3.追憶③
エテルナとリレーミアが魔物を倒す旅を続けていると、ある時を境にとある魔法薬の噂を耳にするようになった。
ある日、扉の荒れ地から程近い城塞都市を訪れている時である。
「巫女様!来ていらしたのですね!」
エテルナは、古めかしい鎧と武器を装備した巡回の兵士に話しかけられた。少しだけ歪んでいる肩と胸のプレート部分に、この都市の印が手書きで施されているが、当時はこれが最先端の技術なのだろう。
この頃になると、エテルナは異変に立ち向かう守護竜の巫女としてすっかり定着しており、人々の尊敬を集めていた。
「そんな『巫女様』だなんて……。ただ『エテルナ』と呼んでくださっていいのですよ」
「ご謙遜を。今や貴女様は人類の希望です。
それよりも、巫女様は最近話題の魔法薬についてご存知ですか?」
エテルナが詳しくは分からないと答えると、兵士は続ける。
「なんでも、飲んだ瞬間からたちまち強くなれるとか!いやぁ、私も是非ともその薬を飲んで、巫女様のお力になりたいものです!」
「まあ、それはとても心強い話ですね」
エテルナはニッコリ微笑んで答える。
「この都市の民達は皆そう思っておりますよ。それでは!」
兵士は照れ臭そうに敬礼すると、そのまま巡回作業のため、エテルナと別の方へ去っていった。
「エテルナ、今の話どう思う?」
姿を消したリレーミアが、エテルナにそっと囁く。リレーミアはエテルナ以外の人間と関わる事を嫌がり、街中では基本的にこのような姿で行動していた。
「私達の他にも世界の異変に気付いた人がいて、魔物に対抗しようとしてくれてるのかも……」
エテルナは嬉しそうに言うが、リレーミアはあまり納得がいっていない様子だ。
「まあ何だろうが、私達はメガルダンド様の指示どおり、魔物を倒して回るだけだ。
私は街の外の様子を見てくるから、後で宿で落ち合おう」
そう言って飛んで行ってしまった。
リレーミアを見送っていると、
「エテルナ!また会ったね!」
不意に話しかけられた。
声の方を見ると、大きなリュックを背負った若い行商人の男がにこやかに立っている。
「ロウさん!」
数日前、彼は町への移動中盗賊に襲われていた所を、偶然通りかかったエテルナに助けられた。年が近い事もあり、二人はあっという間に打ち解けたのだった。
「あの時はお陰で命拾いしたよ、ありがとう」
そう言って、エテルナに青いカースライトで作られたお守りを手渡した。手作りなのだろうか、随分と造りが粗い。
「ありがとう、でも私お金が……」
「違う違う!これは俺の気持ちだよ!俺は戦えないから、こんな事でしか応援できないけど……」
ロウは慌てつつも、頬を真っ赤に染めて照れ臭そうに言う。
カースライトは魔法に強い性質がある。
人々はそこから魔除けの効果を見出だし、故郷を旅立つ者や、戦いへ赴く戦士に様々な思いを込めて送る習慣があった。
エテルナは受け取ったお守りを、太陽に向けて掲げる。カースライト越しに、太陽の光が青くキラキラと輝く。
「大事にする!ありがとう」
目を細め、ひとしきり見つめると、大事そうに服の中に仕舞いこんだ。
「喜んでもらえてよかったよ。
……ところでエテルナ、知っているか?あの強くなれるっていう魔法薬の話」
ロウ曰く、その話題の魔法薬を道行く人に渡して歩く人物が、今まさにこの街に滞在中なのだという。
「全身に術式の刺青がされた、妖艶な雰囲気の美しい女の呪い師らしい」
「……ロウさんも、その女の人の薬飲むんですか?」
エテルナは口を尖らせながら、素っ気なく尋ねる。
「なんで怒ってるんだ?
俺はいらないよ、戦いはからっきしだし。例えそれで力や魔力が急に強くなったって、使いこなせなきゃ意味ないしさ」
それを聞いて、エテルナはちょっと心のもやつきが取れた感覚がした。
その後ロウとの談笑を楽しんだ後、エテルナは魔物の行方を探す為に、街の探索を始めた。
すると大通りから一本入った路地で、団子のようになった人だかりを見つけた。
遠目から様子を見ているが、何やら皆我先にと集まり、何かを受け取ってはそそくさと去っていく。
「すみません、一体何事ですか?」
エテルナは近くを通る街人を捕まえて声をかけた。
「これは巫女様。
今、凄い魔法薬を無料でくださる人が来てるんですよ。巫女様も是非行ってみてください」
軽く会釈をすると、街人はさっさと行ってしまう。勧められたは良いが、エテルナはあまりの人集りに、近付く事を躊躇している。
「皆さんそんなに慌てないで。大丈夫、数は十分にありますわ」
団子の中心から女の声が聞こえる。
エテルナは声の主を一目見る為、魔法でジャンプ力を強化して屋根の上に飛び乗ると、気付かれないように気配を消し、慎重に覗き込んだ。
胸部の露出度がやたらと高いドレスを着た、黒のトライバル模様の刺青の女。
それは、ルークには見覚えのある人物だった。
「マルディシオーネ!!じゃあやっぱり、噂の魔法薬って……」
ルークが感じた嫌な予感は、おそらく当たっているのだろう。その場を去る人々は、皆小さな小瓶を大事そうに握り締めていた。
だがここは回想の世界。ルークにできる事は何もない。
エテルナが何となくで様子を見ていると、マルディシオーネは不意に顔を上げた。
一瞬だが、マルディシオーネと目が合う。
エテルナは驚いて、猛ダッシュで宿屋に駆け込んだ。リレーミアはまだ戻っていない。
急いで部屋に鍵をかけ、木の雨戸を閉めた。
「あの人、私に気付いてたの……?」
マルディシオーネのゾッとするほどに冷たい瞳が頭から離れない。
「気のせいだよね……」
自分にそう言い聞かせながらリレーミアを待つ。
雨戸の隙間から漏れる光がすっかり消える頃、一回ドアノブがガチャンと音を立てた後、なんと触ってもいないのに勝手に鍵が開いてしまった。
そして、カチャリとドアノブが周り、扉が開く。
エテルナは、周りに聞こえるくらいの心臓の鼓動を感じたが、入ってきた人物を見て安堵から床に崩れ落ちた。
リレーミアだった。解錠の魔法を使ったようだ。
「エテルナ、明かりも点けず床で何をしてるんだ?」
「リレーミア……」
動悸が落ち着いてくると、リレーミアが現状と今後を話した。




