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1. 追憶①

 時は少し前、ルークが水中に吸い込まれた直後までさかのぼる。


 ルークは深い海の底を、何かに引っ張られるようにしてどんどん沈んでいた。

 水の流れが全身を撫でる感覚があるにも関わらず、呼吸は問題無くできていて、なんとも不思議な気分だ。


 身動きがうまく取れないので、なすがまま流れに身を任せていると、やがて洞窟の出口のように光が漏れている場所が、足元に見えた。

 そこに向かって引き寄せられているのが分かる。


 やがて光に包まれると、あまりの眩しさにルークは目をぎゅッと閉じた。











「あんたは一体何してんだ!!」


 中年女性の怒鳴り声に驚き目を開くと目の前には、魔物かと見紛う程の凶悪な剣幕で怒鳴り散らす50代くらいの女性。その目線の先にはうつ伏せに倒れて怯える少女が。


 中年女性の服装が歴史の授業で習ったものそのままだったので、過去に来ている事はすぐ理解できた。


 未だに立ち上がろうとせず震えて小さくなっている少女は、髪もボサボサで薄汚れている為に分かりにくいが、おそらくエテルナで、怒鳴る中年女性は、エテルナの母親だろう。


 怒鳴り声の内容を聞くに、凶作続きで食べ物が貴重になる中、エテルナは料理を失敗してしまい母親に折檻せっかんされていたようだ。


「……これ以上やってもあたしの腹が減るだけだ。これくらいですませといてやるけど、あんたはメシ抜きだからね!」


 エテルナの母親はまだ小言を言いつつ、肩をブンブン振り回して家に入ると、破壊しそうな程の勢いで扉を閉めた。


 エテルナは普段からろくに世話をされていないのだろう。全身は埃で薄汚れ、手足は小枝のように細い。

 体力が無いせいか、力が入らないようでなかなか立ち上がれない。


「エテルナ……!目が見えていないのに何て酷い……」


 ルークはエテルナを助け起こそうと近寄るが、何をどうやってもエテルナに触れる事ができない……というより伸ばしているはずの自分の手が視認できない。ルークの声も全く届いていないようだ。


「見ている事しかできないのか……」


 幽霊ってこんな感じなのだろうかと、その場で立ち尽くしていると、一人の痩せ細った中年男性が、大慌てで家の中へ入っていった。


「何だって!?」


 その後すぐに、エテルナの母親の驚きと喜びが混じった声が、扉の奥から聞こえてきた。


 エテルナの様子も気になるが、見ている事しかできない上に、家の中の様子も気になる為、ルークは家の方へ向かう事にした。

 エテルナに触れなかったように扉や壁にも触れられず、普通に通り抜けて中へ入れてしまった。


 中ではエテルナの母親と、先程の中年男性が肩を抱き合い喜んでいた。

 彼女の態度を見る限り、この中年男性はエテルナの父親だろう。


「お前さん、やっとあの子も何かの役に立つんだねぇ」


「ああ……、これで厄介払いができる……」


 二人の話の内容から、エテルナを折檻している間に村の集会があったらしく、聖域の山の守護竜に生け贄を捧げ、昨今の農作物の不作と狂暴化した魔物の沈静化をお願いする予定なのが分かった。そして、その生け贄がエテルナだと言うことも。


 守護竜への供物くもつという事で、出来る限り見栄えを良くしようと、その日からエテルナには村中から集めた精一杯の食糧を与えられ、毎日数回身体を洗われた。


 急に待遇が変わり戸惑うエテルナだったが、遠くの町の大金持ちとの結婚が決まったからだと説明され、彼女は納得した。


 村人達は、貧相な生け贄を渡して守護竜を更に怒らせない為にと、エテルナの痩せ細った身体を出来るだけ早く太らせるよう努力した。


 たかが数週間では思うように肉は付かなかったが、長年の汚れを落として清潔な服を着たエテルナは、見違えるほど感じの良い娘になった。


 ついにその時がくると、エテルナは化粧を施され、なんとも派手な模様の衣装を着せられると、両親に連れられて村を出発した。


 町で盛大な結婚式をするという周りの言葉を、エテルナはすっかり信じきっていた。

 村を出る際、エテルナは見えていないながらも周りに感謝の言葉を述べていたが、それに返事をする者は誰もいなかった。


 やがて森を抜け、山岳地帯の分かれ道に着くと、両親はエテルナを近くの岩に座らせた。


「……すまない、結納の品を忘れてきてしまった」


「取りに戻るから、あんたはここを動くんじゃないよ!」


 両親はそう言ってエテルナの方を振り返りもせず、一目散に山を下りた。


 こうして、エテルナはなんともあっさりと守護竜の生け贄として差し出された。


 エテルナは両親の言い付け通り、本当にその場でただじっと座り、両親を待つ間にと守護竜へ祈りを捧げていた。


「大いなる守護竜様、どうか父さん、母さんを、村の皆をお救いください……」


 その日の夜はどうにか無事に過ごせたが、全くの飲まず食わずではすぐに限界が来る。


 次の日の夕方には、強烈な倦怠感のせいでついに起き上がれなくなっていた。

 それでもエテルナは、祈りの言葉を声にならない声で捧げていた。


 飢えと渇きで苦しむエテルナを、ルークは流石にまともに直視はできなかった。

 エテルナの生涯は、リレーミアから大まかに聞かされてはいたが、たまらず神に祈っていた。


 それからしばらくすると、激しかった息づかいが、だんだんと緩やかになっていき、瞼もだんだんと閉じていく。


 その時だった。











 エテルナの身体がフワリと浮くと、そのまま突然姿を消した。


「エテルナ!?」


 ルークが驚くのと同時にこちらも場面が切り替わり、不思議な夜明けの大海原に来ていた。

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