11.最期の抵抗
ハンドレッドの怒りは止まる事を知らず、バァンとラティエのやり取りが終わっても、尚ストンデルスを叱り付けている。ストンデルスもショボくれているのか、壁をじっと見つめて動かない。
今ならチャンスだと、バァンとラティエは、ルークを飲み込んだと思われる首へ同時に武器を振り上げ、距離を一気に詰めた。
その時だった。
ボンッ!!!!
突然、目的のストンデルスの、胴体部分が千切れ飛んだ。
いきなりの事態に、皆こちらを見て時が止まったようになる。
だが千切れた巨大な頭部が、バァン達に向かって飛んできたのに気付き、慌てて陸地へ避難する。そして二人の目の前に落下。腹に響く程の重低音が、鳴り響いた。
「な、なんだ……?」
二人が呆然としていると、その頭部の脳天が少しずつ、無理矢理こじ開けられていく。そして、まるで卵から雛が孵るようにして、赤く濡れたルークが姿を現した。
「よかった!ルークさ……」
ラティエが駆け寄ろうとしたが、ルークのそのあまりの姿に、足がピタリと止まってしまった。
ルークの右半身が失くなっていた。
全身を塗らす赤い液体も、ストンデルスのものなのか、ルークのものなのか、最早判別がつかない。そもそも、それだけ身体を失って、何故ルークは動けているのだろう。
そう思っていたのも束の間。ルークの身体が、どんどんと再生していくではないか。それはまるで、植物の成長を早回しで見ているかのようである。
「凄いですわ!ルーク様!」
今度こそラティエが近寄ろうとするが、それをバァンが、乱暴に肩を掴んで制止した。
「バァンさん!?何を──」
「様子がおかしい、近付くな!」
そう言われ、ルークの顔を見ると、瞳は真っ赤に輝き、歯を剥き出しにして唸りながらハンドレッドを睨み付けていた。心なしか、歯が鋭くなっているようにも見える。
それは最早、魔物そのものであった。
「ルーク……さ、ま?」
異様な雰囲気のルークに、ラティエは膝が震え出し、力が入らなくなった。
バァンに身を預け、やっとの思いで立ち上がる。
危険だと判断したバァンに、引っぱられるようにしてルークから距離をとった。
ルークから放たれるその凄まじいプレッシャーは、ハンドレッドも狼狽える程であった。
「な、あ……え?」
(あいつ人間じゃなかったのかよ!?結局魔物になってたのか?しかも何だよあの再生力!?あんな傷、あたしでも一日以上かかるのに、ものの数秒で全快かよ!)
色々な思いが、高速でハンドレッドの頭の中を駆け巡る。
そして同時に、このままルーク達と戦うか、逃げるか、2つの選択肢がせめぎ合っていた。
(ここは一旦撤退したいが……そうなりゃストンデルスを失う上に、メガルダンドも復活させられちまう……!後でどんな形で責任を取らされるか……!)
冷や汗と、全身の眼球の震えが止まらないハンドレッド。
(……けど、このまま戦ったら絶対あたし死ぬじゃん!どうする!?)
