7. 滝浦の洞窟
姿を見た瞬間に予感はしたが、やはりハンドレットと再戦することになった。
ルーク達は魔物熊との戦いでヘトヘトだったが、気力で武器を構え直す。
ハンドレットは、巨木の枝から飛び下りる。人間だと無事では済まない高さだ。
今まさに、二回目の戦闘が始まろうとしていた。
が、何を思ったか、ハンドレットはそのまま渓谷の奥へと行こうとしている。
「お、おい!どこに行く!」
予想外の行動に、ルークは戸惑い思わず呼び止めた。
「マルディシオーネからせっかく許しが出たからな、『あれ』を使ってお前らをぶっ殺してやる。
何せ、あたしは複数を相手にするのが苦手だからな!」
「得意気に言う事じゃないですわね……」
ラティエが呆れて突っ込む。
「うるさい小娘!とにかくだ!
お前らどうせ守護竜の魂が目的だろ。その時は『あれ』と一緒に相手をしてやるから、せいぜい楽しみにする事だ!」
魔王の物真似みたいな迫力の無い高笑いを響かせながら、ハンドレットは猛スピードで走り去っていった。
緊張の糸が切れ、三人はその場にへたりこむ。
「正直、苦手でもいいから、疲れきってる俺らと今すぐ戦ってた方が勝ち目あったよな、あいつ……」
バァンが思わず、どちらの味方か分からない発言をする。だが、これはチャンスだ。早く身体を休める場所を確保し、体調を万全な状態にしたい。
無理にハンドレットと戦わず、メガルダンドの魂の救出を優先する選択肢もあるのだろうが、彼女の言う『あれ』は何やらメガルダンドの魂と関わりが有りそうな言い方だった。魂を救出する際に、立ちはだかって来ることが簡単に予想できる。
とすると、メガルダンドの魂がある場所には必ず現れるだろう。
ルーク達は身体を休めるべく、滝裏の洞窟を目指しつつ、キャンプができそうな場所を探す事にした。
そこからの進行はスムーズだった。何せ、ラティエが熊の血塗れで熊の臭いをプンプンと漂わせている為、動物達が何をせずとも逃げていく。
幸いにも、魔物化している動物は先程の熊だけだったようで、他にそんな動物とは出くわさなかった。
日が傾き始めた頃に、ようやく渓谷の滝が見えてきた。
大きな滝だが、その下の河川の幅が広く、流れは穏やかだ。水も透き通っていて澄んでいるので、飲んだり水浴びしても大丈夫そうだ。
滝の音がうるさい為、少し離れた川岸に焚き火を用意し、キャンプを設営する。そして、魔物避けのランプ。
ルークの回復魔法で、傷をすっかり治すと、土と血にまみれた身体と服を洗うため、三人は川へと飛び込んだ。
「ラティエ、あんまり汚れ落とすなよ。熊の臭いが無くなったらまた襲われちまうだろ」
ラティエがバァンの頬を拳で殴る。
「バァンさんはこっちを見ないでくださいまし!それに、獣臭いレディなんてあり得ませんわ!」
しばらくして、身体と服がすっかり綺麗になったルークとバァンは、川から上がり、服を乾かす為、焚き火の近くに服を干し始めた。
ラティエはまだ上がってきていない。何やら下着を懸命に洗っている。ルークは心配してラティエに尋ねた。
「どうしたんだラティエ、そこもそんなに汚れたのか?怪我とかしてないか?」
「……ルーク様はデリカシーがありませんわ」
ルークの頭上にクエスチョンマークが飛び交った。
次の日、三人は夜明けの直前に目が覚めた。渓谷なので周りが高い崖の為、この辺りはまだ暗闇だ。
三人はキャンプの後処理をすると、滝裏の洞窟へ向けて出発した。
滝の周辺は水しぶきが凄く、洞窟に入る頃には、皆水浴びをしたのと変わらないくらい濡れてしまっていた。
入り口は広いが、中は予想通り真っ暗な為、ルークは光の玉を複数作り、周囲に浮かべた。
すると、突然の明かりに驚いたコウモリや虫達が、一斉に逃げていくので、ラティエは驚き叫びながらルークに抱き付いた。
コウモリや虫が見えなくなっても落ち着かない様子で、しばらくはルークの腕を掴んだままにしていた。
洞窟の中は開けた空間だが、歩ける道幅は狭く、両端は水で満たされており、底が見えない程深い。
そこに水棲の魔物が泳いでいるのが見える。間違っても落ちないようにしなければ。
渓谷一帯の魔力に惹かれてか、洞窟内は他にも手強そうな魔物が、数多く見受けられる。
だが、暗い洞窟内に適応しており、明かりが苦手になっているようだ。ルーク達が近付くだけで逃げていく。
光に引き寄せられたり、臭いに反応して襲ってくる魔物もいるが、魔物熊と比べると戦いやすい。
バァンやラティエが、次々と武器で仕留める中、ルークは惜しげもなく魔法を繰り出している。
「ルーク、そんなに飛ばしていて大丈夫なのか?」
「ああ、力が湧き上がる感じが強くなってる。今なら、魔法がいくらでも使えそうなんだ」
「それは頼もしいですわ!」
分かれ道に多少迷いつつも、ルーク達はどうにか洞窟の最深部に到達した。
円形の広い空間の中央部には、巨大な魔方陣が描かれ、その中心に大きなナスフラスコの様な透明の入れ物。中で力強く光る玉が浮いている。
十中八九あれがメガルダンドの魂だろう。
しかし、そこに行くまでの道が無い。周りは断崖絶壁。底が見えない程深く、ジャンプで飛び越えていけるような幅ではない。
対岸から試しに、魔法をぶつけてみようとルークは手を構える。
「おおっと、そうはさせねぇよ」




