?」


「エテルナ、ショックなのはよく分かる。でも周りをよく見てほしい」


 祈るように縋り付くエテルナに、ロウは厳しい眼差しで促す。言われた通りにすると、傷ついていく魔物のそれ以上に、次々と倒れていく味方達の姿があった。


 それを目の当たりにしたエテルナの瞳は、涙で潤みつつも荒ぶる神のように激しく燃えていた。

 そして、覚悟を決めたように地面をガチリと踏み締めて立ち上がった。

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