頭をガシガシと掻きむしり、ぐちゃぐちゃに思考を巡らせている間にも、ルークは次々とストンデルスの首を素手で千切り落としていく。
ハンドレッドが酷く動揺したせいで、邪眼による魅了の効果はとっくに切れており、ただの渓谷の主に戻ったストンデルスに、戦う意思は既に無くなっていた。
「ルーク様!もうやめてぇ!!」
「ルーク!そいつとはもう戦う理由が無ぇんだよ!」
バァンとラティエの声も、ストンデルスの叫びで掻き消されてしまう。
そして、長く苦しませる為なのか、あるいは単にルークの運が悪いだけなのか、ついにメインの首以外を全て落としてしまった。
いざ、最後の首へ飛び掛かろうと、屈んだその時、
「ルーク!やめろ!」
バァンが大急ぎで飛んできて、ルークを羽交い締めにした。
しかし、巨大なストンデルスの首を、いとも簡単に引き裂いてしまう今のルークを、そんな事で押さえられる筈がない。
ルークが少し暴れると、呆気なく振りほどかれ、バァンはなす術もなく吹き飛ばされた。
その僅かな隙に、ストンデルスは倒れるようにして谷底の闇へ沈んでいった。
残るはハンドレッドだけとなった。
ルークは目標をハンドレッドに定め、腕を振りかぶると、ジェット機のように飛び出し、一気に距離を詰める。
「ちくしょー!!やるだけの事はやってやるよー!!」
ハンドレッドは手を前に翳すと、両の手の平の目玉が大きく開き、みるみると充血しギョロギョロと動く。
それがルークを見据えると、瞳から赤い光が次々と放たれ、ルークの身体中を貫いていく。
反動で多少仰け反るものの、ルークは頭や首に多少の穴を空けられても、怯む事なくハンドレッドへ真っ直ぐ突っ込んでくる。
「やっぱりダメかよ!」
遠距離攻撃を諦めたハンドレッドは、ようやくフラスコの蓋から降りると、ルークを迎え撃つべく飛び出した。
そのせいでルークは、攻撃のタイミングがずれてしまい、先にハンドレッドの貫手がルークの喉元に刺さる。
だがそれをものともせず、ハンドレッドの手首をガッシリと掴むと、喉から引き抜くと同時に、肩から乱暴に引きちぎった。
「痛──」
そして、もう片方の手でハンドレッドの喉を、鷲掴みにすると、フラスコのガラス部分に全力で押し付けた。
爪が首に食い込み、衝撃でフラスコに亀裂が出来る。
そして、ハンドレッドの身体に次々と手を突き刺し、全身にある目を順番に潰していく。
その勢いで、フラスコの亀裂が、クモの巣のようにどんどんと広がっていった。
その惨たらしい光景を、バァンとラティエはどうする事もできず、目を背けつつ遠くから見ているしかなかった。
ハンドレッドは叫び声をあげる事もせず、ただ睨み付け、なすがままにルークの攻撃を受けている。
そして、人間の口元にあたる部分の、一際巨大な目玉がどんどん血走り、大きく見開いていく。
何かを狙っているようだが、ルークは身体の目を潰す事に夢中で気付いていない。
全身をあらかた潰し終えると、今度は顔だと言わんばかりに、ハンドレッドの顔へと手を伸ばす。
ハンドレッドはこの瞬間を狙っていた。
口元の目玉から、極太の赤い光が放たれ、ルークの上半身を包む。
そして、目が眩む程の光が、洞窟内を明るく照らした。
「ルークー!!」
「ルーク様ぁ!!」
目を開けていられない為、バァンとラティエは顔を覆いながら、ギュッと目を瞑る。
洞窟の壁が破壊される振動と、轟音が聞こえる。
しばらくすると、光が落ち着いてきた。
太陽を直接見てしまった時のように、まだ視界がちらつくが、どうにか目を開ける。
先ほどの攻撃で、外まで続く穴ができてしまったらしく、太陽の光がスポットライトのように射し込んだ。
ルークとハンドレッドはどうなっただろう。
ルークの右肩と頭部の半分が、消し飛んでいる。熱で傷口が焼かれたせいか、出血は見られないが、シューっと煙が小さく立ち上っている。
しかし、左手はハンドレッドの喉を力強く掴んだままだった。
そしてまた、ルークの顔と腕は元通り再生する。
「はは……詰んだわ」
それがハンドレッドの最期の言葉となった。
その様子は、実にスローモーションに見えた。
口元の目にルークの手が刺さる。ズブズブと沼に手を沈めるかの如く、ルークの腕が飲み込まれ、やがて後頭部を貫通した。
そしてそのまま、ヒビだらけのフラスコまでぶち破ると、突然それが、弾けるようにバラバラに砕け散った。




